七十九話 別に仲は悪くない
麗の家で過ごした二日間はなんというか、あまりにも半間さんの印象が強すぎだ。
……というか、あまりにもボコボコにされた気がする。あの後、半間さんに回復の促進? 系の札を借りてそれを怪我した場所に張った。そうすると怪我は表面上では一日寝ただけでほぼ治ったように見えた。
実際には、あれはあくまでも無理やり急に良くしてるもので……なんか細胞の活性化だとかそういうやつだ。だからか、どこか気だるさが残っている。
「……師範の失態、っていうか早とちりはボクの説明不足でもある。傷を見るぐらいならできると思うよ」
「ありがとうね。でも多分大丈夫じゃないかな。骨とかには全然響いてなさそうだし……骨を絶たれそうにはなったけども」
それに対して今更恨み言は言わないけども。事情も事情だし、どちらかというと俺は常に隠し事がある状態だ。疑われて、かなり当然だろう。なんとか説得できたけど、秘密だって明かしていいか微妙だし。学園長に許可とか取ってたほうが絶対に良かったよなぁ。
けど、話さなかったら話さなかったらで後遺症が残るレベルにボコボコにされていた気もするので結果的になるが話しておいてよかっただろう。あとは、どちらかというとこれが最善の選択肢であったとそう言い切れるように未来で頑張っていけばいい。
「行き当たりばったりだね、蒼」
「まあそれが俺って人間だからさ」
スーツケーツに荷物を詰め、そう笑顔で言い切る。そんな俺に対して麗はどこかなんとも言えない表情を浮かべたが、表情通りになんとも言わないつもりなんだろう。
──次に向かうのは、いよいよというほど心待ちにはされていないが、一応俺の家である。
表界の、東京。そこにある一軒家。父はおそらくいないということはなんとなく察せられ、いるのは妹のみ。そしてその妹には俺が妖怪の学校に行っていると明かしていない。なんなら妖怪の存在を教えていない。
「だから俺が頑張んなきゃいけないのは会話に『妖怪』をださないことだね。朱に察させず、葛に察させず。そう誘導するしかない」
「それ、移動でバレる気がするんだけど」
「その対策は練ってるよ! もうちょっと信用と信頼を麗は俺に向けてくれ」
「はいはい。あと数十年したら考えてあげる」
「高校在学中はないことが確定してるの世知辛いな……」
さらっと今後四年間の友情の進歩がないことが確定した。というか、 数十年って……確かに百五十歳の麗なら短めなのかもしれないけど、それでも俺にとっちゃめちゃくちゃ長い気もする。
やっぱり、どっか人間と妖怪の価値観は違うらしい。……分かり合えるか、なんてはわかんないけど。でも寄り添ういあうしかない……うーん、でももうちょっとくらいは人間の寿命に寄り添ってほしいカモ。
「──よし、俺も準備できた。半間さんにお礼を伝えたいんだが、どこにいるか知ってるか?」
「師範ならなんかあったぽくて慌ただしく今朝にここをでてったよ」
「マジか。じゃあこれどうしよう」
そう言って葛がカバンから取り出したのは箱に入った和菓子だった。キレイに包装されており、確か前に麗がめちゃくちゃ気に入っていたお菓子の名前が書いてある。……友達の家に上がるんだったら俺も持ってきたほうがよかったよな。なんで俺ってやつはそういう気配りが足りないんだ。
「それが一個人の限界ってとこかね。それならボクが師範の部屋にメモと一緒においておくよ」
「頼んだ」
……その間に食べちゃわないよね? なーんて心に思っちゃたのですっごい麗に睨まれとる。やめとくれ。
そのまま麗はすぐに家の中に入って行って戻ってきた。足早いよな、麗。
「んじゃま、さっさと東京に行こっか」
「うーむ、実に四日ぶりの帰省……あれ、そんなに経ってないな」
かなり長い気がしたのだが、実際にはそこまで時間は経っていなかった。けど、個人的には四日間も朱と離れていたという事実が地味に堪える。ああ、なんか変なことに巻き込まれていたらだどうしよう、とか。
「シスコンきんも」
「個人的に女兄弟に執着する気持ちがいまいちわかんないんだよな……氷花はあんなんだし」
「いや、俺よりも断然葛のほうが拗らせてると思うよ? さすがに」
「う」
起こった出来事が出来事だとは言え、地味に拗らせているだろう。ヤバい言動をとる姉を嫌いになりきれない。なんならちょっと強めの後悔も抱いている。幼少期にあんな強烈な記憶があったらこうはなるだろうけど……
「……どっちがヤバい?」
「兄弟どころか家族もいないボクから言えるのは”どっちも”ってことだけかな」
それを言われてしまったらなんとも……。
半間、と表札に書いてある家から離れていき、最寄り駅へと向かっていく。そっからまた新幹線を利用して東京へと向かう予定だ。北海道の空港と、新幹線の駅。そこでたくさんお土産は買えたので、今は家にいないであろう父さんにはこれで十分だろう。あとは朱だけど……朱には、また別にお土産買っていこうかな。
「ボクも蒼の妹ちゃんとは仲良くなりたいな。氷花さんにはなんとなくの偏見でハンカチをプレゼントしたけど……妹ちゃんは何が好き?」
「おい待て。え、お前氷花にプレゼントとかしたの? 初耳なんだが?」
嫉妬……ってよりはシンプルな驚きだな、これ。
でも朱の好きなものかぁ……うーむ、別に仲は悪くないとはいえ、それでも最近はあまりそういった趣味の話などをしないので、今朱が何にハマっているかわからないな。……あ、でもこの間なんかハマったって言ってたな。
「へぇ? 何に?」
「なんだっけ……あ、そうだ。最近はスイーツをお茶漬けにすると美味しいって言ってたな」
「……なーるほどね。そういうタイプか。うん、なんかストラップとか買っていくよ」
「いいと思う! 朱は可愛いものが昔から好きだったし!」
昔から朱は特に料理のかけ合わせにハマることが多い。この間はなんかレモンと抹茶をかけ合わせたアイスを作っていた気がする。……別に変じゃないか、そんなに。
ただ、なんとなく昔から味覚が少し鈍いのか、味を強くしようという創意工夫を毎回感じる。だからか、自分だけは違う料理を用意していて、それだけ異様に味が濃かったのを覚えている。前に一回だけ取り違えて、ちょっと困ったことになった。
「蒼は妹がいんのか。俺は上にしかいないからわからないが、やっぱり苦労とかあるのか?」
「可愛さよりも先に苦労を聞くか……まあ、確かにちょっと色々とあるけど、そんなの上にいようが下にいようが女だろうが男だろうが、やっぱり苦労なんてあるもんじゃないの?」
男兄弟なら殴り合いとかになっちゃったりでまたそっちにも苦労がありそうだし。俺の身近で男兄弟がいるのは……確か桜がお兄さんがいるって言ってたな。
……桜、大丈夫だろうか。いや、心配しても仕方ない。料理コンテストで会う予定ではあるし、そこで会えることを願おう。
「──だったら京都で会えばいいんじゃない?」
「え? ……あ!」
そういえば、『御三家』なるものの家は京都にあるってなんか聞いたな! 京都には俺の家に行った後にまた新幹線で行くから、そっか! やろうと思えば会えるのか!
……連絡したほうがいいかな。でもドッキリ的に「いえ〜い、来ちゃいました☆」のほうが面白いかもしれないし、黙っていよう。
「悪戯心だね。──んじゃま、東京に向かおっか」
*
新幹線に乗り、そのまま公共交通機関を利用して東京へ……の、前に。
「ん、ぁ……? なんか、おかし、く、ねえ、か……?」
「──うわぁ。まじでやったね、蒼」
なんでも『術』の効果がある札を体のどっかに(できれば直接肌に)貼ると一気に眠気が襲ってきて、そのまま眠りについてしまうらしい。そして、その効果は今発揮された。
「犯罪一歩手前どころか大股でオーバーな気がしてるね」
「まあ秘密にしないといけないし、ゴーサインを出したのは学園長だし……セーフ!!」
「アウトだよ」
電車内で眠ってしまった葛を抱えながら、そのままタクシーに乗り込んで神社に向かう。そこで表へと移動して、そのまま再びタクシーで自宅へと向かうようにした。
「……ん、」
「起きた? おはよう、葛。急に寝ちゃって……昨日夜ふかしでもした?」
「あ、……あ? 普通に寝たと思ったんだが……今はどこらへんだ?」
「あと数分で家に着くよ」
「わかった……く、ぁ」
「……ボクは何も言わない。何もツッコまない。全てにおいてノーコメントで」
「? なんかあったのか? 麗」
「べっつにぃ」
麗は不機嫌そうな顔をしながらタクシーの窓の方に向く。なんというか、絶対に関わりたくないという強い意志を感じた。
俺の家では初日はまずは普通に家で過ごして、二日目に家にあるボードゲームとかで遊べたらいいと思っている。外に出たら人間しかいないし、そもそも外観が違いすぎるので外出はできない。二人の家と違って別に普通の一軒家だから掃除を手伝ってとかもないし。
今は移動した時間とか諸々あったのですでに夕方の十七時。家に帰ったら事前に朱に連絡をしているので、おそらく夜ご飯がある。明日は丸一日俺が全部作ろう……
「──そういえば、になるが。蒼の妹さんの好みは聞いたが、どんな妖怪なんだ?」
「んぇ?」
咄嗟に「妖怪」というワードがでて、すぐに運転席の方を見る。その時にちょうど隣の対向車線で大きなクラクションが鳴っていたからか、なんとかドライバーさんの耳には届いていなかったようだ。一安心。
「どんな性格かぁ。優しい子だよ。あとは、家事全般がとっても得意で、責任感もある! 俺の美点と、俺の欠点を反転させたみたいな性格かな」
「長男の蒼が下位互換でどうすんのよ」
「そうはいっても……俺の妹とは思えないぐらいに出来すぎてるからなぁ」
事実、昔ちょっと親戚に疑われたりしたのだ。まあそんな騒動はどうでもいいとして。
「──つきましたよ。料金は✕✕✕✕円になります」
「あ、はい」
「こりゃ割り勘……あとで払うね」
「ん、俺がだすよ」
流石にタクシーの中でモタモタしてたら悪いし。
そのまま会計を終わらせて、ちょうど「咲崎」と表札に書いてある一軒家──つまり、俺の生家の前に立つ。
タクシーからおろしたスーツケースを持ち、そのまま家の鍵を開けようとした。……ところで。
「──おかえり、蒼」
「……ただいま、朱」
──いつもより、ちょっぴりおめかしした朱がベストタイミングで玄関の扉を開けたのだった。




