八十五話 お金持ち特有の
表界、東京、咲崎家で過ごす日も今日で終わり。今日は朝から駅に向かってすぐに新幹線に乗り込まなきゃいけない……の、前に。
「──ぁ」
「……うわぁ」
「ごめんねー……」
バタン、と音を立てて目の前の長身の男が倒れた。それは、葛であった。
再び『術』を使って葛を昏睡させ、そっから裏界へと移動する。かなりリスキーな行為ではあるものの、一度うまく行ったという成功体験があるからかかなり罪悪感なくできた。なんだろうか、この一回人を殺したら次もおんなじみたいな理屈。最悪すぎる……あー、最悪だ。
「──その殺人鬼とやらは随分と君の心に深く突き刺さっているようだね」
「……まあ、ね。いい思い出では絶対にないし、忘れられるものでもない。というか、忘れちゃいけないんだと思う。……でも、あえて思い出す必要もない気もするんだけどなぁ」
トラウマ、ってやつなのかな、これが。
しかし、麗はさして市のことに興味はないのか、今は俺が肩を貸して持たれかかっている眠りについた葛を見ていた。
「あーあ。寝ちゃってまぁ……案外幼く見えるね」
「体格が幼くないけどね。百七十七って前に言ってたよ」
俺よりも五センチも高い。妬み、僻みエトセトラをださなかった俺は褒められていいと思う。
麗の身長は女性にしてはある方だが、男性にしては小柄……確か、百六十の後半だったはずだ。
「あまりボクの体をジロジロと見ないでよ、変態さん」
「今のどこに変態要素があったのか具体的にお聞かせ願おうかああん?」
「はー、やだやだ。蛮族の思考回路だよ」
やれやれだなんて格好を取りながら麗は小走りし、俺より先に神社の階段を上がっていった。
現在位置は表界と裏界を繋ぐ場所である神社に来ている。なんでも、ここに『亀裂』があるんだとか。
「そもそも誰かが通れるレベルの『亀裂』ってのはすぐに塞がれるのが常なんだよ。でも学園長は入学初日にここを指定してたんでしょ? じゃあ、わざと隠してた可能性があるね」
「なんで……そんなことをする理由なんて、あるの?」
「さあ? ボクはたしかに心を読めるけど、基本的にはその瞬間に考えてたことしかわからない。対象の記憶まで遡るのはそう楽じゃないからね」
できないとまでは言わないが、基本的にはしないのだろう。麗はどちらかというと『さとり』であることが嫌みたいだし。
「────。蒼ってこう、実はさとりだったりする?」
「……はぁ?」
麗があまりにもあっけにとられたような表情で、そんな絶対にありえないことを言ってきたので思わず口調が荒くなってしまった。
いや、ないだろ。そもそも妖怪だって知ったのは中三の頃だし。……ただ、昔から感情の機微には敏い方だった。なんとなく、目の前にいればその人が何を考えているなどを、その人のしぐさで察せられた。ただ、それだけだ。
「心理学者にでもなるつもり?」
「考えたこともなかったなぁ」
進路についてまだ明確には決めていない。そもそも気になるのだが、俺は将来的にこの高校での経歴をどう書けばいいんだ? さすがに中卒とはならないだろうが……それでも不安だ。こうして高校時代に行ったことは全て裏界での出来事であり、それは表界には出してはいけない。そう言われればまったくもってその通りと思うのだが、俺の大学受験などは一体全体どうすればいいのだ。
「あれ。学園長ってもしかして無責任?」
「あの妖怪の理念やらもろもろ的にそうポイっと入学させてパッパと卒業はさせないでしょ。ちゃんと色々と支援してくれると思うよ」
そう麗から言われると一安心である。やっぱり頼りになるぜ!
あ、まって。そんなに嫌そうな顔しないで。
「嫌そうな、じゃなくて嫌なんだよ馬鹿」
「馬鹿まで言うか!?」
どことなくいつもより罵倒に切れがある。なんというか、今までは抑えてたイメージだがこうして家にまで行くような仲になってブレーキを故意的にぶっ壊したみたいな感じだ。
「……心を開いたって思ってほしいな」
「うん。すっごい嬉しいよ」
あ、照れてる。……まって真剣はまずくない!? 落ち着いて! 我々には言葉がある……つまり、和解の道があるということだ!! だから、まっ、やめ、いやあぁあああああ──!!!
*
「──なんでそんなにボコボコなんだ? 蒼」
「それはその隣にいるやけにニコニコ笑顔な性別不詳系高校生に聞いて」
「やだぁ、もうっ。はぁ、誰かを一方的に叩きのめすのって、なんでこんなにも楽しいんでしょう!」
「なるほど、色々とわかったがなんで麗はそんなキャラになってんだ」
どことなく口調が変になっている麗を寝起きでまだふわふわしている葛が咎めるように言った。
──現在位置、京都、駅である。
上を見れば空を飛んでいる妖怪が。横を見ればとんでもない速度で駆けている妖怪が。……なんというか、東京よりも『妖怪』感がとても強い街だ。
「そりゃあ、本場だからね。こうも数も多い……東京は、人間と関わる仕事も多いし、それに『種族』を持たない妖怪の方が総数的には多い。対して京都は伝統とか格式とかを大事にしてる家が多いからさ、人型じゃなかったり特徴の強い妖怪が多いんだよ」
こっそりと、麗が教えてくれた。
確かにそういった妖怪変化の物語は京都とかが多い気がする。それは妖怪とかが語られるときに京都に都があったから、とかな気もするが……実際にこうなのだろう。
「にしても、俺も始めてきたな、京都」
「葛も?」
「やっぱり北海道からこうして関西まで来ることが少ないからな。基本的に休みは繁忙期で、家族揃っての旅行もあんまりできねえから」
確かに旅行をする、というのは旅館を経営していると厳しいのかもしれない。俺と葛はこうして京の都に初めて地を踏むことになったのだ。
「麗は?」
「ボク? ……どうだろう。でも、記憶がある限りは無いね」
記憶にある限り、という部分に若干の今までの苦労が垣間見えつつ、三人とも初めての京都であることが確定した。
まあ最近は機械やらデジタルやらが発達しているから地図なども簡単に見えるが、それでも手当たり次第となるだろう。……それでも、現地の人とかがいたら心強いが。
桜には新幹線に乗っている最中に連絡を入れたとはいえ、それでも具体的な家の位置を聞くのは忘れてしまった。
『今から桜の家向かうね』
『え?』
『そろそろ新幹線だから! また後でね〜』
『いや待て!!』
『不在着信』
『不在着信』
『不在着信』
というやり取りがあったのだ。今月は通信量がちょっと危ないので通話には出れなかったが。それに対してはまた後で謝りに行こう。そうしよう。
「蒼ってかなり自己中だよね」
「あはは。よく言われてきたよ」
主に朱とかに。きちんと自覚して、直そうとは思っていた。努力もしていた。ただ今回はちゃんと桜と話してしまったら「来るな」で完結してしまう気がしたのでやめたのだ。アイツには押し切ったほうがいい。どうせ拒めないだろうから。
「──ってことで! 第一目標は鬼城院家! そこで我々は桜と接触し、あわよくば案内をしてもらおう!」
「このいかにも相手の予定を考えないところが蒼らしさ?」
「世の中、そんならしさで全部が全部許されねえだろ」
そのまま移動することが決まり、まずは駅の周辺を散策する。第一目標である桜の家の場所を詳しくは知らない、と麗と葛と話し合い、まさかの「地図アプリで検索する」という手段を使うことになった。そうしたら。まさかのでてきた。嘘だろ。
「何となく分かるけどな。ある意味、生きた歴史的な勝ちがある場所だし」
「じゃあ地図アプリの音声案内に従っていけばすぐに桜に会えちゃうの……!? ってか自宅が地図上に現れるって何……!?」
「────。この地図ってさ、実は正しくないのかもよ?」
「え?」
麗はそう、地図を眺め、そこから周りの風景を見て言った。曖昧な言い方だが、それでも口調はどこかわかりきってるみたいに話している。
「……行ってみないとわかんないけど、ボクとしては無駄な気がする」
「嫌なこと言うなぁ。思わせぶりは良くないよ」
「そうだそうだー」
「確信が持てないから強く言いたくないんだよ。でも、いったんは行こう。──その地図に映る、鬼城院君の実家に」
*
結果から語れば、結局は麗の言葉通り、俺達は桜の家に辿り着くことはできなかった。
いや、厳密にはそれと思わしき豪邸には行けたのだ。そこは麗の実家みたいに和風の大豪邸で、けれど決定的な違いがあるとするならば麗の実家……というより半間さんの家はどこか慎ましかった。気配がなさすぎる、そうとも言えよう。
けれど、桜の家はその逆であった。
活気に溢れ、絢爛豪華で、それこそ見せつけてるみたいにも見えてしまうほどだった。
「師範の家はそれこそちょっと豪華な家なんだよ。でも『御三家』となるとプライドと面子と……他にも色々と関わってきて普通の家じゃ駄目なんだ」
「なーる」
そういったお金持ち特有のものというのは確かにあるのだろう。俺がそれに対して口を出すのはお門違いだし、特になんとも言わないが。
ともあれ、家は見つかったのだ。肝心なのは、インターホンを押しても誰も出てこなかった点だろう。……流石に俺もそれだけで偽物だと決めつけない。
俺はすぐに桜に連絡を入れ、開けてくれと頼んだ。渋々と言った具合であれど桜はそれを了承し……けれど、桜の姿が俺達の前に現れることはなかった。そして、その理由は直ぐに判明した。
『──結界』
『俺の家の防犯設備みたいなものだ。これでも、かなりな立ち位置のお家なんでな』
『それは、特定の”鍵”を持った妖怪か、内側にいる妖怪がいなきゃたどり着けないんだが……あいにくと、俺は行けそうにない』
『……悪い』
そう謝られてしまえば、それ以上俺は言葉が出なかった。一言、こちらこそごめんと言い、俺はそこで引き下がる。
『結界』、というのはどうしようもないものだ。多少なりとも『結界術』を齧ってきたからこそ、目の前にある『結界』がどれほど高度なものであり、そして破ることが不可能に近しい物だというのもわかってしまった。
「じゃあ、ここで引き下がる?」
「うぅん……それしか、ないかな」
そう言い、キャリーケースを泣く泣く引きずり観光系のお店が盛んにある方の通りへと向かおうとして、────ありえないほどの美人と、すれ違った。
*
桜編、始まる予定です。
地味に前日譚やらなんやらでちょっと暗い桜のお家モード。その原因が明かされる、予定です。
新キャラやらが出てきたりしますが、記憶の一端にとどめていただければ幸いです。




