七十二話 労働の一日
旅館とはサービス業であり、人を相手にすることは大自然を相手にするのと同等の難しさを感じる。まあ第一次産業も第二次産業も第三次産業も、難しさやらではどこが一番だとかないという話なのだろう。
「よい、しょ」
今は俺は客が使い終わった浴衣を洗濯機にぶち込む、という仕事をしている。麗は外で掃除をしてるらしい。まあ、確かにあんな美人は外で働いていたらこの旅館に入りたくもなるかも。
なんてことを考えながら服を数個ある洗濯機にそれぞれ入れていく。浴衣は薄いが、それでも何十着もあればそれなりの重量で、少しばっかし腰が痛くなる。
「お、大丈夫か?」
「んー、まあね。葛は何してるの?」
「俺は部屋の後片付け。掃除したりお菓子やらなんやらを補完したりってな。あとで手伝ってくれるか?」
「わかったよ」
葛の仕事はこの前の仕事ですれ違った時にとんでもないスピードで行っていて、俺じゃあ絶対に届かない領域であると感じられた。年月の力だろう、これは。若旦那……というか生まれたのが旅館の跡継ぎなので素人なんかより全然仕事が早いのは当然なのかもしれない。
「俺もちょっとは役に立ててるかな……」
素人だ。そういったアルバイトとかはやってきてないし、できることはちょっと家事ができるくらい。こういった実際のお仕事としては何もやったことがなく、役に立てているのか怪しい。
そんな不安が胸を占めていった。
「──おや、蒼君、だったかな」
「……あ! 葛のお父さん」
ガラ、と音を立てて洗濯機のあるランドリーエリアに一人の人物が入ってきた。俺の着ている従業員用の和服とは色が違い、背丈のある人物。駅に俺達三人を迎えに来てくれた人物──葛のお父さんだった。
このこがらし亭の旦那として経営を行っている、確か厳格な人だと、葛は言っていた。
「ありがとうございます。その、泊めてもらって」
「いいんだよ。こうして手伝っても貰っちゃってるからね。それに、葛の友達だ。僕としてはぜひとも歓迎したい」
葛が大きくなったらこんな感じなんだろうなぁ、とそんな顔に柔らかい笑みを浮かべている。その声には……どこか、感謝の気持ちが混じっているようにも思えた。
「いやぁ、でも葛にお友達かぁ……ここだけの話しになるけどね、葛はあまり昔は妖怪付き合いが好きな子じゃなかったんだ。だからこうして家に呼ぶお友達なんていなくて……これ、葛には内緒にしてくれ」
口に人差し指を当てながら、葛のお父さんは優しい笑みから悪戯っぽい笑みを浮かべた。
あの葛が人付き合いが苦手だというのは、少し意外だった。優しいし、そもそも第一に顔がいい。望まずとも周りに誰かが寄ってくるだろうに。
高校に入学して半年……もいかないが、他クラスの女子に呼び出されたり囲まれたりしてる葛をたまに見かけたりする。さすがにまだ告白をされたことはないようだが、時間の問題と言えよう。
だからか、前に麗が愚痴を零していたな。彼女なのかと詰め寄られただとかなんとか。まあ、見た目は男女のどちらかと言うと美少女に近いからだろう。
「……葛の周りには人……妖怪がたくさんいます。だから、大丈夫だって、俺は思いますよ」
「……蒼君」
「あっ! な、なんて、こんなたかが十五の子供に言われたってアレだと思いますが!」
調子に乗って語ってしまった。相手は両親で、葛のことをこの世界の誰よりもよく見てきた人たちだってのに……であって半年もないヤツが何を言ってるんだ。
そうして何言われるかわかんないので下を向いていると、小さく吹き出した声が聞こえた。
「……ふふっ。ありがとう、蒼君。そんなに息子を見てくれて……なら大丈夫、安心だ」
「……え」
「誰かのために声を上げられる。うん、葛はいい友人を持ったね。僕も見習いたい心構えだ」
──そっくりだなぁ、って、場違いにも思った。笑った顔が、とても葛に似ている。
とても嬉しいことを言われた。葛のお父さんに、葛の「いい友人」だと、そう言われた。──本当に、心の底から、嬉しかった。
誰かの友人であれることが、それ自体が嬉しいんだ。それを認められたことが、嬉しいんだ。
「……あのっ! 俺、これからも、その……至らない点ばっかで、足手まといで、邪魔かもしれない……でも! 葛の、友達でいれたって、思います!」
「……まるで『娘をください』と懇願するような言葉だけど──息子を、お願いね」
──信頼されてる、のだろうか、つまりは。
友人のお父さんに信頼される……けっこう嬉しいな。なんというか、人間性が保証された気分だ。
「第一に思うことがそれ? 蒼ってどことなく価値観が変だよね」
「独特、個性的、我が道を行く……そういったきれいな言葉その棘を包んでほしかったな」
べ、と舌をだしながら罵倒してきたのは麗だった。和服をまとい、手にはお盆とその上にはお皿に乗っかっている和菓子があった。どうやら、運んでいる最中らしい。
「なんか着実に北原家の好感度を稼いでるようだけど……きちんと宿泊の対価は稼げているのかな?」
「好感度って……人聞きが悪いな。乙女ゲームじゃないんだから。それに、ちゃんと言われたことはやってるしそれ相応に働いてるよ」
「言われる前に働く……それができてこそ一人前だよ」
「なんで旅館の従業員の一人前になるんだよ。俺の進路は別にこがらし亭の従業員じゃないよ」
別に一人前にならなくたって、今日一日だけ人一人の労働力として働ければ良いのだ。というか、そういう部分で麗はどことなく体育会系だ。なんというか、とことん最後までやりきりたいっていう性格なんだろう。
「それで? 氷花さん、お父さんと順番に口説きまわってるの?」
「そんなんじゃないよ。それに、口説く口説かれるの話だったらまず俺が口説かれてるかな」
口説かれる、よりも絆されうるのほうが表現として近いかもしれないが。葛の人間性……ではなく妖怪性に絆されたからこそあんな言葉が俺の口から出たのだ。
──俺も変わり始めている、ということなのかな。俺も、誰かを信じたり、……友達だって、言い切れたりするようになったのか。
「……昔の蒼って──」
「あ、二人ともここにいたの! ごめんね、まだ頼みたいことが合ってさ〜」
「氷花さん。頼みたいことって?」
「仕事でね、部屋のお掃除! 従業員の一人が担当してるんだけど、腰を痛めちゃったらしくてね。指示はだしてくれるから手となり足となり腰となり働いてほしいの!」
「わかりました。んじゃ、行こう、麗」
「わかりましたー」
──こうして、こがらし亭での労働の一日はまだまだ終りが見えないのだった。
*
「──疲れたぁ!」
ドサッと体を思いっきり布団に預ける。従業員の服である和服は後で洗濯に出すように言われ、今のでシワができてしまっただろうからアイロンがあればしておかないと。
けど、とにかく疲れた。一応は陸上部に所属していていてジョギングとかをしてるので体力が決してないわけではないが、今日は普段は動かさない筋肉を多く動かしたりしたので疲労が洒落にならないレベルで溜まっている。
「おつかれさま、蒼。手伝ってくれてありがとうな」
「んぅ……これが毎日?」
「むしろ今日は少ない方だな。でも手伝ってくれてほんとにサンキュ。母さんも良い働きっぷりだって褒めてたぞ」
「まはほへらへていはなひぶんひなはないほね」
まあ褒められて嫌な気分にはならないよね、と多分麗は言っている。なんでも手伝ってくれたご褒美的なアレとしてこの間麗が食べていた京都の和菓子をさらに三セットくらい貰ったんだとかなんとか。好きなんだなぁ、そのお菓子。
「俺も初めてのアルバイトみたいなもんだったし、いい経験になったよ。旅館で働くって本当に大変だね」
舐めてかかる、なんてことは絶対にしていなかったと断言できる。けども想像していたよりもずっと多い仕事量だったのだ。明日はおそらく筋肉痛であろう、なんて思う。そんなことを考えながら体の痛む場所を揉んでいく。
「ほい」
「ありがと」
葛から緑茶を貰った。個人的には麦茶派なんだよなー、んー、まあ飲むか……美味しいな!
「いい茶葉使ってるね……」
「お、わかるか。母さんが淹れてけって言ってくれたやつ。結構いい茶葉だったはずだ」
「ありがたやありがたや」
ご厚意で良い茶葉をだしてもらってもう頭が上がらない。というかこの旅館にリピしたい。来年また来ようかな……でもクラスメイトが泊まりに来るって葛的にはどんな心情なんだろう。どうしよう、シンプルに迷惑だって思われてたら。
……まあ深く考えすぎてもあれか。来年のことはまた来年考えればいい。
「──じゃあ明日は午前には駅でいいんだよね?」
「ああ。そっから東北新幹線だ」
次に向かうのは麗の家。東北で、田舎だと本人はいっていた。それと、確か二人暮らしだと。お父さんか、お母さんが一緒ということだろうか。どっちにしろ、人様の家庭環境に対して口を突っ込むのは最低か。
「……正しくは、」
「? どうかした」
「いや。……はあ、嫌になるよ自分の女々しさが」
「えぇ……麗が女々しい性格だったらじん……妖怪全員が女々しいじゃない」
「どういう意味だか今一度丁寧に説明してもらおうか頭を下げろ」
「ごめんって!」
麗ってやっぱりどっか厳しいよね!!




