CHIPS 07 接敵
貨物船マリヤ・アステートのブリッジ正面スクリーンに、海賊船メアリ・リードの徐々に大きくなる姿が映っている。マリヤ・アステートは引き続き減速を繰り返し、メアリ・リードは逆に加速を続けている。
徐々に縮まっている両船の距離は、40秒後にはゼロになるだろう。
メアリ・リードは、マリヤ・アステートを串刺しにすべく、その通称ともなった凶悪な牙をギラつかせている。濃紺色の船体に、前方に展開された牙だけは鈍い銀色の輝きを放っている。
「接触まで、残り10秒!」
「全員、衝撃に備えろ!」
通信士の警告に、船長が大声で指示を出す。その声は船内全体に伝わり、ブリッジ外で待機中の船員たちも身体を緊張させる。
シェードを下ろしたコネクト・コクーンの中で、マリヤも海賊船を睨み付けていた。憎き母の仇。
四年前、海賊船メアリ・リードの襲撃を受けた母は、乗員乗客を避難させた船体の下半分を放棄して、人的被害ほぼゼロで海賊から逃亡した。
唯一の人的被害は、CHIPSヒューマン・ユリア・アオイ・アステート。
CHIPSヒューマンにとって、対となっているCHIPSシップは自分の身体に等しい。謂わば自ら身体の半分を引き千切ったことで、ユリアは自身の脳にも損傷を負った。
その結果、旅客船アオイ・ユリアは乗員たちの操船で目的地に辿り着きはしたものの、CHIPSヒューマンのユリアは植物状態となり、旅客船としては引退せざるを得なかった。
旅客船アオイ・ユリアは、ユリアと共に、母星であるソール星系第三惑星テラへと戻り、完璧に修復されたものの、ユリアは今も、いつ覚めるとも知れない眠りに就いている。
その、母の仇の海賊船が、今まさに目の前にいる。凶悪な牙がマリヤ・アステートの船首に接触する。その直前。
貨物船マリヤ・アステートはスラスターを噴かし、進路を僅かに右に変えた。同時に、船首に纏めたシールド・ソーサーの出力を全開にする。
ズゴッ。
メアリ・リードの牙が、マリヤ・アステートの前部貨物室左舷と接触し、弾かれた。貨物船本体のシールドだけなら簡単に破られていただろうが、そこにシールド・ソーサーのシールドを幾重にも重ねたことで、牙の質量に打ち勝った。
マリヤ・アステートは即座にメインエンジンとサブエンジンを全力稼働。微減速から一転、一気に高加速してメアリ・リードの左舷を抜ける。
バチバチバチッ。
両船のシールドが接触し、火花を撒き散らす。海賊船の戦闘用大口径レーザー砲が向きを変え、貨物船に向けてぶっ放される。しかし、マリヤ・アステートの重ねられたシールドは、その攻撃にも耐えた。
メアリ・リードはすれ違う貨物船にレーザーを連射する。この至近で命中すれば、自身も無傷ではいられないだろうが、それを構う様子もない。しかし、マリヤ・アステートは、そのすべてを防御する。
海賊船と貨物船が火花を散らしながら行き違う。なおも海賊船はレーザーを放つ。マリヤ・アステートがシールド・ソーサーを前部に集中させたことがここで仇となった。シールド・ソーサーの防御範囲外から放たれたメアリ・リードの大出力レーザーが、マリヤ・アステートの船体のシールドを突き破り、ブリッジ・ブロック後方の右舷上部フィンを直撃した。
〈キャアアアァァァッ〉
マリヤ・アステート船内全体にマリヤの悲鳴が響き渡り、同時にエンジンの出力が低下する。
それをモニターしていた船長は、事前にマリヤから渡されていた割込コードを入力。船の制御がマリヤからブリッジに移る。
「機関室! エンジン出力フルパワー! コーラル! 全力で逃げ切れ!」
「アイサー!」
操舵士は握っていた舵桿を押し込む。しかし機関室から待ったが掛かった。
『ちょい待ち! 今全力稼働は不味い! 出力の乱高下でエンジンがヤバい!』
「どれくらい出せる!?」
『60……いや、70パーセントなら!』
「それで頼む! コーラル、ブリッジ・ブロックのエンジンも始動!」
「了解!」
出力の落ちたメインエンジンとサブエンジンが再び光を増し、さらに上方、ブリッジ・ブロックの二基のエンジンも輝く。
一旦は落ちたマリヤ・アステートの加速が回復し、メアリ・リードを完全に振り切り、海賊船が切り離したジャミング船も通過して、その空域から離脱した。
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「クソヤローが!」
海賊船メアリ・リードのブリッジで、コネクト・コクーンから出たメアリは毒吐いた。その様子を見た、ブリッジにメアリと共に残っていた海賊の男は、逆に頭が冷めていくのを感じた。
「母娘二代に渡ってしてやられたな」
「まったくだよ! くそ! 次はコテンパンにしてやる!」
「次があったらな。今は手下どもを宥めることでも考えておけ」
「わーってるよ! あー! むしゃくしゃする!」
いくら憤慨したところで、今から軌道を計算し直して獲物を追っても、再びランデブーするよりもコーストガードの出撃の方が早いだろう。今回は諦める他はない。
突撃艇で出番を待っていた海賊たちも、出鼻を挫かれて欲求不満だろう。早めに次の獲物を見繕わないと、メアリの不満も手下どものそれも爆発しそうだ。
「……オレが一番の貧乏籤だな」
「あ? なんか言った?」
「いや、なんでもない。とりあえず、ホームに帰るぞ」
「わーってるよ」
海賊の男に嗜められて、メアリはスターポール・ドライブの軌道に乗せるべく、自船の進路を変えた。




