七十八話 他人に厳しく己に甘く
そんなこんなで屋敷の大掃除も終わり、時間は経って夜。今夜は麗による養殖の大盤振る舞いだった。なんか、名前も知らない、推定フランスとかイタリアとかの料理が出てきたりした。そのあとはお風呂に入って、まさかの自宅にあるタイプのサウナにも入らせてもらった。サウナって個人で所有できるだなんて初めて知ったぞ。
そうしてほかほかと縁側を歩いていたら半間さんとエンカウントしたが昨夜と違って殺しあうとかはなく、軽く最近の学校の話だとかをして別れた。別にそこまで頭がおかしいということではないのだろう。麗の立場だとか能力を考えれば当然の警戒で、どっちかっていうと俺のほうが無礼だったのかもしれない。……それはそれとして未成年にいきなりけりかかるやつがまともだとは思えないけどね!!
「──なるほど? じゃあ、師範とはなんやかんやありつつも友好的な関係に収まったのね」
「そのなんやかんやで俺が殺されかけてるんだけどね。別に半間さんのことを責めたいわけでもないしいいけどさぁ。でも、半間さんは相当麗のことが大事みたいだね」
「……別に、気づいてなかったわけじゃないよ。ボクはさとりで、気づかないほうがおかしいんだから」
「でも改めて第三者に言われて嬉しい、と。わかってても改めて言われると嬉しいもんね、わかるわかる」
「勝手にボクの気持ちを語らないでほしい。切り落とすよ」
「何を!?」
麗の場合は切るという単語が冗談では済まないでマジでやめてほしい。お、俺の何を切り落とすっていうんだ……!
「──んぁ? 二人で何廊下に突っ立ってんだ?」
話していると、風呂上がりで髪をぐしぐしと少し乱雑に拭いている葛が来た。『雪女』である葛が入った後は湯船の温度が少し下がってしまうとのことで一番最後に入浴することになってたのだ。こがらし亭の温泉は常にお湯が入れ替えられてるから気づかなかったんだよなぁ。
「あ、そうだ。麗、ちょっと勉強教えてよ。っていうか宿題を写させ……ア、冗談です。自力で解きます」
写す、という単語を言いかけたとたんに麗の瞳が鋭くなったのであわてて言葉を引っ込める。麗自身は努力に対して厳しい性格で、少しでも怠けることを良しとしない。影響の元からして半間さんも似たようなものだろう。
「別に教えるの事態はかまわないよ。葛も、見てほしいなら普通に見るよ?」
「いいのか? ちょっと古典がわからなくてな」
葛は前に理系のほうが得意だって言ってた。まあ、理科部だし、そりゃそっか。
妖境学校では成績トップが各教科で十人ずつ明かされる。最近になってちゃんと名前を載せるために許可を取ってるらしいが。で、麗はそのランキングに全教科でトップ三に必ずいる。マジでパネェ。
「俺もいつか、なんて夢見ちゃったりなかったり」
「夢見ることは自由だろ。実現できるかどうかは努力の結果だが」
どことなく俺自身にとても突き刺さる言葉を受けながら、そのまま教科書を開く。こがらし亭では俺は国語を、葛は数学を終わらせているので今回は逆だ。俺が数学で葛が国語の課題をする。
数学は個人的には特に苦手でも何でもないので、今は夜の八時。勉強として二時間とるという話になっているのでそれだけあればワークも半分……いや、もしかしたら終わってしまうかもしれない。いやぁ、夏休みの前半でまだ八月ですらないってのにこんだけ宿題が終わっちゃうとはなぁ! あっはっは! 幸先がいいぜ!
「俺は基本的に夏休みの宿題は三十一日に格闘するタイプだけど、葛はどう?」
「俺か? ……俺の場合は母さんが厳しいからな。二十日あたりにはだいたい終わらせられる」
「あー。確かに。麗はなんか夏休み前に終わらせてそう」
「ワークがあれば夏休みにやるけど……まあ、確かに事前に教えられえられてたら夏休み前に終わらせちゃうね」
前に終業式の日とか、朝に夏休みの課題をめちゃくちゃ速いスピードで解いている姿を見た。問題集の問題がすごい速度で回答を書かれていてびっくり&ドン引きだった。それをまた近くの席にいた影池さんもやってた。やっぱり優等生って言われる奴にはそれ相応の裏付けがあるんだなぁって思った。
「こういう長期休暇ってまじでさ、こう、性格が出るよね。宿題の計画性とかだけじゃなくても、色々と」
それこそ「何をするか」だってかなり重要なはずだ。ここで一気に努力してステージアップするやつだって、いろんなことに挑戦して経験を増やすやつだっている。その反対に、何もしないでただ無事に四十日を過ごすだけだってある。
俺としてはどっちかって言うと後者のタイプなのでなんとも言えない。努力することは尊いとは思うが、俺は俺自身にとても甘いので矯正も強制すべきではないと思っている。他人に厳しく己に甘く、これをモットーに生きているのだ。
「それにしたって、やっぱり夏休みの課題多すぎない? 夏”休み”って言ってんだから課題なんてださないで休ませてほしい……」
「そうした場合、誰も勉強しなくなるからでしょ。学生の本分は勉強だよ」
「なーんで正論を言っちゃうかなぁ」
心が痛むので正しい言葉はあまり言わないでほしい。そりゃ、誰だってそんなのはわかってる。でも! だけども! 青春というのは今この瞬間にしかないものであり、それは決して取り返しのつかないものであるとも俺は言い切ろうではないか!
あの時にああしていれば、そういった後悔は一生である。その時に、あのとき勉強しておけばになるか、あの時もっと遊んでいれば。この二つのどっちかになったときに後者はあまりにも虚しすぎるので、俺は前者を選ばなかったに過ぎない。
「言い訳だけは一丁前だね。そもそも勉強会の提案は蒼じゃないの?」
「うぅう……有限実行有限実行……」
──夜の勉強会は、どうやら早くは終わりそうにないようだ。




