CHIPS 02 恒星系内航行中
貨物船マリヤ・アステートは、恒星スラジュ星系の外縁から第三惑星ザミーヌを目指して、渦巻き軌道を描いて宇宙空間を飛ぶ。スターポールドライブの発見された今、恒星間の移動よりも恒星系内での移動の方が時間がかかる。
極方向から直接目的の惑星軌道に乗れればいいのだが、光速の66.8%で出現するのだから、その極軌道から惑星軌道へと直接乗せることはできない。速度を落としつつ一旦は恒星赤道面の外縁へ遠ざかり、そこから目的の惑星へと向かう。
その、航宙の中でも長い時間、ブリッジブロックの食堂で、新人甲板員がオレンジソーダを飲みながら、目の前の空中に投影したスクリーンで船の積荷を確認している。
その食堂に、白いワンピースに白いショートブーツ姿の少女が入って来た。船員の制服は男性も女性もパンツスタイルだし、非番時の私服も非常事態に備えてパンツの船員が多い。膝丈のスカートにゆったりした袖のワンピースを着ているだけで、それが誰かは自明というもの。
「おばさん、オニギリとほうじ茶ちょうだい」
「はいよ。マリヤちゃんはこれが好きだねぇ」
「美味しいんだもん」
その少女マリヤは、食堂のカウンターで調理師の女性から小さなオニギリとほうじ茶を受け取ると、食堂を一回り見渡し、甲板員の座っているテーブルに来た。
「こんにちは。隣、いい?」
「へ? あ、マリヤさん、え、ええ、いいっすよ」
声を掛けられて初めてマリヤに気付いた甲板員は、慌てて投影していた画面を消して椅子を薦めた。
「お邪魔しちゃったかな?」
「そんなことないっす。オレに用っすか?」
「用ってほどじゃないんだけど」
マリヤは椅子に腰を掛けると、ほうじ茶を一口飲み、オニギリを一口食べた。甲板員はその姿にドキドキとする。
まだ子供のような年齢のマリヤだが、容姿は美少女と言うに相応しい。服でラインが隠れていても判る細身の身体、輝く白磁のような白い肌、背中に流れ落ちる艶やかな黒髪、そして綺麗に整った容貌。
歳上とはいえ、まだ恋人もいない甲板員にとって、マリヤの容姿は眩し過ぎた。
そんな彼の様子に気付いてか気付かずか、マリヤは話しかけた。
「うちに入社したばかりのテッドさんよね。初めての航宙はどう? あたしの乗り心地は?」
「快適っす。貨物船がこんなに快適とは思ってなかっから、驚いたっす」
「それなら良かった。気になることがあったら言ってね。可能な限りは改善に努めるから」
「はいっす」
「テッドさんは甲板員よね。貨物の積み下ろしは期待してるよ」
「任せてくださいっす。……あのぉ、聞いてもいいっすか?」
甲板員、テッドは控えめにマリヤに言った。
「うん、いいよ」
「その、CHIPSヒューマンになろうとした切っ掛けって、何だったんすか? ナノマシンを注入して身体の内側から弄られるんすよね? オレじゃあそんな度胸ないっすよ」
「ああ、そうみたいね。でもあたしは、生まれつきだから」
「生まれつきっすか?」
「そう。あたしは第二世代なのよね」
コンピューターと人間を接続して互いに利用可能にするCHIPシステム、その実現のためにはコンピューターだけでなく人間側にもインターフェースの構築が必要になる。それを現実の物とした〝第一世代〟と呼ばれるCHIPSヒューマンたちは、ナノマシンにより遺伝子を改造された者たちだ。改造の後、用を失ったナノマシンは体外に排出されるので、コンピューターとのやりとりは、遺伝子改造によって人体そのものに発現した通信機能だけで行われる。
「第二世代ってことは、ご両親もCHIPSヒューマンなんすか」
「お母さんだけね。お父さんはCHIPシステムの技術者だけど、普通の人間だよ」
「そうなんすか? CHIPSの遺伝子って潜性遺伝じゃないんすか?」
「第二世代はまだ少ないから、まだ良く判ってないらしいよ。そもそもCHIPSの歴史がそう長くないし。これから研究が進むんじゃないかな」
「そうなんすね。コンピューターと繋がるってどんな感じなんすか?」
「うーん、説明が難しいなぁ。脳が拡張される感じって言えばいいかな? それと、管理下にあるハードウェア、あたしの場合は船全部ね、それが自分の身体の一部になる感じ」
「へえ。コンピューターとの接続は無線なんすよね。混線とかしないっすか? あと、通信距離とか」
「個人の脳波パターン?で判定しているみたいね。技術的なことは良く知らないけど、混線したことはないよ。距離は、銀河系内なら届くよ。CCCFがあるからね。遠距離だと、さすがにタイムラグが出るから、人間側はともかくコンピューター側が戸惑うみたいね」
「戸惑うんすか? コンピューターが??」
「コンピューターには意識がないから『戸惑う』っていうのは言葉の綾だけど、人間側を利用した演算にミスが混じるのよ。タイムラグを織り込んで補正はするけど、近くにいた方が正確なの。一番はやっぱり、コネクトコクーンに入ることね。あそこだとタイムラグがほぼゼロだから」
「そうなんすね。今まで、CHIPSヒューマンの知り合いっていなかったっすから、面白いっす」
「それなら良かった。これからもよろしくね」
「はいっす。しっかり働かせてもらうっす」
小さなオニギリと一杯のほうじ茶という少し変わった間食を済ませたマリヤは、テッドに退席を告げて食堂を後にした。
残されたテッドは「思ったより話し易かったっすね」などと呟きつつ、消していたスクリーンを改めて投影させて、積荷のリストに目を戻した。




