六十五話 真面目な人
話していて不思議な人だと、そう思った。ほわほわという効果音が似合う喋り方をしている。よく言うと人当たりの良い喋り方。悪く言ってしまうならば、捉えようがない喋り方だ。なんて、初対面の人に対して言い過ぎな印象かもしれないな。
「いやぁ、でも葛がお友達を連れてくるなんて思わなかったなぁ。ね、お父さん」
「ああ、そうだな。どうだい? 葛は学校でどんな様子だい?」
──顔面偏差値の高い家族だなぁ。
見せてもらった写真からふつふつと感じていたが、実際に生で見ると画面越し以上の美しさを感じる。葛のお父さんもお父さんで……なんというか、すごく若く見える。それでどことなく葛の面影を感じる顔立ちだ。
「学校での葛は頼りになる、いい奴ですよ。冷静沈着っていう性格で、優しいし」
「ボクも同意見だなぁ。お人好しだよね」
「……まあ、それなりに上手くやってるよ、俺は。別に心配するようなことは何も起こってない」
どことなく気まずそうに葛は話を切り上げようとするが、助手席に座っているお姉さんがそれを許さない。
「私だって、葛が心配なんだよ? 葛ったら私と一緒じゃなくて一人で上京しちゃうし……お父さんだって心配してるの。うふふ、ありがとうね……えーっと、」
「あ、蒼です。咲崎蒼。咲き誇るの咲きに、山に奇で咲崎。草かんむりに倉で蒼です」
「……頭内麗です」
「蒼君と麗ちゃんね。でも、私も二人と同い年だから敬語なんて良いんだよ?」
なんとなく、雰囲気がそれを許さない。
確かに葛と氷花さんは双子だと、そう何よりも外見が訴えているが、なんというか氷花さんはまるで俺よりも一周りは上みたいなオーラ? を放っているのだ。潜在的に年上に見える……余裕、か?
「それにしても、二人は旅館の手伝いをしてくれるんだよね? うふふ、じゃあ今日から三日間は私の後輩だ」
「二泊三日。三日目は新幹線に乗るから早い段階で出るよ」
「えー、もっと長くいてくれてもいいのよ? 旅行とは言わずに、まる一ヶ月」
「こら、氷花。変なことを言わない。二人にも迷惑がかかるだろう」
「ごめんなさぁい」
……顔面偏差値が高いなぁ。うん、見てるだけで心が穏やかになる。こういったやり取りを見るだけで癒やされた。
「ほんとーに面食いだな、蒼……」
「あはは……っと、確か氷花さんは東北の方の学校に通ってるんでしたっけ」
「そうなの! 私的には葛と一緒が良かったんだけど……でも葛はずっと前から東京に行くって中学の先生にも、お父さんにもお母さんにも言ってたみたいでね。結局私だけ蚊帳の外だよ〜」
しょぼん、と見るからに落ち込む氷花さん。そして葛のお父さんの後ろに座っている葛自身はそれに対して少しだけ気まずそうだ。……避けたんだな。
北原家の姉弟の不仲を直視しながらそんなことを思う。
「そ、そういう氷花はどうなんだよ。確か仙台だろ?」
「楽しいよ〜。生徒数は多分東京よりは少ないけど、でも皆と色々と遊んだりしてる。山と川に囲まれてねー、この間は湖を凍らせてスケートしたの!」
「そうか」
この夏の季節にスケート。すごい……これが雪女ということか。
「そういえば葛ってば前にスケートが得意って言ってたよね」
「ああ、昔っから氷が身近でよく滑ってたからな」
麗が思い出したというように言えば葛はそれに同意する。前々から体幹が良いなとは思っていたが、スケートやってたのか。ジャンプとかスピンとかできるのかな。
「あんまり俺は暑いのが得意じゃなくて氷の上の涼しい空気が好きなんだよ」
「じゃあ夏とかは苦手?」
「冬よりはな。まあ、ちょっと熱中症になりやすいぐらいに思ってくれ」
なんというか、それはそれでまた苦労しそうな体質だ。だから最近の体育の授業とかを嫌そうな顔して受けていたのだろうか。ここ数年はもう五月とかから暑いし、最高気温は毎年更新してるから。
──林間学校で葛の力を見て、本当にすごいと思った。一瞬でありとあらゆるものを凍てつかせ、全てを止める。凍結し、その空間から生気を全く保って感じなくなるとまるで時が止まったと、そう錯覚してしまう。
けど、そんな葛にだって弱点はあるのだ。まあ氷属性が火属性に弱いのはもはや常識みたいなものだろう。
「そんなバトルものの感覚で『術』を見てるの……?」
「だってそうした方がめちゃくちゃわかりやすいんだもん……」
そうやって考えなきゃむしろよく『術』についてわかんなかった。属性……麗の場合は、なんだろうか。分類がしづらいな。かく言う俺もだが。
「──着いたぞ。葛、友達の分の荷物も出してあげなさい」
「わかってますよっと」
駅から出て山を登ること数十分。そうしていると一件の旅館の駐車場に着いた。歴史を感じる建物だが、古びていると言った印象ではなく、きれいに年月を重ねてるように感じた。
「ごめんね」
「いいって。こんくらい」
葛がトランクから3人分のスーツケースを取り出してそのまま玄関に置く。そのまま俺と麗は葛のお父さんに案内されて玄関に行った。
いかにも、日本の旅館といった玄関だった。そして、一人の女性が和服姿で立っている。黒髪で、青色のメッシュがはいった、とても綺麗な女性だった。
「ようこそ、葛のご友人。──私がこがらし亭の女将でございます」
──そう、こがらし亭の女将であり、葛のお母さんは微笑んだのだった。
*
荷物を取り終わった葛に自室に案内されて、そこでしばらく寛ぐことになった。葛の部屋はこの建物自体が和風建築であるからか和室で畳が敷き詰められている。チラっと本棚を見れば図鑑系が多い印象だ。
なんというか、全体的に整頓されていて、とても綺麗な部屋だ。
「俺もいつかはこんな部屋に……!」
「蒼ってなんか物が乱雑な部屋に住んでるイメージだよね。それに、その乱雑な状態で物の定位置を決めちゃって整理したらしたで物の場所がわからなくなるタイプ」
「言葉で人は殺せるんだぞ……! そんな的確に人を刺さなくてもいいだろ……!」
「まあ、俺の部屋なんてあんま面白みないだろ。どうせなら外行くか? 東京と違ってそこまで暑くはないから、多分遊べるだろ」
そう言って葛は部屋の窓を開けて外の空気を取り込む。流れ込んでくる新鮮な空気は、確かに東京よりもずっと涼しかった。やっぱり、北海道と東京を比べれば、そりゃ一年中かけて北海道のほうが涼しいだろう。
それに、ここは少しだけ都市から離れた場所なので自然が多い。そもそもが建物自体、山にある。周りには木だらけだし、近くにある民家や商業施設まで来るまであったとしても十分以上はかかるだろう。
「まあいいんじゃない? ここらへんって異性動物とか生息してるの?」
「いるとしたら狐とか狸とか……リスとかだな。大型動物は聞いたことはない……けど、一応熊よけの鈴は持ってく」
最近はやっぱりそういった事件も多いと、テレビとかネットで見かけるものだ。ここは北海道育ちの男の判断に任せるほうが良いだろう。
そうして一旦荷物をそこそこ広げて葛の部屋から出て廊下に出る。フローリングの廊下はギシ、と一度だけ音を出すが別に劣化などはしていないだろう。
そして玄関付近まで行くと、人影が見えた。和服を着た──氷花さんだった。後ろ姿は、本当にお母さんそっくりだな。一瞬だが、普通に見間違えた。
「あれ? 三人ともどっか行くの?」
「ちょっと山行ってくる。東京の学校にもあるけど、山ってのは場所によって景色が百八十度くらい変わるもんだろ?」
「それもそうねー。じゃあお母さんにも言っておこっか?」
「……いや、いい。何かあったら連絡するから、母さんには──」
「──私には? 私には、何をしないって?」
そう言ってもう一人、この場に増えた。玄関のすぐとなりの部屋で作業していたのか、ひょこっと顔だけ見える。その表情は……険しい?
「母さん!?」
「葛。──あんた、宿題は?」
「い、いいだろ、別に。遊びに帰ってきたんだし」
「駄目だよ。終わらせないなら外出は許しません。──お友だちも一緒だよ」
「え!? 俺等も!?」
「あらま」
流れ弾。飛び火。まさかの俺等も注意されるとは。
葛のお母さんは、女将ってだけあって責任感やらなんやらが強いんだなぁとは思っていたが、まさかここでとは。
「で、でも、宿題は東京に置いてきちゃっててやりたくてもできないっていうか……」
「最近はそういうのもデジタルでできるんだろう? 氷花が言ってたよ。ある程度宿題を終わらせるまでは外出禁止だからね」
「そりゃないってば!」
「うーん、でもお母さんの言うこともごもっともじゃない? っていうか、ボクはもう宿題終わってるからさ」
「「え」」
う、裏切ったな麗! 毎年あらゆる学生を襲っている三十一日の地獄を一緒に見ようって! そして宿題の提出期限が初回授業のやつは後回しにしたりで限界学生しようって! そう約束したじゃない!
「そんな覚え、本当にないんだけど。勝手にボクとの記憶を捏造しないでよ……」
「絶対言ったって!」
「? まあまあ、若者よ、宿題で苦しむが良い!」
「氷花は誰目線なんだよ。同い年だろ」
「うふふ。まあ私も宿題は半分は終わったからねー。こうして毎日お母さんに催促し続けられてさ。葛も早くやっちゃったら?」
「高校の宿題が一日ちょっとで片付くかよ」
そりゃそうだ。色々と宿題が出て、ワーク系だとか、読書感想文だとかもある。やっぱり中学の時よりも宿題は全然増えていて、一日では終わらない量だ。確かに葛のお母さんが言う通りにここで終わらせたら楽ではあろう。
……でも勉強は嫌だ! 早めに終わらせたら楽だなんてことは小学校の時からわかってる! でもできていない! いっときの面倒くささは未来の楽に勝るのだ!
「少しは未来の自分のために努力しようって思わないの?」
「思えたらこんな男に育ってないよね」
「悲しいなぁ」
まあ、ここで俺達三人がどれだけ抗議しようと葛のお母さんは絶対に譲らないだろう。なんとなく、そんなオーラが滲み出ている。厳しめ、というよりかは何事に対しても真面目な人なんだろう。だらけることを許さない、きちんと後先を考えられる人。
「……はぁ、わかったよ。悪い、やっぱちょっと部屋に戻ろうぜ」
「ん、全然大丈夫だよ」
「仕方ない、二人の勉強はボクが見てあげることにしよう。光栄に思って、様付けで呼んで、一生を捧げてくれたって良いよ?」
「夏休みの宿題の対価がデカくない!?」




