CHIPS 08 後始末
海賊船メアリ・リードを振り切った貨物船マリヤ・アステートのブリッジは、マリヤが完全制御していた時から一転、忙しくなっていた。
「カリナ、軌道計算は?」
「終わっているわよ。このまま第六惑星の軌道に出て、第六惑星を使ってスイングバイ、軌道変更と減速を行い、第四惑星を目指す。予定より半日遅れる見込みね」
「データはこっちでも受け取った。20秒後に慣性航行に入る」
航宙士の報告に操舵士が言葉を続け、船長は頷く。
「そっちは頼む。管制とコーストガードとの通信は?」
「さっき回復しました。やっぱりあのアンテナが通信を妨害していたようですね。コーストガードが巡視艇を二隻、回してくれるそうです。ランデブーは第六惑星でのスイングバイの後。管制にも遅延を連絡済みです。それと、本社にも報告しました」
「ご苦労。そのまま頼む。本社から連絡があったら、落ち着いたらこっちから連絡すると返答しておいてくれ」
「社長、心配性ですからね。了解しました」
通信士が親指を突き上げて応える。
船長はさらに、全船への回線を開いた。
「本船は無事に海賊船を振り切った。当初の航路からは外れたが、半日遅れで第四惑星ザミーヌに到着の見込みだ。
海賊船から逃れるためにやや無理な操船をしたので、この後は通常シフトを一部変える。まず、甲板員は全員で積荷の確認だ。機関士はエンジンのチェック。これはブリッジ・ブロックもだ。ブリッジ要員の二班は、この後コーストガードの巡視艇とランデブー後、少し早いが一班と交代、それまでは待機。ブリッジ要員三班は船内チェックを頼む。コーストガードとのランデブー後、甲板員と機関士は船外からの目視確認と破損した船体の応急修理も頼む。以上だ」
『すんません、マリヤちゃんは大丈夫なんすか?』
船長の全体指示が終わると共に、甲板員の一人が質問した。全船員の疑問でもあるだろう。
「これから確認するが、大丈夫だろう。船に影響は出ていないからな。詳細は解り次第、また連絡する」
全船への通達を済ませた船長は、医務室を呼び出した。
「医師、嬢ちゃんの様子は?」
『今は落ち着いているわ。右腕に違和感があるようだけれど、敵の直撃の影響ね。放っておいても大丈夫。精神的にも問題はないけど、できれば薬を使ってでも休ませたいところ。疲労は普段以上でしょうから』
「少し待ってくれ。この後、コーストガードの巡視艇とランデブーする予定だ。それまではできれば、万一の事態に備えたい」
『本当はすぐにでも休ませたいけれど、解ったわ』
医務室との通話を終えてすぐに、ブリッジにマリヤの姿が浮かび上がった。船内各所にも現れているだろう。
〈みんな、ありがとう。アタシ一人で勝つつもりだったけど、結局みんなの力を借りることになっちゃった。でも、お陰で海賊〝ファング〟に完全勝利できたよ。これはみんなで勝ち取った勝利だよ。落ち着いたら、みんなでパーティーやろうね!〉
ブリッジ内に小さな歓声が上がった。きっと、船内の他の場所でも同じ歓声が響いていることだろう。
〈じゃあ、ザミーヌに着くまでもう少し、お願いね〉
笑顔で言ってから、マリヤの映像は掻き消えた。
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「……心拍数も安定しているわね。悲鳴を聞いた時はどうなるかと思ったわ」
「心配を掛けてごめんなさい」
「まあ、あの場合は仕方がないわね。相手は無法者なわけだし。腕は大丈夫?」
「うん。もうほとんどいつも通り」
マリヤは右腕を動かしながら答えた。
貨物船マリヤ・アステートは、CHIPSシップとしては特殊な構成をしている。通常は、CHIPシステムの管理下にある宇宙船全体がCHIPSヒューマンの分身になるのだが、マリヤは貨物船マリヤ・アステートのブリッジ・ブロックのみが分身であり、船体の大部分を占めるコンテナ・ブロックは、義肢のようなものとしてマリヤは感じている。
このシステムは、母であるユリアが旅客船アオイ・ユリアの下部船体を切り離したことで脳障害を負ったことを気に病んだ、マリヤの父でユリアの夫であるCHIPS技師が、建造中だったマリヤの船体の設計を大きく変更したことで実現した。
このシステムにより、マリヤはいざとなれば、コンテナ・ブロックを捨ててブリッジ・ブロックだけで逃亡しても、母のようになることはない。
しかし同時に、ブリッジ・ブロックが損壊を受けた時のフィードバックは大きい。そのため、フィン1本の損傷に対して腕を焼き千切られるような痛みをマリヤは受けていた。物理的に腕を負傷したわけではないのだが。その痛みも、もうほとんどマリヤは感じていない。
「コーストガードの巡視艇と合流したら、無理にでも休んでね」
「はい、解ってます。後はみんなに任せます」
「よろしい」
マリヤの返事に、船医は重々しく頷いた。




