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第二十四話

聖ガバナンス高校の旧校舎、その地下深く。阿久津が「実習室のゴミ捨て場」として占拠している地下倉庫は、いまや銭屋カレンが洗浄した巨額の資金によって、最新鋭の電子顕微鏡、クリーンベンチ、そして超高精度な工作機械が並ぶ「異能の工房」へと変貌を遂げていた。


「……よし、これで勝てる。この『五軸制御超高精度マシニングセンタ』さえあれば、参号機の演算コアを物理的に十倍に凝縮できるぞ!」


阿久津が、バールでこじ開けた木箱の中から現れた鈍い銀色の工作機械を見つめ、狂喜の声を上げた。彼が目指しているのは、みやびの三割にまで減退した出力を補完し、ダークマターを極限まで圧縮・増幅する究極のハードウェア増幅器――『阿久津参号・カレイドスコープ・改』の完成だった。


「阿久津くん、あまり騒がないで。防音壁を抜けて地上の教師たちに気づかれたら、カレン先輩の裏工作も台無しになるわ」

みやびは、銀色の瞳を細めながら、届いたばかりの機材の表面をなぞった。彼女の指先が触れるたび、機械はまるで生命を得たかのように微かな共振音を上げ、最適化されていく。


しかし、作業を始めて数時間後。地下室の静寂を切り裂くように、阿久津のスマートフォンが不吉な電子音を立てた。


「……あ? なんだよこれ。注文してた『超硬ダイヤモンドエンドミル』と『高純度セラミックベアリング』が、一方的にキャンセルされてる……!? 供給元からの『在庫なし』って、先週は確認済みだっただろうが!」


阿久津の顔から急速に血の気が引いていった。それらは、工作機械の精度を司る、いわば「神の指先」とも呼べる心臓部のパーツであり、世界でも限られたメーカーしか製造していない特注品だった。


「資金は私が完璧に処理したはずよ。支払いの問題じゃないわ」

麗華が、ネクサス・コアの端末から即座に供給元の状況を検索し、その瞳を鋭く細めた。


「……供給元の『岩崎重工』。昨日、筆頭株主が入れ替わっているわ。……買収したのは、『九条くじょうグループ』。……いえ、これは日本古来の財閥連合……通称『御三家』の一つ、三田村財閥のフロント企業よ」


「……御三家」

みやびの銀色の瞳が、薄暗い地下室で冷たく輝いた。

田中やウォーレンが、未来から来た「外来の監視者」だとすれば、御三家はこの国の歴史と伝統、そして「既存の利権」という名の重力を司る、現代の守護者たちだ。


「……私たちの蓄財が、ついにこの国の本物の支配者たちの逆鱗に触れたというわけね。彼らは、暴力を使う必要はない。この国の官僚機構、物流、そして『常識』という名のシステムを操作するだけで、異分子である私たちの手足を縛ることができる」


「……供給が止まっただけじゃないわ、みやび」

麗華が、タブレットに表示された物流ログを見せた。

「阿久津くんが発注した別のパーツを積んだ輸送トラックが、都内の検問で『安全基準の再検査』という名目で足止めを食らっている。……港湾局からも、精密機械の輸入手続きに不備があるとの通知が来たわ。……明らかに、この国全体が私たちを拒絶し始めている」


阿久津が、悔しげに工具を床に叩きつけた。

「……クソっ! どんなに金があっても、物が手に入らなきゃ何にも作れねえよ! 今中さん、こいつら、俺たちの足元を見てやがるんだ!」


「……ええ。彼らは、私たちがこの学園の『外』へ出ることを許さないつもりね」

みやびは、阿久津の持つ未完成の『参号機』に手を触れた。

「彼らは、私が力を失ったことを知っている。だから、物理的な供給網を断つことで、私たちが『未来』を構築するのを阻止しようとしている。……けれど、それは大きな間違いよ」


「間違い……?」

シンジが、トランプをシャッフルしながら尋ねた。


「……三田村財閥。彼らが守ろうとしているのは、進化を止めた『澱み』。……なら、こちらもそのルールに従って、彼らが守ろうとしている『均衡バランス』という名の偽善を、買い叩いてあげるわ」


みやびの右腕の銀色の紋様が、微かに脈動を始めていた。全能を失った今の彼女には、世界を直接書き換える力はない。しかし、相手のシステムの「急所」を見極め、そこを突くことにかけては、かつての調律師としての経験が冴え渡っていた。


「麗華さん。三田村財閥の現当主、三田村康介こうすけ氏に会談を申し込んで。……場所は、学園の茶道室でいいわ。彼らは『伝統』と『秩序』を重んじる。……なら、それを利用させてもらうわよ」


麗華は、驚きに目を見開いたが、すぐにみやびの意図を察して不敵な笑みを浮かべた。

「……学園に、三田村の当主を呼ぶのね。……わかったわ。神宮寺の格式ネームを使えば、向こうも無視はできない」


地下倉庫に、静かな決意が満ちていく。

これまでの「数字の戦い」は終わり、この国の根幹を成す「権力」との直接対峙が始まろうとしていた。


阿久津は、届かなかったパーツの代わりに、自らの腕で既存の部品を加工し始めた。

「……見てろよ。御三家だか何だか知らねえが、意地ってのを叩き込んでやるぜ」


シンジは、三田村財閥の全資産の動きをマッピングし、その「因果のほころび」を探り始めた。

カレンは、三田村が支配する市場の裏側で、彼らが最も恐れる「情報の毒」を調合し始めた。


そして、みやびは。

ただ静かに、茶室に流れる空気の粒子を「調律」し始めた。

三田村康介がその部屋に足を踏み入れた瞬間、彼が何十年もかけて築き上げた「正気」が崩壊するように。


「……まずは、この国の古い壁を、内側から買い取らせてもらうわよ」


夜の学園に、青白いモニターの光と、火花を散らすグラインダーの音が混ざり合う。

女子高生たちの帝国は、目に見えない包囲網を嘲笑うかのように、その牙を研ぎ澄ませていた。



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