奥方様、高速詠唱中
清洲城・奥御殿。
案内された義藤と義昭は、静かに畳へ膝を着いた。
御簾の向こうから、一人の女性がゆっくりと姿を現す。
年の頃は三十を少し過ぎた頃。
艶やかな黒髪に、気品ある立ち居振る舞い。
美濃の名門・佐藤家より嫁いだ、綾部信綱の正室――小夜である。
「遠路はるばる、よう参られました。」
柔らかな笑みを浮かべ、小夜は優雅に一礼した。
「綾部左近亮信綱が妻、小夜にございまする。」
義藤も深く頭を下げる。
「杉下源太郎義藤にございまする。」
隣の義昭も続く。
「杉下譜代・福田勘右衛門義昭にございます。」
「まぁまぁ。」
小夜はくすりと笑った。
「挨拶はこのぐらいでよろしゅうございます。
どうぞ楽になさってください。」
義藤たちは顔を上げる。
小夜は穏やかに続けた。
「杉下家は、私の実家・佐藤家と同じ大原氏の流れを汲む一族……。
遠いとは申せ、縁ある家同士にございます。」
「はっ。」
義藤は静かに頷く。
小夜は一瞬だけ遠くを見るような目になった。
「まぁ……私の実家も、色々ございました。」
ふっと笑う。
「過ぎた事を、今さらあれこれ申しても始まりませぬ。」
隣で控えていた女房・按察局が、小さく目を伏せた。
(……始まりますね。)
小夜は咳払いを一つすると、すっと身を乗り出した。
「ところで。」
「はっ。」
「鉄砲三千丁とは、どのようにご用意なさるおつもりです?
やはり堺の商人方とのお付き合いでしょうか?
一度に買えば相場が跳ね上がると思われますが、そこは注文を分散なさるのでしょうか?
鍛冶職人方への発注はどのように?火薬は別口で?運搬は船でしょうか、それとも陸路?堺から河内までは荷駄で?
鉄砲鍛冶は何人ほど動かします?
商人方との利益配分は?
差し支えなければ教えて頂きたいのですが。」
「…………。」
義藤と義昭は固まった。
(息継ぎせぇよ……。)
(母上とはまた違う種類のお人やなぁ……。)
義昭がゆっくりと義藤を見る。
「……義兄上。」
「なんや。」
「全部、聞き取れました?」
「いや。」
義藤は真顔で首を横に振った。
「半分ぐらいや。」
「私は三分の一です。」
按察局は申し訳なさそうに頭を下げる。
「……申し訳ございません。
……鉄砲のお話になりますと、いつもこのような調子で。」
小夜はハッと我に返った。
「あら。」
扇子で口元を隠す。
「また、やってしまいましたわ。」
義藤は思わず吹き出した。
「はっはっは!奥方様。ほんまに、お好きなんですなぁ。」
小夜は少し恥ずかしそうに微笑む。
「ええ。」
「幼い頃より、軍記物語と鉄砲のお話が大好きでして。」
義昭は苦笑しながら小さく息を吐いた。
「なるほど……。」
「御屋形様が『面白い方じゃ』と仰る理由が、よう分かりました。」




