七十七話 狙われたのは、顔面でした
半間さんともろもろを話し終わって結局その日は布団にくるまって寝た。三人で川の字的に寝たので自分の寝相が悪くないか気になって気になって……
「まあ、特に良いけどさ。それで、俺達は今日はこのバカでかい屋敷を掃除すればいいのね?」
「うん。よろしくね」
麗に貸してもらいエプロンを葛と一緒につけて、そのまま箒やらなんやらを持って掃除の準備をする。
この広大な屋敷には部屋だけでも二十近くあり、そこからさらに庭やらなんやらとあってその面積は計り知れない。なんなら道場もあったし。
「麗の剣って半間さんに教えてもらったの?」
「うん。……っていうか、なんで二人の距離がそんなたかが一日でこんなにも近くなってるの? ボク的にはそっちのほうが驚きなんだけど」
色々と、本当に色々とあったんだよ……協力者的立場になってもらったけど、それでもあの人は麗を守るためなら容赦なく俺を斬る気がする。
というか、今でも若干俺の影が揺らいでる気もするし。
「──風呂掃除終わったぞ。次は何だ?」
「さっすが葛、仕事が早いねー。ほら、蒼も見習って見習って」
「旅館の若旦那と比較されてもさぁ……これでも平均的に家事はできるって自負してるんだよ?」
こうして高校に入学して寮で生活することとなり、大幅に俺の家事スキルは向上した。はずだ。
それこそ家に帰ったら朱からも褒められたし。料理のレパートリーだって十は増えたはずだ。
「その成長をボクは否定しないよ。でももっと成長してとは言うって話」
「くそう、アメとムチにしてよ……なんでムチでぶっ叩くだけなのさ……」
これ以上不平不満を垂れたってどうせ変わらないだろうから仕事しますよ。させてもらいますよ!
そうして廊下を雑巾で拭いてから水気を取るために空拭きする。本当に屋敷が広いので終わりが全く持って見えない。
部屋にはきちんとそれぞれ用途があるようで、客室だったり、書斎だったりと色々だ。半間さんの部屋には入らないように以外は特に言われていない。麗の部屋ってのは気になるな……あとで入ってみるか。
「蒼、お前は次はどこだ?」
「んー? ……ねえ、このまま二人で麗の部屋にでもこっそり忍び込んじゃわない?」
「はぁ? 別にこっそりじゃなくて言って許可取るんじゃダメなのか?」
「それで物をベッドの下に隠されたらどーするのさ!」
「そもそもアイツはそういうの持たなそうだし、ここは布団しかなだろ」
それ以上正論を言われてしまうと俺の心が傷つくんのでとりあえず強制的に連行した。
麗の部屋の具体的な位置は確かにわからないが、逆にそれ以外の部屋はだいたい把握することができたので選択肢としては後は三部屋くらいである。そして、その三部屋の中の一部屋はきっと半間さんの部屋だと、なんとなく思った。
そのまま選択肢の一つを開け、物置であったことを確認。そこからもう一つの部屋の襖を引いて──
「──ビンゴ」
生活感が薄い、綺麗に整頓されている部屋があった。
本棚があり、そこには一切の隙間なく本が詰められている。机には綺麗に縦型の筆箱があったり、埃なんて一つもない。
「なんというか、麗っぽい部屋だね」
「難しい本ばっかだな……なんというか、法律系が多いか?」
葛がそう言って一冊、本棚から本を取り出した。どうやら法律に関して詳しく書かれているものらしかった。
確かに、法律系というか……どちらかというと、このジャンルは……
「──で。遺言は聞いてあげるよ」
「おっと。や、優しくお願いします」
「だいたい全部蒼のせいだな」
「あっそ」
ゴッ、と。鈍い音をして思いっきり腰を蹴り飛ばされた。容赦も加減もない一撃はめちゃくちゃ痛く、そのままうずくまってしまう。それを見て葛は「だから言ったのに」の表情になってたが時すでに遅し。まあぶっちゃけこうなる未来は簡単に予想できたし、そのリスクも承知の上だったので特に文句も言わないが。
「で? いま一度だけ心優しいボクは聞いてあげる。遺言は?」
「うーん。……俺、痛いのはいやあばらっしゅ!?」
──狙われたのは、顔面でした。
*
手加減がうまいのかなんかのかはよく知らないが、顔面には痛みこそ走ったが鼻血とかは出ることがなく、今は氷を使って冷やしている。氷も布に入れてるわけじゃなく、葛の掌でだ。すっごい冷たい。手袋越しじゃなくて素手な分、更に。
「はぁ。別に言ってくれれば普通に通したよ。ボクが起こったのは何で本人に秘密にして勝手に部屋に侵入したか、その一点のみだ。で、なんで?」
「いやぁ、そうやって入るって事前に言ったらあーんなものやこーんなものを隠されちゃうかなって」
「前に未成年であることは厳守して成人向けは見たことがないって言ってたやつのセリフとは到底思えないね」
「なんで葛に暴露するみたいに言うの!? 俺の曹宇思秋期事情をちょっとは隠してよ!!」
なんてこった。まさかのクラスメイトに知られてしまうとは。マジかよ。葛もどっか気まずいのかちょっと横向いてるし。
やめてよ、その優しさが逆に俺を傷つけるよ!!
「それで、見たいもんは見れた?」
「んー、まあ。麗ってこう、司法系の進路目指してるの?」
「進路っていう繊細な問題をよくも聞いてくれたね。……昔、ボクのことを助けてくれた人が警察だったから、それに憧れてるだけだよ」
「立派じゃねえか。昔っから憧れてた仕事を目指す、その姿勢には俺は感服だな。成り行きまかせの俺とは全然違う……」
「それを言われるとまだ何にも決まってない俺がやばく感じてくるなぁ。いや、来年までにはいろいろと考えなきゃって思ってはいるんだよ? ほら、大学だってあるし。進路って問題は早急に対処しなきゃいけない問題だ」
学生においての大敵は確かにテストやらなんやらだが、将来の不安というのは往々にしてぬぐい切れない。この問題は一生付き合うとわかっていても、人生において大事な選択というのはほとんどが十代のうちに決まる。つまりは、今だ。
麗は警察官に、葛は旅館の若旦那に。友人二人がとっくに進路を決めてその道のために努力しているのに俺ときたら……俺も、何か具体的な目標が人生にできたら、変われるのだろうか。
「目標で人は変わらないでしょ。人は目標を目指す過程で変わるもんなんだからさ」
「……そりゃ、そうか。あれだね、環境が人を変えるのか的な問題になっちゃう」
個人的には人というのは生まれ持った性があり、たとえ環境が変わろうと生まれ持っての「魂」のようなものは変わらないと思ってる。ようは、環境で人は変われない派だ。
「なんだか難しい話をしてるな。んじゃ、蒼。贖罪を込めてもっと仕事するぞ」
「うへぇ。葛って妙に”仕事”って単語が出てくるとテンション上がるよね」
「使命感的な奴があると燃えるタイプなんだよ」
やる気いっぱいの葛の手には家庭でよく使われる窓専用の洗剤が握られており、もう片方の手にはダスターを持っている。和風豪邸といってもガラスが使われている場所は使われているし、一部西洋建築な部屋もあった。そこらへんは木の年季的に増築したのだと予想できる。
「んじゃさっさと仕事に戻った戻った! ……気になるんだったら別に今日はボクの部屋で寝てもいいからさ」
「え、マジで? んじゃお言葉に甘えてそうさせてもらうね!」
「おお。ありがとうな」
「ん……」
そう言いつつどこか照れてるっぽいな、麗。
「いいから! さっさと! でて! 行って!!」
「わぁっ!?」
背中を思いっきりどつかれる形で俺と葛は部屋からたたき出された。うん、地味に痛いな、これ……
「なんで俺まで……」
「まあ俺を止めきれなかった時点で共犯者ってことだよ」
「巻き込まれすぎるわ……」
ここで止めきれず、言い切れない時点でやっぱり葛はお人好しといえよう。いや、この場合は妖怪好し? こういう些細な違いもちゃんと気を付けて言い換えないと普通にばれる可能性あるよな……でもだからといってこれが習慣になってしまったらいざ人間の世界に戻った時にやらかしかねない。やっぱりどう考えてもこの政策は高校生一人に背負わせていいものじゃない気がする。
……そういえば、この「交換学生」って人間と妖怪の高校生をそれぞれ入れ替えるって話だよな? じゃあ、俺と同じような立場の、逆に妖怪の高校生がいるってことか……?
「……」
「どうかしたか? すっごい難しい顔して考え込んで」
「え? あ、いや。……夏休みの宿題、残りどうしよっかなって」
「ああ。うちでやったのもゆうて一教科だしな。今日の夜にでも麗に教えてもらうか」
「そうしよっか」
麗は本当に成績が高く、確かクラスでも学級委員長である影池さんとトップ争いをしているぐらいだ。教科によっては桜だったり駿君だったりが食い込んだりしてる。俺は赤点を回避するために頑張ってるので、まあその争いに食い込むことはまずない。
「俺はどっちかっていうと大体が平均点よりちょっと高いぐらいだからな。やっぱり麗には敵わねえよ」
「お? お? 平均点さえもぎりぎりの俺に対しての嫌味か? ああん?」
「なんでそんなに攻撃的なんだよ……お前の成績の悪さは自分自身の勉強不足で、自業自得だろ?」
「言葉だって人を殺すんだぞ……! 発言には十分に気をつけろよ……!」
本気で勉強できれば誰だって確かに高得点はとれるんだろう。でもその「本気で」をするには色々と求められるのだ。忍耐力だったり、集中力だったり。その色々の条件を達成できた者のみが高得点をとれるのだ。で、俺はその色々を達成できていない。から、普通に成績が悪い。以上。
「ま、二学期がんばれよ」
「ううう、これ以上は頑張りたくないよぉ……」




