七十三話 和風の大豪邸
「──ありがとうございました。色々と、お世話になっちゃって」
「いいんだよ、全然。むしろこっちも助かってるからね。また来年、来てくれたら嬉しいな」
そう言って笑顔で送り出してくれたのは葛のお父さんだった。葛のお母さんと氷花さんは朝から仕事……仕込みがあるらしく、忙しい合間をぬって俺達の相手をしてくれたことに対して感謝しかない。本当に、色々と迷惑をかけてしまった気がする。
「相手が言ってることをまずは信じて、そっから色々と気をつけて行動するって生き方にしたら? 気にしないのは駄目だけど、気にし過ぎも良くないよ」
「うん、わかってはいるんだけどね……」
こればっかりは性格の問題の気もする。俺という人間の性とさえも言えよう。
まあ、そんなこんなでこがらし亭で過ごす二泊三日の宿泊は終わり、次なる場所に向かうことになるのだ。駅までは葛のお父さんがまた送ってくれるらしい。
「ああ、そうだ。──これを」
そう言って渡してくれたのは、こがらし亭の従業員服──に、よく似た和服だった。
「流石に従業員のやつは駄目だからその似たものだけど、よかったらぜひ持って帰ってくれ。旅先で荷物になってしまうかもしれないけどね」
「そんな……ありがとうございます!」
思い出の品的で、やっぱり嬉しい。最近は夏祭りにもいかないからかサイズがもう小さいので我が家に俺の和服は一着もない状態だ。シンプルに嬉しいな……なんか手触りもいいし……
「──それじゃあ送ってくから車に乗ってね」
──そうして、紆余曲折ありつつの北海道旅行は終わりを迎えることになったのだった。
*
名残惜しくも新幹線に乗りそのまま東北へと移動する。更にそこから公共交通機関、徒歩、公共交通機関、徒歩それらほ幾度と繰り返して数時間は経っただろう。スーツケースを持っての移動で少し大変だったが、どうにかこうにか先日の筋肉痛が響かない内に到着することができた。
……できた、が。
「──マジで?」
驚きの声がすっと喉を通って飛び出た。いや、きっとこの家を百人に見せたらその内の過半数は同じ反応になってくれるはずだ。俺はそう信じている。
「なんで地味に自身がないの。もっと確固たる自信を持ってよ。……でもそんなにマジマジと見られると少し照れるな……別に我が家って言って良いかも怪しいんだけど」
「え? ……まあ、いや、想像の斜め……いや、直角上の上だったからさ……」
──眼の前にある和風の大豪邸を前に、俺の喉からは情けない言葉しか出なかった。
「……お金もち?」
「ボクじゃないよ、同居妖」
「どう……ああ」
同居人をそう呼んでるのか……っていうか、だったら家族ということか? お父さんとか、お母さんとか。
「……保護者、なのか?」
「いんや。確かに書類上や戸籍上はそうだけど……まだ互いをそう認識できてはいないよ」
「そう、か」
葛がどうやらなにか麗と話しているようだった。互いに、どこか真剣で……なんというか、空気がピリついている。
そんな中で俺がかろうじて聞き取れた内容は「保護者」「戸籍上」「そうか」の三言ぐらい。なんなら最後の言葉はあんまり意味がないだろう。にしても、麗の親族となると一体どんな見た目なんだろう。少なくとも『さとり』だよな。
「ああ、別にボクと血がつながってないよ。だから、あくまで書類上の保護者って感じだ」
「……え!?」
明かされた、衝撃の事実。その事実を受け止めようとなんとか思考して……かれこれ五秒くらいは固まっていた気もする。
「……まあ、別にそういうのはあるんだろうな、『種族持ち』だし」
「そそ。葛もなんとなく察してくれて嬉しいよ。蒼は落第ね」
「エッ!?」
唐突な落第宣言。いや、今までの会話で察せていなかった俺の方だって悪いかもしれない……個人的に俺はあんまり冊子が良くないと自認してるからなぁ。謎解きとか引っ掛け問題とか、ヒント三まででてようやく答えに気づくタイプ。
「ぐぐぐ、まさか、立入禁止とかじゃ……!?」
「流石にそんなことしないよ。蒼なら大丈夫だろうけど未成年を野宿させるのは忍びないからね」
「何を基準に大丈夫だって思ったの!?」
今どきの男子高校生に野宿を迫らないでほしい。俺は別にインドアってわけでもないんだから。
「ま、いいよ。入って入って〜」
そう言いながら麗は家の門を開く。その門もまあでかくて、本当にしっかりした建物だ。中には立派な庭があり、丁寧に掃除されてることがわかる。建物はどこか年季を感じさせるもので、木に深みのようなものが出ていた。
そして麗はその家の玄関に近づき、鍵を開ける。
「さ、入って。客室ならあるから、そこで大丈夫?」
「よ、よろしくお願いします……」
「なんか……俺の場合は旅館で他にも妖怪がいるが……それでも個人でこの豪邸ってのはすごいな」
たしかに、葛の旅館もかなりの敷地面積があったが、それは旅館という経営をしているからだろう。そして、この豪邸はそんな旅館よりも数倍を大きいように見える。これを個人で、と考えると色々と勘ぐってしまったりなかったり。
「なんだっけ。……確か祖母の家だとかなんだとか。こんなバカ広い家、掃除するだけでも大変だってのに……暇なのかな。ま、上がって上がって」
「──家主の許可なく、か? ずいぶんとまぁ、偉くなったなぁ、麗」
「え?」
家の奥。玄関の一番近くにある部屋から、そんな声が聞こえた。とても低い、男の人の声だった。
「──師範」
そういった麗の表情は、どこか呆れていたのだった。




