六十四話 お姉さん
電車に揺られに揺られ、途中で真逆方面の電車に乗り換えちゃっり、葛と麗がナンパに引っかかったりと紆余曲折あった末になんとか空港に辿り着くことができた。
「…………」
「あ、蒼ー。いい加減機嫌直せって……な? ナンパなんてそんないいもんじゃないし」
「まあ三人いるのにその内の二人にだけ声をかけるあっちもあっちだと思うよー」
ナンパをしてきたのは二十代くらいの男女数名。そこで葛が女性に、麗が男性に声をかけられて……俺はまるで存在が消滅したと錯覚されるほどに誰にも声をかけられることなくポツンと一人でいた。
「世間一般的に見れば蒼だって顔は整ってる部類だと思うよ。……まあ、それ以上が近くにいたら引き立て役になっちゃうだけで」
「うわーん!」
「こら、麗!」
舌を出しながら意地悪な表情をしている麗には今の言葉にきっちりと悪意を込めていたのだろう。今のは俺の度量によっちゃ縁が切れていたぞ……!
……ってか、そもそも麗って男でも女でもないって林間学校のキャンプファイヤーで言ってたじゃんか! なんで男に絡まれて何も言わないんだよ!
改めて麗と葛の今日の格好を見れば、麗は男女どちらとも取れるであろうファッションだ。でもどちらかというと女性っぽい。白い半袖のシャツに緑色の薄めのパーカー、そして水色の短パンに下にタイツを履いている。
そして葛はなんというか、イケメンな男子がとりそうな格好だった。白いシャツに、長袖のジーンズ。両手にはいつものように手袋が嵌められているが、夏だからか通気性が良さそうに見えた。
「……気になるか?」
「まあ、ちょっとだけ」
「外から触るのはいいぞ」
「え、ほんと?」
葛から許可がでたので恐る恐る手袋に触れてみると──超冷たかった。
「つめった!」
「これだけは『術』で常時冷やしてるからな……っていうか、本当だったら素手で俺に触るのだって凍る可能性があるから避けたほうがいい」
「『雪女』ってのは本当に強力なことでよく知られてるからね。今こうして葛に触れた蒼の指先が凍って取れてないことがある種の奇跡だよ」
「そんなレベルなの!?」
確かに夏という季節に似合わないレベルでの冷たさではあった。冷房ガンガンとかじゃなくて、直接ドライアイスに触っているような感触に近いだろう。別にドライアイスに触ったことなんてないが。
「でもこうして『術』の出力を加減すれば──どうだ?」
「……涼しい!」
葛がほんの少しだけ空気を撫でるように手を動かしたら、大雑把に半径一メートルの気温が一気に十度くらい下がったような涼しい空間になった。
最近は気象異常やら地球温暖化やらで夏の気温がどんどん上がっていっているので、今だって俺も大量の汗をかいてハンカチで拭ってる。でもこんな冷気があるなら葛の肌に一つたりとも汗がないのは納得だ。昨今の世の中に最も必要な『術』ではなかろうか。
「あ」
「え? ……!?」
葛が急に驚いたみたいな声を出す──同時に、俺の手が凍った。
……え。
「!? い、った! え、何!?」
「わ、悪い。ちょっとコントロールをミスった。……よし」
凍っていた俺の手を葛が握るように触ると氷は一気に溶けて水になった。
「……葛、その、禁止で」
「…………ごめん」
「そろそろ移動するよー」
若干の気まずい空気の中、空港内を移動していった。
*
飛行機に揺られること大体二時間ちょっと。特に問題も何もなく俺達の乗っていた飛行機は無事に北海道に着陸した。そこから更に公共交通機関を利用して、最寄り駅に葛のお父さんが車で迎えに来てくれるらしい。何から何までだ。
「にしても、手土産ってこれでいいのかな……空港で買ったクッキー」
「まあ東京って文字が書いてあるしいいんじゃない? 流石に北海道在住の方に北海道土産を渡すのもあれでしょ。ボクは一応念の為に東北土産も持ってきたけどさ」
そもそも旅館っていう観光業を経営している人に土産を渡すというのが難易度高くないか。相手はそういうののプロみたいなもんだし。
「母さんも父さんも普通に喜ぶと思うぞ。……まあ母さんは厳しいっていうか、冷静な人だからあんまし表情に出なくてわかりにくいけどな」
息子である葛がそうなら、ひとまずはこの土産でいいのだろう。
葛の部屋に泊まるとはいえ、まさかの旅館の料理が食べられるのは超絶嬉しい。それに温泉もあるんだとか。至りつくせりすぎてちょっと罪悪感まで芽生えそうだ。
「そこは家の手伝いとかしてくれたらいいから」
「でも、俺に接客経験とかないよ?」
「掃除とか洗濯とか、他にも仕事は大量にあるから大丈夫」
今回かかった旅費は飛行機代やらといった移動費だけで、旅館にはご厚意でタダで泊めてくれるんだとか。それは悪いと俺と麗が言ったら「じゃあ旅館の手伝いをしてくれないか」と互いに妥協点を探せた。
でも麗はわからないが俺にバイト経験もないし、プロの仕事をして逆に足を引っ張ってしまわないか心配だ。そんなに俺は要領が良い方ではないし。
「そこら辺は御愛嬌、っていうかわかってると思うよ。誰にだってできる、幼稚園生程度の脳がないやつでも教えたらできるような仕事だよ」
「励ましてくれてありがとう。でもなんで幼稚園生を引き合いに出したの?」
どことなく、というか大部分に悪意を感じながら、そのまま窓の外を見る。
電車で風景が流れていくが、それでも人間の目と脳はきっちりとその風景を認識できる。そうして見た景色はやっぱり東京とは全然違っていて、それなのに一緒に見えたり、不思議な感覚だ。チェーン店の看板を旅行先で見かけたりするとどことなく安心する。
海外旅行なんてしたことないけど、テレビで海外の風景が出てきた時に日本のチェーン店看板が出てきたときの親近感みたいなもんだろうか。創設者でも関係者でもなんでもないくせに。
「っと、次の駅で降りて、そのままちょっと歩いたら車がある。もう父さんは着いたっぽいな」
「待たせるのも悪いね……」
「葛のお父さんってどういう妖怪?」
麗の言葉に違和感を覚えたが……そりゃ、こんな妖怪ばっかの世界で「どんな人?」って聞くわけ無いか。
葛は麗からの質問に少し悩んで、ポツリと言葉を零した。
「……責任感?」
「抽象的だな……」
「まあ、旅館の経営とかやってるし、ちょっと厳しいくらいだよ。でもしっかり優しい」
その言葉だけで、葛が父親をどう思っているのか察することだできた。その言葉に込められた温かみが、優しかったからだろう。
その後は葛のスマホのアルバムにある家族写真やらなんやらを見せてもらったりした。
三分ぐらい経った時に電車は駅について改札を出た。歩いて五分ぐらい、一台の黒いファミリーカーが見えた。
「……そういえばさ」
「ん? どうしたか麗」
「いや、──葛ってお姉さんいるんだよね?」
──絶対零度とは、こういうのだろうか。麗の口から「姉」という単語が出た途端、さっきとは比べ物にならないほどに周囲の温度が急激に凍った。
「つ、葛……?」
恐る恐る葛の顔を除いてみたら、なんというか、ぐちゃぐちゃだった。別に涙とか液体でぐちゃぐちゃなわけじゃなくて……ただ単に、超複雑そうな表情を浮かべていたというだけだ。
怖い、が大部分な気がする。けれどそこにも確かな愛情を感じて……本当に、言葉に表せないほどに感情が混ざり込んでいた。なんというか……ちょっと怖い。
「……お姉さんとなんかあった?」
「ちがう。何もなかった……は嘘だけど、でも、その……ちょっと苦手な、だけだから」
「いやぁ、ごめんね。流石にこれはボクにも予測不可能だったや」
いつもは冷静で、表情を崩すことのない葛がすごい顔してる。それに驚くし、なんというか意外すぎて言葉が出なかった。
とりあえず、元凶を叱ろう。
「ちょっと麗! なんか前に『記憶読めるんだよね笑』って言ってなかった!?」
「笑ってはないよ」
少しだけ葛から距離を取り、問い詰めるように胸ぐらを掴む。喉仏がないくせして、でも胸があるわけでもなくて、骨格的には女の子寄りで、力は下手な成人男性よりある。そんなどっちつかずな体の胸ぐらを掴む。
「急にボクの体をそんなにジロジロと……蒼ってば異種族に興奮するタチなの?」
「お、おおお、お前!!」
「ジョーダン! ジョーダンだから! ぐらぐら揺らさないで!!」
思いっきり胸ぐらを掴んだまま揺らせば観念したみたいに麗はどっからか白い小さめの旗を取り出した。マジでどっから取り出してんだよ、それ。
「いや、言ったよ? 心が読める応用で記憶も読めるって。でもそれって相手の深層心理とか、相当深くに潜らないといけないのね。嫌じゃん、誰も彼もの記憶もわかるとか。意識しないとできないように調整してんの。だから今回はちょっとコミュニケーションを間違えちゃったね。あとでちゃんと謝らなきゃ」
「さとりがコミュニケーションを間違えるって……なんか変なの」
「蒼も蒼でデリカシーに欠けてるなぁ」
心が読めるならそんなこと絶対にしないだろうに。けど、やっぱり人の心だとかは読める程度じゃわからない、簡単なものじゃないってことだろうか。
「そういうことだよ。……葛、ごめんね。あまりにもボクが無神経だった」
「い、や! 俺がわるかった! 急に取り乱して、空気悪くして……本当にごめん! その、簡単に言うならちょっと俺の姉貴は頭がオカシイやつなんだ!」
「いつもとテンション違くない!? 急にお姉さんディスったな!」
無理やり戻そうとしたのか、無理が出ている。
背中をさすれば葛はしばらくはそれに甘受して、少しして手を上げて「もう大丈夫」の意を伝えてくれた。
「本当に……ちょっと頭のおかしなやつなんだ。なんというか、生まれたときからいかれてる。頭のネジが最初っからついてないタイプだ、アイツは」
「へ、へぇ」
あまりにも迫真の勢いでそう言われるのだから少し気圧されてしまった。目力がいつもの数十倍はあったね。こんな言い方をされたらたとえ「一万円を十万円にする方法があるんだが」と言われても信じてしまいそうになるぐらいだった。
「とにかく、というか警戒してほしい。姉貴を見ない・聞かない・話さないで頼む」
「三猿!?」
「本当にヤバそうだね。いるよなー、一定数」
「……まあ、本当に、根っこは優しいやつなんだ。でも、ちょっと普段の会話があれなだけで」
どこかで聞いたことのあるような三拍子にツッコミを入れながら、そのまま三人で車に向かっていく。なんというか、葛は本気で警戒してるっぽいから俺も不用意には接触しないほうがいいのだろう。
……友人のお姉さんに対して「接触」という言葉遣いが正しいとは思わないが。
兎にも角にも、とりあえずは旅館についてからだろう。
「じゃあ俺が助手席に座るから、二人は後ろに──」
「──あ、遅かったねー」
凛とした声が響いた。聞いているだけで、心が涼しく、冷たくなるような声だ。
声の主は、葛のお父さんがいるという車から出てきた。黒い髪を腰まで伸ばし、白い半袖のワンピースに身を包んでいる。とても涼しそうだ。
──とても、葛に似ていると、そう思った。
「はじめまして──葛の姉の、北原氷花と申します」
そう、まるで吸い込まれそうな笑顔で、葛の双子のお姉さんは名乗った。




