トラブル?想定内です
約束の日まで、あと三週間。
杉下城・評定の間。
義長は帳面へ目を落としたまま口を開く。
「既に二千五百丁は清洲へ運び込んどります。」
義藤は頷いた。
「残り五百か。」
義昭は静かに笑う。
「まぁ、想定内ですな。」
その時、廊下から慌ただしい足音が聞こえてきた。
「申し上げます!」
一人の足軽が息を切らせて駆け込んで来た。
「何や。」
義藤が顔を上げる。
「鉄砲鍛冶・藤兵衛一党、昨夜のうちに姿をくらましました!」
部屋が静まり返る。
少し間を開けて、義長が静かに尋ねる。
「理由は?」
「他国の大名より、高値で声を掛けられたようにございます。」
義藤は「ああ。」と小さく頷いた。
「まぁ、向こうも商売やからなぁ。」
房春も腕を組む。
「腕のええ職人は引っ張りだこや。」
伝令は申し訳なさそうに続ける。
「……それと。前払いしていた金も、そのまま持って逃げたようです。」
一瞬だけ沈黙が流れる。
義藤は房春を見て、淡々と言った。
「……玄蕃。」
「はい。」
「回収してこい。」
房春はにやりと笑う。
「それはそれ、これはこれですな。」
義昭が帳面を開く。
「美濃の鍛冶衆へ追加頼んどいて正解でした。」
義長も頷く。
「大口の仕事は、何が起こるか分からん。」
義藤が笑う。
「せやから備えとる。」
義長は素早く帳面をめくった。
「納期間に合いそうか?」
義昭は少し考える。
「今から美濃向かえば……。」
指で日数を数える。
「納期の二、三日前には揃います。」
義藤は即座に頷いた。
「ほな、大丈夫や。」
義昭は立ち上がる。
「……義兄上。」
「ん?」
「ちょっと美濃まで行って来ますわ。」
「頼んだ。」
「お任せを。」
普通の家なら大騒ぎになるような出来事である。
しかし杉下家では、誰一人慌てる者はいない。
いつも通り。ただ、次の手を打つだけだった。
◇
その知らせは、数日後には清洲城へも届いていた。
「申し上げます。」
繁吉が頭を下げる。
「杉下方にて、鍛冶が一党ごと姿をくらましたとのこと。」
重臣たちはざわついた。
「何だと!」
「納期は!」
「三千丁は間に合うのか!」
口々に声が上がる中、信綱だけは静かに繁吉を見つめた。
「……杉下は。」
繁吉は思わず笑みを浮かべる。
「全く慌てておりません。」
「ほう。」
「『玄蕃、前金回収してこい。』『勘右衛門、美濃行ってこい。』『ほな、大丈夫や。』――以上で話は終わりました。」
広間が静まり返る。
「はっはっはっはっ!」
信綱が腹を抱えて笑い出した。
「実に杉下らしい!」
重臣たちは呆気に取られている中、信綱は笑いながら言った。
「だから申したであろう。
儂が欲しかったのは、鉄砲ではない。」
一拍置いて、不敵に笑う。
「杉下そのものじゃ。」




