杉下という家
遊佐勢を追い返した翌日。
杉下城の広間では、家臣たちが戦の後始末に追われていた。
「負傷者三名。いずれも軽傷です。」
「槍が二本折れました。」
「鎧も三領ほど修理が必要ですな。」
「ほな、姉上に頼んどいて。」
義藤がそう言うと、家臣たちは顔を見合わせた。
「……新調せんのですか?」
「金ない。」
一言で終わった。
その頃、庭では藤嗣と義保が木刀を振っている。
「兄上。」
「なんや。」
「父上って……城主らしくないですよね。」
「思った。」
二人が揃って頷いたところへ、縁側でそろばんを弾いていた義長が吹き出した。
「はっはっは! まぁ、そう見えるわな。」
「叔父上。」
「父上って、いつも田んぼか商人さんと話してるかですよね。」
「昨日も敵が攻めてきたのに、『田植えが先や』って言うてましたし。」
義長は湯呑みに口をつけ、小さく笑う。
「そら兄上やからな。」
「でも、昔から杉下家ってあんな感じなんですか?」
義長は少しだけ空を見上げた。
「……いや。」
そろばんを静かに置く。
「昔は違う。」
二人が身を乗り出す。
「杉下家は元々、河内の家や。」
「え?」
「遠い昔、この河内から近江へ移り住み、代々幕府に仕えた。」
「幕府?」
「執事衆や。」
義長の口調は穏やかだった。
「将軍家を支え、近江の守護も務めた名門やった。」
藤嗣が目を丸くする。
「え?……うちが?」
「うちが。」
「今とえらい、ちゃうやん。全然想像つかへん……。」
「まぁ、今の兄上見とったらそうやろな。」
義長は苦笑した。
「じゃあ、なんで河内に?」
義保が首を傾げると、義長は静かに話し始めた。
「今から百五十年ほど前の話や。
次の将軍を巡って、大きな戦が起こった。
将軍の嫡男か、それとも弟か……。
日の本中の武家が二つに割れた。
杉下家は将軍の弟方についた。」
「ほう。」
「ところが当主が戦へ出払った隙を狙って、近江で重臣が裏切ったんや。」
「……。」
「それだけやない。家督争いまで起こったんや。
味方同士で斬り合い、家臣は散り散り。」
義長は肩を竦める。
「気付けば守護職は失い、近江も失った。」
静かな空気が流れる。
「残った者たちが帰ってきたんが、この河内や。ご先祖様の故郷やったからや。」
藤嗣が小さく呟く。
「じゃあ……。うちは落ちぶれたんですね。」
義長は少し考え、首を横に振った。
「いや。落ちぶれたんやない。」
一拍。
「生き残ったんや。」
二人は黙る。
「名門なんぞ滅んでしもたら終いや。
誇りだけでは飯は食えん。
だから兄上は田を耕し、堺と商売するし、無駄な戦はせん。」
義長は笑う。
「百五十年かけて、杉下家が学んだことや。」
その時、廊下から義藤の声が響いた。
「義長ぁー!」
「なんです、兄上。」
「味噌、どれぐらい仕込めばええ?」
義長は額を押さえた。
「兄上……。昨日戦したばっかりですよ?」
「せやからや。」
義藤は真顔で言った。
「戦の後ほど飯は要るんや。味噌切らしたら困るやろ。」
義長は苦笑しながら立ち上がる。
「……ほら。これが今の杉下家や。」




