八十一話 薄情なだけ
朱が上がり、そのまま麗がお風呂へと行った。つまりは、今俺の部屋には俺と葛だけが取り残されているということである。
「東京とか、こうして学校をここに選ばなかったら来なかっただろうな。北海道が嫌いってわけじゃないけど、一回は家から離れたかった」
「思春期あるある的な?」
「そうかもな。反抗期だったのかもしれない」
葛は両親に秘匿して願書やらなんやらを提出して入学手続きを済ませたと、そう言っていた。そして後戻りができる段階ではなくなったところで両親にそのことを話し、そのまま上京したと。
なんというか、行動力の権化みたいなことをさらっと行っている。行動力にはとても尊敬できるが、それでも真似できるともしようとも思えない。
「蒼は東京住みだもんな。妹さんもこっち通うのか?」
「えっ!?」
「え、って。そんなに驚くようなことか?」
「い、や。別に、そういうんじゃ、ないんだけど……朱は、違う学校に通うと、思う、よ」
「そうか」
自分自身が氷花さんと違う学校に通っているからか、葛はこれ以上は追及することはしなかった。助かった、と思う。
交換学生として選ばれたのは俺だけであり、妹である朱も変に巻き込みたくはない。下手に同じ学校にしてくれとたのみ、『怪異』やらに出会ってしまったらと、そう想像するだけでもゾッとする。朱には普通の高校に入ってもらう、父さんだってそう思ってるはずだ。
「……それで、なんだ? ──なにか、話したいことでもあるのか?」
「……気づいてた?」
「薄々、な」
葛も、決して察しが悪いわけではない。クラスではよくその察しの良さで事前に小さな口喧嘩の仲裁に入ったりしている。──だから、俺の変化にも気づけたのだろう。
そして、なんとなくわかってしまった。確かに折れという人間は感情が表に出づらいようだが、それは俺のせいでもあったのだと。俺が心を開かず、相手に感情の変化がわかってもらうほどに付き合わず、人から距離を取ってしまっていたせいだと。
──きちんと向き合っていれば、ああはならなかったかもしれない。
なんて後悔は、全部、本当に遅すぎるんだ。
「……秘密の、さ。暴露大会みたいなこと、してんじゃん」
「ああ。なんとなくなし崩し的にしてるな」
「それで、俺の秘密だよ。……麗はもう、気づいてるだろうってことで、葛に、まず、さ」
秘密を共有することで絆が深まる。そんなのは、幻想だろう。お互いにバラされたくないものを知っている、知られている。そこで安心感を得たいんだ。──コイツは裏切らないという、安心感を。
低俗的ではあるが、これが最短でもあるだろう。それを否定しない……事実、俺も葛と麗の秘密を聞いているわけだし。そこで俺が安心感のようなものを得ているのは覆しようのない真実だろう。だから、俺が誠実であるためには俺もまたその安心感を二人に与えなければならないだろう。
「──……俺、昔好きな人がいたんだよね」
「──。お、おう。そうか」
カミングアウトをすると事前に言っていたものの、まさかの方向性の秘密にどうやら葛は驚いてるらしい。
別に、俺が人間だと明かしてもよかったのだが、その場合は俺が学園町に怒られると思うからやめた。桜に明かしたといった時も説教されたものだ。「あなたの命に関わることなのです」と釘を刺された。いや、命に関わるようなことをさせないでほしいんだが。
なので、俺からはちょっと恥ずかしい自分の黒歴史を語らせてもらう。……いや、黒歴史より赤黒い歴史だな。あんなことが、あったわけだし。
「俺が中学生ぐらいの話になるんだけど……俺の家の近くに公園があって、そこに一人の女の人がいたんだけど」
「その言い方だと年上か?」
「うん。正確な年齢はわからないんだけど、成人はしてたと思う」
中学一年生の、冬ぐらいの思い出だ。その日はいつもよりずっと寒くて、防寒着として巻いていたマフラーだけじゃ全然足りなかった。そんな時、通学路にある公園で音が聞こえた。
その日は部活もあったし、先生に頼まれごとをされたので(友達はいなかったが先生からの信頼がなかったわけではない)いつもより遅くなり、その公園を通ったのは夜の七時ぐらいだったから違和感を覚えた。子供がいるにしては遅すぎる。
幽霊だなんて馬鹿馬鹿しく信じていなかったが、だからこそ不審者でもいるのかと好奇心半分で公園に入ってしまった。──そこで、この世のものとは思えないほどに美しい人を見かけた。
「……人?」
「え、なに?」
「あ、え。なんでも、ない」
……危なー! とぼけることで誤魔化す作戦、成功! 咄嗟だったからうまくできてるか危うかったけど、なんとか騙されてくれた! こういうことを零しちゃうから疑われるんだぞ、俺。
「な、なにはともあれ。すっごい美じ……美妖怪がいたの。で、なんやかんや話してるうちに仲良くなったんだけど……そっから紆余曲折あって、その女性がひととととじゃなくて、妖怪を刺し殺してるのを見ちゃったのね」
「……は!? え、は!? 話が急に変わったな!!」
「いやぁ、紆余曲折は話したらちょっと長いから省略させてもらうよ」
「むしろそこが一番大事だろ!!」
「ははは。まあ、これが俺の秘密みたいなもんだよ。初恋は犯罪者って話。結局、その女性は逃げちゃってどこにいるか今でもわかんないんだけどね。……警察に、顔とかはバレてないらしいし」
「……俺たちの秘密よりジャンルが違わないか?」
「えー。じゃああるとするなら……あ。俺の母さん、寝たきりなんだよね」
「なんでそんなことをあっさり喋るんだ!!」
これは秘密といっていいかわかんないから、かも。別に隠していたわけではないし、言うのは倫理的にどうかと思っていただけだ。
──俺の母である咲崎紫は、俺が小学四年生の頃に今でも覚めぬ眠りについている。何が原因でそうなったのか、現代の医療技術をもってしても解明できず、病院の一室にひっそりと眠っているのだ。
母の体は驚くほどに老いておらず、時の流れが千分の一だと錯覚してしまうほどに眠りについたときの状態のまま。朱は、まだ幼かったら母の記憶はそこまでない。……母が眠りについたときに父は荒れ、まるで現実から目を背けるように仕事をした。そのせいで、半場俺たちの育児が放置気味になってしまったのだ。その時の心の距離は、今でも埋まらないままだと、俺はそう思っている。
「──。まあ、秘密はどっちかって言うと俺のくだらない初恋ですませて、ね」
「いや、いいが……なんというか、波乱万丈だな、お前の妖生」
「うーん。でも特に不自由してないし、いいかなって」
「図太いなぁ」
図太い……のだろうか。──薄情なだけだと、思えてしまうが。
それが顔に出てしまっていたのか、葛はどこか気まずそうに視線を動かしている。なんとかいつもの調子に戻して、すぐに話を明るいものに変えなければ。
「ぁ、」
「──上がったよ。次、葛の番」
「お、わ、かった。じゃあ、風呂行ってるな」
「うん……その、麗。おつかれ?」
「風呂あがったぐらいでそんなこと言わなくたっていいよ。──で? 話したの? ……お母さんのこと」
そう言った麗の声は、いつもよりもずっと低かった。
もともと短い髪の毛だからか、タオルだけで乾燥させようとぐしぐしと髪の毛を拭いている。ぽた、と水が床に落ちた気がした。……そんな風に、視覚情報に脳をやらないといけないくらいには、答えたくないと、思っているのだろう。
「俺的には初恋話、……うーん、悲恋話かな。そっちの方が秘密的にはおっきいって思ってる。ほら、母さんのことは家族内で共有済みなわけで、個人が抱える葛藤とかじゃないじゃん」
「いいんだよ、そういうの。……蒼が、一番心に思ってるのは、お母さんのことなんでしょう? あえて隠すの、できた気もするんだけど」
「────」
そう、麗に断言されて困ってしまう。麗が、心を読める麗が、そう言うのだから……そうなのだろう。
──知ってほしかった。だなんて、女々しい感情を、俺は抱いていたのだろうか。
知って、どうしてほしかった? 同情してほしかった? 憐れんでほしかった? かわいそうだと、かわいそうな子だと、そう思ってほしかった? ……情けない。そんなものなのか、俺という人間は。
「なんだか急に自罰的になってるとこ悪いけど、個人的にはもっと恥ずかしい系の黒歴史を暴露してほしかったな」
「恥ずかしいって……ああ、俺、幼稚園から中学まで友達が一人もできたことなかったよ」
「そう、そういうの! そういう恥ずかしいものをもっと聞かせて!!」
「なんで急に元気になるの!?」
どことなく加虐趣味を感じる麗の言動に若干引きつつも、この程度の秘密で麗の、というか『さとり』事情や葛の拗らせた姉弟関係の暴露がイーブンになっていいのだろうか。
「いや、十分にお前も重い……で、明日はなんか考えてるの?」
「さっき朱にも相談したんだけどさ、俺の家にあるゲームで大会開こうかなって。ほら、カート系とかリズムゲーとか、結構いろいろあるんだよ」
父さんがここら辺は疎かったので小学校自体は我が家になかったが、中学に上がると同時にちゃんと「これこれをこういう目的で買いたい」と言えばよほど高価なものなど簡単に変えないものを除いて大体は与えてくれた。だからか、この家にはほとんど人を招かないくせいにゲーム機などは大量にある。なんか、自分で思い出して悲しくなってきた。
朱に頼んでちょっとテレビのとこの棚の奥深くに眠ってたものなど色々と取り出してもらい、丸一日かけても遊びきれない可能性まで出てきたのだ。そして、明日はこれで遊び倒してそのまま就寝。そしてすぐに駅……の、前に再び葛を眠らせて京都へレッツアンドゴーである。
「さらっと犯罪行為が盛り込まれていたけども……ボクはもうツッコまないよ。んじゃ、ボクは移動で疲れたし、そろそろ就寝に移らせてもらおうか」
「わかった。布団を敷くね」
客人用の布団を取り出して、そのまま部屋に引いていく。そうすると部屋にはぎりぎり三つ布団が収まった形になった。麗はその内の一番扉側をさらっと取り、そのまま体を布団に預けている。
「く、ぁ。……もういいや、おやすみ」
「ん、おやすみ」
──そのあと、風呂から上がってきた葛も疲れていたのか、二人は眠ってしまう。なんやかんやで咲崎家で過ごした一日目はこうして幕を下ろしたのだった。




