六十七話 真夏の雪合戦
──綺麗な場所だった。木々が生い茂っていて、花もあって、ちょっと下を見てみたらキノコとかもあったりして。
「おおお、絶景だね」
山の頂上まで登るのにかかった時間はおおよそ二十分程度だっただろうか。その間に小さな野生動物とあったりしたが、触るなと前もって強めに葛と麗に言われていたので遠目から見ているだけだった。りすとかいた。ちっちゃかった。
「んー、やっぱり空気が綺麗だねー」
山というとこの間の裏山からの『怪異』事件を嫌でも想起させるが、それでも山自体に罪なんてない。ただ、また神社に飛ばされたり化物と対峙したり自分自身が化物みたいになるかもしれない可能性を俺は知ってしまっただけなのだ。
……下手しなくとも、もしかしたら俺は一生分のトラウマをあそこで負った可能背があったのか。三人がどうかも心配だけど、ひとまずは大丈夫だと思いたい。
「あ、山菜。これ美味しいんだよな」
「わかるかも」
「俺の知らない共通の話題で話を盛り上げないで……!」
葛はまだしも、なんで麗がこんなに山に対して知識に富んでるのかわかんない! お前、やっぱり山生まれ山育ちだろ!
「都会生まれ田舎育ちだよ。近くに山はあったけど……一番は図鑑とか書物を見るのが昔から好きだったからだろうね。だからちょっとは山についてわかるよ」
前々から知識豊富なやつだとは思っていたが、その知識がこういった分野にまで及ぶとは予想外だ。よし、今度からは歩く百科辞書というあだ名を定着させていこう。
「は?」
「どうしたんだ麗? すっごい蒼のこと睨んで」
「勝手にあだ名をつけないで」
「ど、どうしたんだ二人とも!?」
「ごめんって麗! ごめっ、あやまるから! 謝るから叩かないで!!」
平手で頭を叩かないで! 結構痛い! 地味にとかじゃなくて普通に痛い! お前、出して良い力が高校生よりも全然上なんだよ怪力!
「鬼よりかはないじゃない」
「桜に叩かれたら地面に埋まるんだよ。ごめんってばぁ」
桜のあの怪力で叩かれる……だなんて想像するだけでも恐ろしいが、実際に起ったら釘が打たれるみたいに見事に地面に埋まるんだろうというのは予想できる。なので、俺のこれからのモットーは決して桜を怒らせない、だ。
……これから。夏休み明け、だ。
「なんか辛気臭いぞ、蒼」
「わっ、冷たっ!? ……え、雪!?」
なにかを投げられて、それがとても冷たかったので葛の方を急いで見れば、なんとまあ奇妙な光景が広がっていた。
──雪が、降っていたのだ。
別に豪雪というわけではないが……それでもニ、三センチと確かに積もっている。すぐに空を見上げれば、そこにはただのお天道様があるだけ。狐の嫁入り(雪バージョン)という状態だ。
「……葛の仕業?」
「仕業って、妖怪聞きが悪いな。まあ確かに俺が原因ではあるが。こうやって、夏なのに雪が降ってると、面白いだろ? ってなわけで雪合戦だ!」
「どわっ。ちょ、スタートと同時は卑怯だろ」
「バカやってんねぇ……ボクは雪だるまでも作ってるよ」
雪合戦、というのはやったことがない。簡単に言えば、東京でそこまで積雪することがないからだ。というか雪が降る冬のほうが少ない気もする。だから北海道生まれ育ちの葛に雪合戦で勝てるのか……? いや、無理だろ。
「麗ー! ヘルプー!」
「いや、ボクも東北っつったって雪は雪かきをするぐらいだから雪合戦なんてやんないよ。そりゃ昔は雪に興奮したりしたけど爆速で飽きたし」
「まあ毎年に冬になれば毎日降るんだからそりゃあ飽きるよな。わかる」
どこか遠い目をしながら麗に葛が同意した。
確かに毎年テレビで冬の北海道とか新潟とか見れば飽きるのもなんとなく察される。あんな量が毎年降れば嫌になるだろう。自分の身長よりも積もってる雪だなんて、東京に住んでいる俺にとっちゃ想像もつかない。
そうしてなんやかんやあって俺と葛の雪合戦は始まった。──まさかの、互いに『術』の使用がアリで。
「ふっ!」
吐いた息は凍てついていて、歩いた場所は全てに霜ができ、触れた雪は氷塊になる。そんな相手にどう雪合戦で戦えと。
「っ、ぐ……てやっ!」
ギリッギリのギリギリで交わしつつ負けてられないとばかりに『術』で反撃する。最近は札の使用枚数を制限する特訓のようなものをやっていて、林間学校の時よりは強くなっているはずだ。
一枚の札で簡易的な『結界』を張り防御し、もう一枚の札で鎖を出して葛に巻き付けようと攻撃する。けどもその鎖を葛は氷を使ってうまい具合に自身と同じ頭身の氷像だったり、直前で地面に氷を出すことで高い場所に行ったりとで回避する。
「蒼は確かにボクの目から見てもこういった戦闘の才能はあるけど……それでも葛みたいな『先祖返り』相手にはキツイよ。いわば、相手は生まれた時からその『術』を使いこなしてるわけだから、『固有術』の強さ云々の前に『種族』持ちには基本的に勝てないと思いな」
「生まれが全てだって、そういうことっ!?」
「そうでもないよ。キチンと努力で補える部分は存在する。けどこういった戦いといった場面では才能が勝敗を左右しやすいってことさ」
そりゃあ、俺だって『術』を学び始めて……なんなら存在を知ってから四ヶ月いくかいかないかだ。たかだかそんな三流以下、アマチュアの良いところのヤツに十五年間妖怪やってるやつに勝てるだなんて思わない。
……あれ、さっき麗、俺のこと褒めた? 才能あるって、褒めた?
「……まあ、あるんじゃない? 少なくとも、”生存”に特化してるとボクはそう蒼を評価するよ」
「なんだか悪い気分じゃないね、そう言ってもらえるのって。いやぁ、照れるなぁ。よし、ついでに麗もこのまま参加しな」
「──よそ見!」
「っばしゅなれっと!?」
「せめて日本語でドーゾ」
不意打ちに混乱して思わずどこの言語化もわからない言葉を叫んで床に思いっきり転がる。なんとかそうすることで葛からの雪玉から逃れることができた。
氷で固めたり、といっても当たる直前には解除してくれるのか今のところ優しめの雪玉しか投げられていない。逆にここでマジの氷塊を投げられたら普通に流血事件である。
「よ、っと!」
「鎖、随分と、上手くなったんじゃ、ないか?」
「ありがとねっ!」
人生で鎖に触れた機会だなんて、中学時代の俺だったら両手で事足りるほどの回数だっただろうが、まさかの高校生になってから両手両足じゃ足りないレベルまで触れることになるとは。人生、本当に何が起こるのかわからないものだ。だなんて、浸っている場合ではないか。
迫ってくる氷の矢のようなものに林間学校での『試練』を想起させるものを感じながら、それらを結界にて防いで前進する。
「加減! 手加減を覚えてよ!」
「手加減なんてするかよっ!」
葛は容赦なく俺を叩き潰そうと攻撃の手を決して緩めない。林間学校の時から思ってたが、このクラス、負けず嫌いが多すぎないか!?
「それを蒼が言っちゃう?」
「俺は負けず嫌いなんじゃないの! 勝ったやつに見下されるのが大っ嫌いなの!」
「それを負けず嫌いと言うんだよ。んじゃ、やられな」
「わっ──!?」
一瞬だけ意識がそれた。けどもそれを見逃してくれるほど葛は優しくないようで、正面にやっと目線を戻したらもう目の前に五は雪玉があった。
──動きだけじゃ、避けきれない。
「──『結界術』、やっかいだな!」
「使いこなせてないけどね!」
『結界術』を使って迫ってきた雪玉の内三個を弾いて、そこから更に残り二つを体制を崩して地面に転がることで避けきった。
──けど、この体制こそが、一番の隙だ。
「別に林間学校の時でもなんでもないんだからそんなにマジになんなくたってよくない!? もう疲れてきたよ俺!!」
俺だって決して体力がないだとか運動不足だとか、そういうのはないハズだ。けど、こうやって体を動かして『術』を使って……要は並列で動けるほどまだ『術』に慣れていない。
かれこれこの真夏の雪合戦を始めて十分は経っただろうか。息も絶え絶えで休憩が欲しい。逆になんで葛はこんなに乗り気なんだ。
「俺、こうやって遊ぶの氷花ぐらいしかいなかったからさ! ほらっ、あんまり妖怪いないだろ? この辺。──だから、結構嬉しいんだ!」
「そ、れは、ずるだろ!!」
いや、そんな計算高く言っていないってことはわかってる! けどまるで、それは良心に訴えるみたいで気が引けてきてしまうだろう!
「本当、根はいいやつなんだろうね……」
「隙あり!」
「ぎゃんっ!」
が、顔面セーフ。そう、首より上なら判定はセーフのはずだ。
「んー、アウト」
「厳しい!」
顔についた雪を拭いながら麗の判定に難癖をつける。
雪は冷たいが暑さのお陰でそこまで気にはならない。雪が降ってると言っても別に豪雪ではないし、夏に冬を取り入れた、適切のような感じだ。実際にこうであればまだ夏も冬も楽だったかもしれない。なんてくだらないことを考えて、考えながらやられた。
──こうして、なんやかんやありつつ、真夏の雪合戦は終わった。判定:麗、勝者:葛、敗者:俺こと蒼という結果をもって。




