六十八話 氷を素手で
どこか季節感のおかしな雪合戦を終えてふと麗の方を見ると……立派な雪だるまとカマクラが作られていた。
雪だるまは綺麗に整えられた雪の球体が大中小とあり、枝や石、葉っぱで装飾されていて誰がどう見ても雪だるまであった。
カマクラの方もクオリティが半端なく、それぞれ均等な雪で作られたレンガがびっしりと隙間なく埋まっていて、本当にレンガ製の家かなんかだと疑ってしまうほどに丁寧に制作されていた。
「凝り性だなぁ、お前」
「こういうところで妥協したくないんだよねー」
「でも凄いね……麗って本当に器用だ」
「よく言われる」
カマクラの中には小さな机と三つの椅子があった。椅子、背もたれがあるやつじゃなくて丸いソファに近いものだった。
少し濡れてしまうか気になるが腰をかける。男子高校生一人が乗っかってもこの椅子は崩れる素振りを見せない、かなり頑丈だ。というかもはや麗はそういった専門職に就いたほうが良いんじゃないか? 普通にプロ級の気もする。
「プロはもっと凄いよ。ボクはね、大体なんでもできる……いわばオールラウンダーを目指してるんだ。一つ一つの分野はたとえ極めている専門家に勝らずとも、それでも多岐にわたる技術を取得している……そんな妖怪にね。まあ、だからこういった技術もその内だよ」
「へぇ」
明確な目標があるのはなんというか、羨ましい。麗という人物はまだ浅い付き合いである俺でも努力家であることがわかるし、何かに対して妥協するということはあまり、というかほとんでしてこなかったのではなかろうか。それこそ俺の印象にはなってしまうが。
「──こうして夏なのに雪が降ってて、そんな中で暖を取るためのカマクラにいるってなるとちょっとおもしろいよな」
「矛盾っぽいよね。でもこれはこれで……」
今は季節的には夏なので餅は特に焼かないが……っていうかサラッとこうしてカマクラで寛いでるが、俺がこうして鎌倉に入ったのは何気に人生で初めてだ。まあ、前々からだがやっぱり東京住みはあまり雪に触れ合う機会がないので。
初めてはいったカマクラがまさかの真夏であるというちょっとした矛盾ではあるけど、それでもこうして雪の中に入るのは特別感が湧く。雪で作られた建物、面白い。
「これって全部葛の『固有術』で作ったんだよね? どうやって消すの?」
「出してから三十分くらいまでなら消せるが……あとは自然消滅だな。だからこうやって私有地でしか好き勝手はしない」
「そう」
この雪も三十分くらいしたら定義的には自然の雪ってことになるんだろうか。そうなると、こういった『術』は一体どういったカテゴリになるのか興味が湧く。けど、科学的とかそういう人間的にはどうなるんだろうか。
「──にしても、遊んだねー。このあと、どうする? 後片付け?」
「消せるのは俺で消すが……駄目だったら雪かきだな」
「夏に雪かきって……まあ多少はやっとかないと駄目だよね。スコップってある?」
「ん? ああ」
そう言うと葛は手をスッと、差し出して──氷のスコップを作り出した。
「……え、っと?」
「? はい」
「……俺の手が凍死するね」
「……この程度で?」
「どの程度!? だって氷だよ!? 秒単位で触れるものなんだよ氷って!!」
この男は一体何を言っているのだろうか。いや、確かに妖怪と人間じゃこう、文化的な違いだとか、そういった多様性的なアレが違うのかもしれない。
──けど! だけども! だからといって! 流石に氷を素手で、なんならスコップとして利用して雪かきをする、というのは無理だろう!
「……え、っとね。俺、手、普通。氷耐性、無い。オーケー?」
「接続詞を雪合戦で落としたkじゃ……? ああ。大丈夫だ、そこまでは理解してる」
「だから普通のスコップが欲しいなーって……」
「……?」
「なんでそこで止まるの!? 頭いいだろ、お前!」
急に理解力が幼稚園生に! なんでそんな「え……? 何がいけないの……?」みたいな表情でこっちを見つめるの!? 逆にこっちが罪悪感を覚え始めてるよ! これが作戦なのか!?
「いや、なんでちょっと押されかけてんの。葛、あのね、もしかしたら北原家ではこれが普通なのかもしれないけど、残念だけど普通の妖怪ってのは氷を素手で持ち続けることなんてできないの。だから別の用意してよ。もしくは雪かきを諦める」
「…………俺が十五年間信じてたものは一体……?」
「いや、ボクが知るわけ無いじゃん」
葛は一体この十五年間何を信じていたのか。もはやそんなことはどうだっていい。まず一番に考えるべきは──
「……スコップ、どうしよう」
*
アオイ ハ ヒノジュツ ヲ エトクシタ!
「とは言っても基礎中の基礎ですが」
「応用というのは全てにおいて基礎を固めておいて初めて入れる領域さ。何事もまずはチャレンジ、できてから達人というのは生まれる」
「天才ってのはこう、あれだ。初めてやってドカーンと……この山ぐらいなら灰にできちゃうんじゃないの?」
「……嫌な話をするね。あまりそういった話は控えたほうが良いよ」
「? なんで?」
麗と軽口を叩き合っているつもりだったが、ふと表情が暗くなっていた。どちらかというと、触ってはいけないものに触った気分だ。
「──。火、にかんしては裏界ではとある伝説があってね。それは憧れの象徴なんかじゃない……むしろ忌むべきモノなんだ」
「それが今の話に関係あるの?」
「ある、というよりかは想起させるという表現のほうが正しいだろうね。──火の、化物がいるんだ」
──曰く、それは炎そのものであったと。
──曰く、降り立つ全てを燃やし尽くしたと。
──曰く、それが過ぎ去った場所には何も残らないと。
──曰く、それはこの世に生まれし始祖の炎である。
「──『不死鳥』と、そう呼ばれる妖怪がいるんだ。その妖怪は、もはや禁忌のような存在であるけどね。……あまり表立って話す話じゃない、って、言いたいけど聞きたいんだね?」
「ここまで来て焦らされたらたまったもんじゃないよ」
「はぁ……まあ、簡単に言えば大昔なんだけど、国をいくつもの滅ぼしたって話だよ。文字通り、灰すら残さずにね」
「……凄い、話だね」
「だからこそ、あまり表立ってする、好まれない話なんだよ。はい、これでおしまい! それで蒼も初歩中の初歩でなんなら札を使った補助付きであるけど、それでも火の『術』が使えるようになったね」
パンッ、と手を叩いて話を戻す麗。
そう、当初の話は俺が火の『術』を取得した話であった。と入っても緋山さんほどの爆発ー、といった火ではなく、言うならマッチ一本分の炎を数秒間発現できるぐらいだ。
「それでもこうやって炎の『術』ってなるとファンタジー染みてきたよね。なんだか、『拘束術』も『結界術』もだいぶファンタジーだったんだけど、こう、炎ってなるとまたジャンルが違くない? すっごいファンタジー」
「まあ言いたいことはわかるよ。炎っていうものをこうして札から出すのは非現実的すぎるよね。『結界術』だとか『拘束術』はむしろ現実味がなさすぎてある意味受け入れてなかったのかもしれないね」
「そうなるのかなぁ」
小さな火をだして葛が作った氷塊を崩してく。その間に麗は札から取り出した日本刀に更に風を纏わせて一気に積もった雪を薙ぎ払っている。『術』の並行発動は俺も試したことあるけど本当に難しい。言うならば右手と左手でそれぞれ別のことをするようなものだ。得意な『術』が利き手で、もう一つ発動している方がもう片方の手みたいな感じに。
こうして麗と一緒にいると、麗の底が全く見えない。模擬戦をした桜が言うには、麗は身体強化系の『術』を常時発動しているんだとか。努力家だよなぁ。
「……凝り性な、だけだよ」
「照れてる〜、あいたっ!」
なんとなく若干頬が赤らんだので照れていないかと思った。なんだこいつ、暴力系ヒロイン……どっちかっていうとツンデレ? 今どきは暴力はやらないぞ。
「ボクをヒロインだなんて、いい度胸してるんじゃない? 悪いけど、福利厚生が充実してないとボクは役に甘えないよ」
「ヒロインの福利厚生って何?」
今どきはヒーローもヒロインも福利厚生がなかったらならないのだろうか。なんだろう、立ち向かう運命の過酷さだとか、初期リスポーン地点だとかそういう所だろうか。まあ、俺の場合は結構恵まれている方だと思う。
「異世界ものって、普通に考えて現実世界じゃ失踪扱いなの結構ひどいよね」
「もしくは死亡……確かに家族とかはどうするんだろってのは一度は考えるけど」
「でも、俺としてはまさか異世界が地続きなのは予想外だったなぁ」
「……裏界って異世界判定なの?」
そもそも論だったら俺がその交換学生ってのに選ばれなければという話になる。まあ、選ばれた先の幸せ、選ばれた先の不幸せがあるからなんとも言えないのか。
「──なんの話してんだ?」
「ん? あー、えー、俺の家の話だよ。ほら、麗の家族構成はちょっとわかんないけど、俺の家には妹がいるからさ、その話だよ」
「へぇ、蒼って妹いんのか。まあ、何だ、女兄弟がいるって大変だろ」
「……うん」
色々と。確かに俺は妹が好きだが、それは今までを振り返ってひっくるめて全てが隙というわけではない。きちんと分別している。嫌なとこだってあった。……あんな表情をする葛ほどではないが。
「兄弟にだっていろんな形があるってことでしょ。ボクにはいないけど」
「そういえば、麗ってじゃあ三人家族なの?」
「……いや、二人暮らしだよ」
「……へぇ」
やばいな、ちょっと言葉を間違えたかもしれない。複雑なご家庭なのだろうか……わざわざ、家族とは、言わないあたり。
妖怪ってなるとそういった事情も人間とはやはり異なるのかも。こうやって葛のように人間と同じ家族構成のほうが少ない……?
「……それこそ『種族』によるとしか言えないね。逆に『種族』がなければ人間とほぼ同じで考えていいよ」
「なるほど……」
──なんというか、あまり雪かきするときにする話じゃなかったかもしれないな。
なんて、そう思いながら札から火をつけた。




