CHIPS 04 戦闘準備
『ウチに襲われて意識不明? そんなことはないはずだけどねぇ。今までに襲った船の乗員は残らず殺したはずなんだがね』
〈それなら、母さんはあんたに唯一黒星を付けたってことね。自分の船体の半身を放棄しながら、乗員乗客には一人も犠牲を出さなかったんだから!〉
『……思い出した。あの時の白い船か。あれはウチの唯一の汚点だね。娘のアンタを喰って、禊にしてやるよ』
〈それは無理よ。あたしはあんたに完全勝利する!〉
『はん、無理だね。アンタ、あの時の船の娘ってことは第二世代だろう? ウチは第一世代だ。出来が違うんだよ』
〈そんなの関係ない! 吠え面掻かせてやる!〉
ブチンッ。
通信はこちらから切れた。マリヤが切ったのだ。同時に、マリヤの姿もブリッジから消える。
「嬢ちゃん!」
「船長! 操船不能! マリヤちゃんに制御を奪われた!」
「どーすんのよ! こっちは貨物船よ!? 武装なんてデブリ破壊用の小出力レーザーしかないのに、戦闘向きの海賊船にどう立ち向かうのよ!」
「しょうがないよ。マリヤちゃんがその気になったら、ばくらは何もできないよ」
「諦めないでよ!」
「静まれ!」
取り乱しかけたブリッジクルーを、船長の一喝が鎮めた。
「大丈夫だ。嬢ちゃんは感情に任せて猪突猛進するような子じゃない。勝ち筋を考えているはずだ」
「でも……」
航宙士が口を開きかけた時、船長の言葉を肯定するように、再びマリヤの映像が出現した。目付きは普段よりも鋭く前を見据えているが、表情は落ち着いているように見える。
〈みんな、さっきはごめん。海賊〝ファング〟って聞いたら止められなくて〉
「仕方がない。親の仇が目の前に現れたんだ、正気ではいられないだろう」
船長は、努めて落ち着けた声で、マリヤに同意した。
〈でも、完全勝利するのは確定だから〉
「いや、それ無理でしょ。あっちは恐らく戦闘船、こっちは貨物船なのよ?」
航宙士が不安げに言う。マリヤはそれに笑顔で答えた。その笑みに何やら恐ろしいものを感じた航宙士は、身を竦ませる。
〈大丈夫。あたしに任せて。みんなの安全は絶対に守るから〉
「そう言うってことは、逃げるんだね?」
操舵士が尋ねる。
〈最終的にはそうなるかな。でも、ただ逃げても逃げ切れないだろうから、そこは上手くやるよ〉
「大丈夫? 今回の仕事は外部コンテナを二個も増設してるのに」
通信士も聞く。
〈大丈夫。あたしのエンジンはまだ余力があるから。スターポールドライブの三連続に比べたら、大したことないよ〉
「解った。やろう。作戦を教えてくれ」
船長の言葉に、マリヤはしかし首を横に振った。
〈ごめんなさい。あたしが一人でやりたいの。母さんの仇討ちだから〉
「無茶を言うな。……いや、嬢ちゃんがその気になったら、俺たちにはどうしようもないが」
〈任せて。勝利した後は任せるから〉
「解った。やりたいようにやれ」
〈ありがとう〉
マリヤは姿を消す前に、船長に映像を寄せた。
〈万一、みんなの手が必要だと判断したら、船長の判断で割り込んで。割込コードを渡しておくから〉
「……解った。使わずに済むことを祈ろう」
〈ありがと〉
映像のマリヤは船長の頬に唇を当ててから、姿を消した。
船長は、ヤレヤレと頭を軽く振ってから、声を張る。
「嬢ちゃんが一人でやるとは言ったが、こちらも終わった後の準備をするぞ。それくらいは、嬢ちゃんもリソースを残しているはずだ。カリナ、船の航路を常にチェック、ザミーヌへの航路計算を頼む。ソミールは通信が回復したらすぐに連絡できるように備えろ。コーラルは操舵がいつこっちに来てもいいようにエンジン状態から目を離すな。機関室とも密に連絡を取れ」
「「「了解」」」
船員が声を揃え、ブリッジは普段の様子を取り戻す。しかし、これから始まるのは普段とは異なる状況だ。
貨物船マリヤ・アステートは、予定の航路を外れてゆく。
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同時に、マリヤは船内各所に映像を出していた。
〈甲板員のみんな、これから海賊ファングと一戦交えるから、ブリッジブロックに上がってきて〉
「は? 海賊と? 一戦交える?」
〈そう。ごめん、忙しいから説明の時間はないけど。ブリッジブロックに来たらどこでもいいから着席して身体を固定しておいてね。場合によっては重力制御を切るかも知れないから〉
ほぼ一方的にマリヤは言うと、姿を消した。
〈休んでいるところ悪いけど、起きて〉
交代で就寝中の船員の私室にも、マリヤは現れた。
「んん、まだ休憩時間……んえ? マリヤちゃん? ここはプライベートスペースなんだけど」
〈ごめん。これから海賊ファングとやり合うから、椅子に座って身体を固定して。重力制御を切るかも知れないからそのつもりで〉
「……は? 海賊船?」
〈そう。時間ないから、急いで〉
「……解った。状況は自分で確認するよ」
〈ごめんね、休憩中なのに〉
マリヤの消えた私室で、全員は大きく伸びをしてから、慌てて身支度を始めた。
〈あたしが制御するから、二人はブリッジブロックに上がって待機して〉
機関室に現れたマリヤは、理由を添えて機関士の二人を促した。しかし機関士たちは顔を見合わせた後、軽く首を振った。
「万一の時のために、船長に割込コードを渡してあるんだろう? どうせ」
〈それは、そうだけど〉
「操船を人が行う可能性があるなら、俺たちがここにいる必要があるだろう? 万一の時のために」
〈万一の時にはコンテナブロックを切り離してブリッジブロックだけで逃げることも考えてるのよ。だから、コンテナブロックには船員を残しておきたくないの〉
「マリヤちゃんは完全勝利するつもりなんだろう?」
〈え? そうだけど〉
「なら、ここに残っていても問題ないじゃないか」
〈もう。解ったよ。せめて、気密服は着ておいてね〉
機関士の説得を諦め、マリヤは自身の映像を消した。
〈アティアさんも、身体を固定してくださいね〉
コクーンルームの隣の医務室にも、マリヤは映像で現れた。
「解ったわ。スターポールドライブと同じと思っていればいいのね?」
〈はい、それでいいです。終わった後のケアはお願いしますね〉
「はいはい。無理はしないように」
〈はーい〉
マリヤの消えた医務室で、船医はコクーンルームへと続くドアを見て、呟いた。
「……本当に、無理はしないのよ」




