CHIPS 01 スターポール・アウト
九つの惑星を従える恒星スラジュ。その近傍、南極側の空間に宇宙貨物船が出現した。
南極方向からスラジュに突っ込むような勢いで航行する全長およそ300メートルの貨物船マリヤ・アステートは、徐々に速度を落としながら、スラジュの赤道面へと螺旋を描くように軌道を変えてゆく。
人工重力の戻った貨物船のブリッジ、船長の座る椅子の隣の空間に、白いワンピースの美少女の姿が浮かび上がった。
〈船長、着いたよ。後は任せていい?〉
映像の少女マリヤが長い黒髪を靡かせて、ブリッジに詰めるクルーたち全員に聞こえるように言った。
「ああ、任せてくれ。嬢ちゃんは三連続のスターポールドライブで疲れただろう。ザミーヌまでの6日間はゆっくり休んでくれ」
〈うん、そうさせてもらうね。みんなもよろしくね〉
ニコリと笑って、映像の少女は姿を消した。
「さぁ、ここからは俺たちの仕事だ。ザミーヌまで完璧に操船するぞ!」
「はい!」
ブリッジが俄かに賑やかになる。航宙士はスラジュ星系第四惑星ザミーヌまでの軌道と時間を再計算し、通信士はスラジュ星系の航宙管制に予定を伝える。操舵士はエンジンの状態を確認しつつ、機関室に詰めている機関士にも連絡を取りながら舵を操る。
ブリッジクルーの操船で、船は恒星スラジュの外縁から第四惑星ザミーヌへと向かう軌道に乗った。
〈重力制御、回復したよ。積荷の確認、よろしくね〉
マリヤの立体映像は、甲板員の待機所にもブリッジと同時に出現していた。
「了解。新入り、確認するぞ」
「はいっす」
〈安全には十分気をつけてね〉
「もちろん。マリヤちゃんの中で事故るわけにはいかないからな」
〈うん。お任せするね〉
マリヤは二人に微笑みを向けると、姿を消した。
「三連続ジャンプって聞いたからもっと時間かかる物かと思ってたんすけど、意外に早かったっすね」
若手の甲板員の言葉に、先輩の甲板員が笑う。
「普通だったら、もっとかかるさ。マリヤちゃんはCHIPSシップだからな」
「CHIPSシップって、普通の宇宙船より速いんすか?」
「そんなわけはないだろう。船自体の性能はそう変わらんよ」
「じゃあ、どうしてっすか?」
「普通は、連続でジャンプするとしても、一旦は恒星系の外縁まで離れてタイミングを計るんだな。何しろ光速の66.8パーセントに近い速度のまま恒星近傍を通過するなんざ、タイミングがズレれば恒星に突っ込むか、或いは自転軸軌道に戻れずに明後日の方角へぶっ飛んじまう。が、コンピューターが人間の直勘を使えるCHIPシステムなら、それも不可能じゃない」
「ああ、そういうことっすね。……いやでもそれって、マリヤちゃんの勘任せってことっすか?」
「そういうこと。CHIPSシップでも連続高速ジャンプは避ける船もあるが、マリヤちゃんも経験を積んでいるからな」
「でも、この船って就航してまだ三年くらいっすよね?」
「それだけマリヤちゃんの勘がいいんだろうさ。さあ、それより仕事だ。サッサと済ませるぞ」
「はいっす」
二人は待機所を出て、コンテナブロックの貨物室へ積荷の確認に向かった。
「はふぅ、スターポールドライブの三連続はちょっと疲れる気がするな」
「じゃあ、診察するから椅子に座って」
「はーい」
コネクトコクーンから出たマリヤは、コクーンルームの隣の医務室で、船医の面談を受けた。船医は、コクーン内でスキャンされたマリヤの身体情報を空間投影して確認しながら、マリヤに問診する。
「疲れているのは、どの程度かしら?」
「うーん、肉体的な疲れっていうより、難しいことを考えた疲れ、頭の疲れって感じですね。三連続で飛んだの、本番では初めてだったから、緊張したのかも」
船医はコクーンから取り出したマリヤの身体情報を、過去の複数回の航行時データとも照らし合わせた。
「緊張、というよりも演算量による疲れかしらね」
「演算量?」
「ええ。マリヤちゃんは、連続ジャンプする時にショートカットするでしょう? それでコンピューターがマリヤちゃんの脳のリソースを余計に使うのよ。普段以上の頻度で脳細胞を酷使した結果、疲労として感じられているのね」
「そうなんですね」
「三連続くらいなら大丈夫だと思うけど……あまり多い連続ジャンプはお勧めしない、と言うよりも、やらないように」
「やったら、どうなります?」
「そうね。ジャンプの直前か直後にマリヤちゃんが気絶して、船はそのまま宇宙の果てに飛び去るか恒星に突っ込むかして、乗員全員御陀仏、かしら」
「それは不味いですね。気を付けます」
「そうしてね。私もまだ仕事を続けたいし。疲れた頭には糖分がいいわよ。甘い物でも摂って来なさい」
「はぁい」
マリヤは座っていた椅子からタンッと立ち上がると、舞うような足取りで医務室を出た。




