九十三話 ほんの僅かな可能性
──宣言だ。
俺は、咲崎蒼は、咲崎蒼という人間は、鬼城院紅葉という鬼に勝つと。その宣言を、俺は鬼城院桜にする。
勝算は限りなくゼロに近くても、それでもゼロじゃないならそのほんの僅かな可能性に賭ける。俺は、そういう男だ。
「作戦的にはやっぱり、あれだね。自爆特攻で爆発する?」
「それ、蒼の場合だったらマジで自爆になるだろ。本当に爆発四散すんだろ。あぶねぇからナシ。それにどうせ効かねぇよ」
実の兄弟からそうお墨付きをいただくとなんともまぁ改めて絶望的だと再認識させられる。うーむ、どう攻略するか。無から有を作り出せるという、どこからともなく不意打ちができるというのが痛い。常に警戒をし続けなければならないのは戦いの最中で致命的だ。警戒をしつつ、けれど攻撃の手を緩めず、というのが大事なのだろう。
「なんか癖とかはある? こう、右側化から攻撃しやすいとか……」
「そうだな……”角”を使うと感情的になるって言ったが、ゆうて兄さんはどっちかっていうと感情的なんだよ。あんまり後先考えてねぇタイプ」
「かなり辛辣な評価がきたな……」
慕っているのであろうがスラっと出てきた感想がそれなりに酷い。まあ、上も下の子とよく見てるし、下も上のことをよく見てるってことだろう。
俺も俺で朱に変に「いっつもキメェな蒼……」とか思われていたら立ち直れない気もする。
「感情的……だったらこう、やっぱり罠にはめるのが一番だよね」
「多分な」
だとしても生半可の、即興で作った罠だったら真正面から砕かれてしまう。どうしようもない、手の施しようのない罠にかけ、そこから一方的に攻撃を浴びせるか封じ込める、が最善の気もする。
俺ができるのは『結界術』と『拘束術』がそれなり。これに関しては普通の妖怪よりも優れていると前に学園長からお墨付きをもらった。それを使って…………いや、桜の力も考えて、だろう。麗だったら俺の考えをすぐに組んで、そっから葛も動いてくれるはず。あの二人ってマジで心強いな。
「ふっふっふのふ。これはもう、現代で大江山の伝説を再現しちゃうしかないよねぇ!」
「伝説って……ああ、あの酒。でもすでに敵対している相手に対して酒を飲ませるって、まず不可能じゃねぇか?」
「酒呑童子が倒されたのは確かに酒だけど、それは普通の酒じゃないでしょ? ──毒だよ」
毒で弱らせ、首をはねる。それがかつての伝説の内容となる。それを桜が知ってるってことは伝説なんかじゃなく、マジで起こった話の可能性があるな。
鬼に対して毒を使う、というのはなかなかにグッドアイデアじゃなかろうか。身体能力が馬鹿げていて、なんなら耐久力もイカれてる。だからそこ、内側から壊す。
「いやー、我ながら名案だね。こりゃあもう勝ったも同然っしょ」
「……毒をどこで入手すんだよ。厨房とか、組み合わせとかわかんねぇぞ」
「ふっふっふ。なにも毒ってのが一概に本物の毒物ってわけじゃないでしょ? ──心を蝕む毒、それを使うのさ」
にやり、といつもよりも数倍も性格が悪い笑みを浮かべた俺に対して、桜はどこか呆れ半分にため息をついたのだった。──でも、そんな俺を見てもやる気だっていうんだから、桜も桜だとは思う。
*
『兄さんは今は……ああ、こっから左に曲がって……そっちにいる』
桜が書いてくれた簡易的な地図を頼りに、電話越しでサクラの指示を仰ぎながら移動する。
別行動を取る、というよりかは挟み撃ちにしよう、という話になった。だから今俺と桜は電話越しで連携を取り、まずはどっちかでもいいので紅葉さんとエンカウントしなければならない。
──今となって思えば、こうして俺が桜の家に押し掛けたのは正しいとまでは言わなくともそこそこいい選択だったのかもしれない、と思う。
そうでもしなければ、もしかすれば桜は紅葉さんの手によって退学させられていたかもしれないし、紅葉さんの立場や権力を思えばたとえ桜が異議を唱えたとて強行できる。……まあ、紅葉さんのブラコン具合を思えばそうはしないだろうけど。どっちかっていうと俺が退学させられるな。
こうして友人に降りかかる危機を、一つでも減らせたのだから性格が最悪な突撃! 友人の晩御飯をした甲斐はあった。晩御飯も食事も何も食べてないが。
「っと、こっちは行き止まりか」
地図を見ながら走る、というのはかなり難しい。やっぱり人間、どっちかに意識が集中してしまうし、並行して物事をするとなると効率が落ちる。
相手に地形の利があるのはかなりまずい状態だと、そう思う。相手は知り尽くしていて、こっちは桜なら自宅であるからこの屋敷について知っているが、俺はちょっとしかわからない。それも地図だより。だから実は罠が張り巡らされていたり、挟み撃ちにしようとするのが、実は作戦で──
「──ぁ?」
──作戦?
ああ、そうだ、たとえばこれが、俺たちは「挟み撃ち」を行うために分かれたが、実は相手からすれば「分断」するために別れさせているんだとすれば、それは──
「っ、──どわぁっ!?」
「──ホント、野生動物みてぇなやつだな、お前」
「お前、だなんて誰のこと指してるんだかわかんないんですけど。ああ、そうか、人の名前すらも覚えられない、自身の記憶陸の低さを露呈させてるんですか?」
「よく回る口だ。二人しかいない状況で、二人称で言われて自分以外だと思えるその脳の無さを棚に上げてんのか?」
咄嗟の攻撃を、ほぼ本能的に出した『結界術』で防ぐ。しかしその結界も簡単に、それこそ紙を割くかのように破られてしまった。
──挟み撃ちがどうしてバレたかはわからないが、今の紅葉さんの計画はわかる。俺を、殺そうとしている。
明確な殺気が籠ったわけではない。それがあったら、俺はもっと早い段階で気づけていた。ただ、変わったのだ、目的が。──殺せるなら、殺してしまってもいい、そんな目的になったのだ。ようは、殺すという選択肢ができてしまった、ということだろう。
「そんなっ、ことしたら、問題に、なりませんか!?」
「そのための権力だろ」
「最悪だこの人!!」
「人じゃねぇ」
そういうのってリアルであるもんなのか。どうなのか。ラノベだとか漫画で、権力でもみ消す、というシーンはかなりの確率であるが実際問題できるのか? ……できるんだろうなぁ、怖。そうやってもみ消された側の人間にならないように生きよう。
「ぐ、ぇ」
紅葉さんの異常なまでの速度の回し蹴りが横腹を少し掠め、潰れたカエルみたいな声をだしながら思いっきり壁に叩きつけられてしまった。
すぐに体制を整えようと立ち上げるも頭を打ってしまったのかふらつき、そこに紅葉さんは一切の警戒をしていない姿勢で近づいてくる。余裕、だし、実際にそうだ。どうせ今の俺じゃ攻撃なんてできない。
……桜には連絡できていない。今、俺がどこにいるかはわかっても紅葉さんとエンカウントしてるだなんて思っていないだろう。一応、三分ごとに連絡して、それが途切れたらすぐに互いが駆け付けるという約束はしているが……紅葉さんとエンカウントしたのは電話をして直後、そしてまだ前の電話から一分もたっていない。最低でもあとこっから二分は一人で持ちこたえる計算をしなくてはならないだろう。いや、普通に無理だな。
「──そうまでして、桜が、大切ですか」
「……あ?」
壁によりかかりながら立とうという俺に対してとどめを刺しに来た紅葉さんに対して、そう問いかけた。──毒を、巡らせていく。
──愛という、毒を。
「……人一人殺して、それをもみ消すだけの労力を考えても、大切ですか」
「────」
「……俺には、理解できませんね。たかだか、血がつながっただけの、他人に……それはもう、それぞれか。でも、なんで紅葉さんが桜をそんなに大切に──」
「──理由が、いるのか? 兄が、弟を想うのに、理由が」
「だったら、なんで桜の願いや思いを曲げてまで自分の意見を通そうと?」
紅葉さんの表情は、よくわからない。これでも、他人の変化には敏い方だと、そう思って生きてきたのだけど……今の紅葉さんの表情は、なんだろう。
俺の問いかけに対して、紅葉さんは何の迷いもなく、答える。
「──たとえ弟が……桜が願ってなくたって、俺は桜に危険な目に合ってほしくない」
「不幸にならないことが幸せだなんて、そんなわけ、ないでしょうに」
「──それでも、だ」
危険な目に合っていない。危ない橋を渡っていない。恨みは全てほかの誰かが──紅葉さんが背負い、桜は誰にも恨まれない。それが、幸せなのだろうか。
危険な目が人を成長させ、危ない橋を渡るからこそ勇気が出て、恨みを向けられてしまうからこそ理解し合おうとする。綺麗事かもしれなくたって、そうやって成長することもできるはずだ。そんな、全てから遠ざけられた先になにがあるというのか。
──そんなエゴに、負けてたまるか。
「──ほんの僅かな可能性でも、俺が紅葉さんに勝つことは、あり得る」
「あり得ねぇよ。そんな可能性ごと、叩き潰してやる」
あーあ。こうして少し離れた距離から、さっき俺の目ぇ潰したみたく攻撃すれば、安全に殺せただろうに。やっぱり桜の兄というか、優しいというか、肝心なところで抜けてるというか……どっちでもいっか。
そう思って、俺は紅葉さんに向かって一つの『術』を発動させた。
「──えい」
「は、っ──!?」
──”角”に向かって、鎖を巻き、リードを引っ張るみたいに思いっきり引き寄せたのだった。
紅葉さんは面白いくらいに引っ張られ、床にこけた。




