九十四話 毒
──鬼にとって”角”ってのは力の源で、一番大事な箇所なんだよ。
──そんな表立った弱点があって……大丈夫なの?
──ああ。第一に力の源で、基本的に触れたら触れた相手の魂が乱れる。弱点を弱点としないから、鬼ってのは強ぇんだよ。
──へぇ。……でも、そっか。じゃあ”角”に触れられることにはもしかして慣れてない?
──え? ああ、まあ、そうだな。
──そっか。……そっかぁ。
──?
*
「──っ!? つ、のを、触るやつが、あるかぁ!!」
「『拘束術』を『結界術』で包み込み、ある種バリアを張って魂への干渉を拒絶するってわけですよ!! 油断! 驕り! 怠慢! ざまーみろ!!」
「てんめっ」
おそらく、生きて生きて一度だって他人に触れられたことがないのだろう。
髪を掴まれ、引っ張られたときになすすべがなくなってしまうように、こうして”角”という頭部についた個所を握られると動きは案外簡単に制されてしまう。
……なんというか。自分よりも絶対に強くて、さっきまで自分を嬲っていた相手をこうも自由にできるというのは────最っ高に気分がいい。
「いい、かげんに、──しろっ!!」
「うわっ!」
いいようにされていることに怒ってるのかなんなのか、紅葉さんは自身の”角”に巻き付いている鎖をつかみ取り、逆に俺のことを引っ張ろうとする。そうなることもほぼほぼ予想通りだったのですぐに『術』を消し、距離を取った。
けれど、これでわかった。──鬼にとって”角”とは最も強大な部分であり、最も脆弱な部分であると。
「だったらそこを重点的に狙うってもんでしょうが!!」
「お前にはプライドだとかねぇのか!?」
「そんなもんがあったらまず真正面から戦ってますよーだ!」
プライドだとか流儀だとか道だとかがあれば、まず挟み撃ちは狙わないだろう。そんな高尚な精神を俺は別に持ってはいないのだ。それに、桜だってゆうて清く正しく美しい奴じゃない。
「あれですね、推しに完璧だとか清純さを求めすぎる人みたいだ、アンタ」
「はぁ? そもそも、その……おし? ってなんだよ。聞いたこともねぇ」
「……本当に現代を生きた人? 今時、そういったジャンルに関わらなくたって知ることになる単語だと思うんだけど」
「るっせぇな! 百三十年も生きてたら最近の流れなんざ終えるかよ!!」
百三十歳なんだ、紅葉さん。いや、端数とかは端折ってるだろうけども。……あれ? じゃあ、あれか。……麗の方が年上!? マジで!? なんであいつってあんなに貫禄がないんだ? ……わざと?
い、いや、今はそんなのはどうだっていいだろう。大事なのは、とにかく紅葉さんをどう相手するかだ。
「ご、ごほん。……ええい、紅葉さん! いい加減にしてくれませんか! まずは俺に謝罪! そしてついでに三人にも謝罪! そっから荷物を返却して、桜への過干渉をやめてください!」
「勝手に仮定の話に突っ込んでくんじゃねぇ、無関係の第三者だろうが」
「確かに俺は無関係の第三者ですが、これでも赤からピンクぐらいの他人にはなってます。それに、あんたの過干渉で俺までピンチに陥るかもしれないんだ。これはあくまでも、俺自身の正当なる権利にも基づいた行動だと思っていただきましょう」
かなり無理がある話だが、俺から紅葉さんへの要求は大方伝えられた。
まずは謝罪。眼球吹っ飛ばしてごめんなさい、ついでに痛いことしてごめんなさい、だ。そっから庭にある荷物の回収、──そして、桜との関係だ。最後に関しては紅葉さんのいうことがもっともで、俺が干渉すべき領域ではないと思う。……でも、時にはまったくもって関係のない誰かが後押しをしなければならないことがあると、俺は知っている。
──無関係で無責任で無配慮一言が、誰かを救うと、俺は知っている。
大事な一歩を踏み出すために、事情を知っている誰かは背を押しづらいものだ。だからこそ、事情を知らない誰かがかけた発破が必要なことだって、あるはずだ。……あってほしいという、俺のエゴかもしれないけど。
「──却下だ。全てにおいて、俺がその要求を聞く義理も義務もねぇ。それに、その話は今ここで俺がお前を叩き潰せば関係ねぇだろ?」
「すっごい悪役っぽい」
「黙ってろ。俺からすれば、お前が悪役だ」
互いに体勢を立て直し、数メートルの距離を取る。俺は鎖を、紅葉さんはどこからともなく生み出された細長く持ちやすそうな針を持っている。
紅葉さんの傾向として、今持っている針のような物質か、正方形の石のような物体を生み出す確率が高い。前者は当然のように刺されば致命的であり、後者は肉事えぐり取られる可能性が高く、そこそこ広範囲である。
厄介なのは、投げている、空中にある段階であっても物質の形状を変化させることができるという点だろう。針が来ると思って一点に集中特化の結界を張ろうが、石が来ると思って広範囲に二重の結界を張ろうが、破られてしまう可能性がある。それなら広範囲に針すら耐えられるような結界を張ればいいだろう、という話になるかもしれないが、そんなことすれば一発は耐えてすぐに体力尽きてジ・エンドである。そんなにダサいのはさすがに嫌だ。
ドドドドド、と仮にも針が突き刺さるときになってはいけないであろう類の音が俺の半歩後ろで響きながら、陸上部として鍛えてきた脚力を使ってなんとか逃げ惑う。
「結局、逃げるだけか!!」
「当たったら死ぬような攻撃をよけない方が馬鹿でしょ!」
またあの攻撃を食らって續橋氏が爆散でもしたら、それこそ次がないかもしれないのでご免こうむりたい。なんでこう、紅葉さんは絶妙に戦いの流儀的なのを大事にしてるのだろうか。今時じゃないって。今時は敵味方どっちもが泥臭く戦う方がトレンドだと思う。まあ、この人がトレンドだなんて言葉を知ってるかどうかはそれこそ知らんが。
「ちょこまかと!」
「く、……ぎ!? あ、が、ぅう──!」
裂けきれなかった針に対して結界を張ろうと思ったら唐突にそれは石のような正方形の白い物体に変化し、俺の右足を抉り取る。油断をしていたわけでも、この危機的状況に慣れてきたわけではない。むしろ、逆だ。手一杯で、間に合わなかった。だからこそ攻撃を食らってしまった。
言葉にならない悲鳴を上げながら、なんとか無理やり体を奮い立たせて壁伝いに逃げようする。
──あと、少し。
「──もう、いいだろ」
「っ、ああぁあああああぁあああああ──ッ!!」
「人間にしちゃ、良くやった。……それに、ここまで桜に対して言われると、俺も認識を改めねぇといけねぇ。その点で、お前はよくやったよ。──だから、いいだろ?」
何が良いって言いたいんだよ、紅葉さん。いい加減あんたのこと心の中でジジイって呼ぶぞ。個人的には老人にはそれなりに敬いをもって接するべきだと思ってる俺が誰かをジジイ呼びだぞ、やばいぞ。
……なんて、そんな冗談が言える状況ではない。右足を抉られ──今は、左肩から腰に至るまでが消し飛んでいる。なんで生きてるのか、それすらも疑わしい状況だ。
あー、駄目だ。段々と、感触が全部、なくなっていく。熱いだとか、寒いだとか。最初は暑くて熱くて熱くてあつくてあつくあつあつく暑くあつつつく熱くて熱つくて仕方ががなかったのに、段々とそれがひえてきてたまらなくさむくて耐えられれなくなりそうになってでもどうしたらとおもい何とか力を振り絞り。けどそれでもなお迫ってくるもみじさんの攻撃はきっとかわせない、
「──もう、頑張ったよ。なんで死なねぇのかわかんねぇが、頭つぶせば死ぬだろ」
なにいってるのかききとれなくてなにいってるのかりかいができなくてなにいってるのかなにしようとしてんのかわかんなくてなになにになにあんいああになにななななんあいんいににに
「──っづ、ああ!?」
「! ……化け物」
「がっ。ごほっ、えほっ。ぐ、……っ、はぁ!」
──なお、った。
ああ、ごめん、桜。やっぱり自爆作戦になった。くそう、これでも命大事にをモットーに生きてきたつもりなのに。……流石に嘘っぽいか? これ。マジなのに。
──なにはともあれ、俺の左肩と右足は治ったのでした、ちゃんちゃん。
「……んな片手間で済む問題じゃないんだろうけどさぁ」
「──なんなんだ、それ。気持ち悪ぃ。気色悪ぃ気配だ」
「それはこんど、教えてもらう、予定、なんで」
──まるで、怪我を負ったという事実がパックリと『食われて』なくなったみたいだ。
早まる鼓動は紅葉さんという脅威を前にしてるからなのか、急激な体の変化に追い付けていないのか、定かではない。
ともあれ、完全復活だ。めでたいね。全然うれしくないけど。
今の状況は俺がずるずると引きずっていた体を起こそうとしていて、そのすぐ後ろに紅葉さんがいる状況だ。────約束の場まで、稼いだ。あとはもう、紅葉さんがやられてくれる未来にかけて。
「──俺は何もしないっ!」
「……あ? 信じられるか、んな妄言」
「いやだなぁ、紅葉さん。──あくまでも、俺は、ですよ」
最初から敵は俺一人じゃない。まあ、この人を前にしたら数の有利なんてないも同然なんだろうけど。
けど、だからこそ俺という目の前の気持ちの悪い化け物みたいな相手だけに警戒するのがダメだった。これは、ある種のパフォーマンスなのだから。今度、紅葉さんに教えたやる義理もないから教えないが、こうして俺の異常性を目の前でさんざんアピールして──それ以外の存在から、意識を逸らさせる。
そこで、打ち込むのだ。──酒呑童子にとっての、天敵を。
「──死ね」
「──ごめん」
──家族愛という、毒だ。




