杉下家の本気
一か月後。
尾張・清洲城。
城門には今日も荷駄が次々と入って来ていた。
荷車に積まれているのは、米俵、塩、布、紙、味噌樽。
どこから見ても、商人の荷である。
しかし――。
「運べ。」
掛け声と共に米俵が下ろされる。
俵を退かすと、その下から現れたのは、油紙に丁寧に包まれた鉄砲だった。
別の荷車では、味噌樽の間から鉄砲が現れる。
さらに別の船着場では、荷船から布や茶葉と共に鉄砲が運び込まれていた。
清洲城では、連日このような光景が続いていた。
「……まだ一月しか経っておらぬぞ。」
重臣の一人が思わず呟く。
「もう千丁を超えておる。」
周囲から感嘆の声が漏れる。
「流石は杉下。」
「堺との繋がりは伊達ではないな。」
城内の一角では、土山秀俊が一本一本、鉄砲を手に取り、念入りに確認していた。
火皿、引き金、銃身。
わずかな歪みも見逃さぬよう、静かに目を走らせる。
信綱が後ろから尋ねた。
「どうじゃ。」
秀俊は最後の一挺を置くと、静かに振り返る。
「……どれも一級品にございます。」
その言葉に、広間がどよめいた。
「これほどの品を、これだけの数……。」
「見事と言うほかあるまい。」
信綱は満足そうに頷いた。
「十兵衛。」
「はっ。」
「試し撃ちじゃ。」
◇
清洲城・鍛錬場。
広い鍛錬場には藁束の的が並べられていた。
そこへ、一人の武士が歩み出る。
綾部鉄砲隊を率いる名手――川畑五右衛門。
秀俊から新しい鉄砲を受け取ると、その表情が僅かに変わった。
「……軽い。」
周囲の家臣たちも顔を見合わせる。
五右衛門は肩へ当て、ゆっくりと狙いを定めた。
一丈ほど先の的。静かに息を整え、引き金へ指を掛ける。
――ダァァァンッ!!
乾いた轟音が鍛錬場へ響いた。
次の瞬間、藁束の中心へ、弾丸が見事に貫通する。
「おお……!」
思わず歓声が上がった。
信綱は静かに尋ねる。
「撃ってみてどうじゃ。」
五右衛門は鉄砲を見つめながら答えた。
「軽く、反動も少ない。」
一度頷く。
「狙いがぶれませぬ。」
さらに銃身を撫でる。
「作りも丁寧にございます。」
顔を上げる。
「これは、中々の代物です。」
信綱は満足そうに笑みを浮かべた。
「そうか。」
重臣たちも感心したように鉄砲を見つめている。
しかし――。
その輪から少し離れた場所で、小山田綱勝だけは腕を組み、難しい顔をしていた。
「……鉄砲に頼る戦など。」
小さく漏らしたその言葉を、隣の仁藤兼武は聞き逃さなかった。
「徳之丞。」
穏やかな声で言う。
「時代が変われば、人も変わる。」
一拍置いて続ける。
「戦のやり方も、変わるものじゃ。」
綱勝はしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……分かっておる。」
信綱は二人のやり取りを静かに見つめ、並べられた鉄砲へ視線を移した。
「天下は、槍だけでは取れぬ。」
その一言に、誰も異を唱える者はいなかった。




