八十八話 友達のお兄さん
「──なんていうかさ。蒼ってば、なに? 鬼城院君に命でも救われた?」
「え? なんだって急にそんな話に」
「いや、やけに気にかけてるからさ。そもそも、普通に考えて同じ土地にいるからって電撃的に直撃しないでしょ。それも、『御三家』の家に」
そう言いながら麗はキャリーケースの上に乗っかったりして葛に押してもらっている。なんともおかしな光景ではあるが、それを突っ込むものは今この場に誰もない。
ふと、麗にそんなことを問われて、いざとなって答えに詰まってしまった。
そりゃ、恩人……のようなものであるということが第一に近いのではないだろうか。色々と常識を知らない俺のことも助けてもらったし、桜のお陰でという場面は多々ある。────けど。
「──強いて言うなら、見てられないから、かな」
「……あっそ」
「え? 何の話だ?」
「いやぁ、行くなら金閣寺と銀閣寺、どっちかなって。ほら、銀閣寺行きたくない?」
「なんでその二択で銀の方なんだよ。俺としちゃどっちも巡りたいがな」
言葉よりも銀色じゃない銀閣寺を見て「銀じゃないじゃん!」とツッコむのが夢である。これで実際に想像よりも銀要素が強ければ俺は謝らなければならないが。……誰にだ?
あ、そうだ。補足で言うならばここの金閣寺も銀閣寺も表界と同じようなものであるらしい。結局、知性ある動物の辿る歴史は似たりよったりに落ち着くってことだろうか。
ともあれ。今、俺達が何をしているのかと言えば。
『──ごめん。ありがとう』
『来てくれて、嬉しい。嬉しかったんだ。いや、最初は急に言われてなんだコイツって思った感情もあったが』
『でも。やっぱり、嬉しかった』
『──だから、帰ってくれ』
と、言われ。普通に追い出されている。紗鬼さんの中での最優先は桜であるため、桜の命令に忠実であるあの人はすぐさま出口の場所を教えてくれた。「えー迷っちゃうんですけどー」と駄々をこねまくった結果、簡易的な地図までもらっている。
あの時の俺と麗の連携煽りプレイには葛と桜がなぜか二人してドン引きしていた。そこまで仲が良いなら滞在を許可してほしいものだが。けども、家主一家の人物に追い出され宣言をされてしまったので、泣く泣く帰ることになる。とはいってもホテルのチェックインの時間までかなり時間があった。
「いやぁ、あともう三押しくらいあれば陥落すると思ったんだけどな……麗的にはどう?」
「実際かなり揺れ動いてたからね、鬼城院君。──でもそれを多分、紗鬼さんは許さなかったと思うよ」
あの人……じゃなかった、妖怪は、なんというか仕事妖怪みたいな人だった。桜個人に何かしらの特別な感情を抱いているわけではなく、ただひたすらにそれが命令であるから動いていると言った具合であった。だからこそ、桜の見るからにすけすけの本心だって無視して下された「命令」を実行したのだろう。
それを悪いことだなんて言わない。むしろ、それを悪い事ということは警官相手に犯罪行為を「仕方ないから見逃せ」と言っているようなものだ。無理だろう、どう考えたって。
だから今こうして三人揃って追い出される羽目になったのも、ある一種仕方がないことだ。本当に、葛には迷惑かけっぱなしだが。
「ごめんね、葛」
「いいってことよ、これくらい。……俺も、少し気になることがあったからな」
「気になること?」
「いや、蒼とおんなじ理由だよ。ちょっと前に連絡を取り合ってて……そこで、少しだけ不穏だったっつーか。なんとなく、放っておけない雰囲気だったから、会いたかったんだ」
「……葛」
「──いや、ボクには? 何さらっと迷惑をかける対象からボクを外してんのよ」
「いやぁ、実質的にこの桜の家への寄り道って麗が提案したようなもんだし、それに心読めてるからいいかなーって」
「いいわけなくない? そのスカスカの脳みそはお飾り?」
なんでスカスカであることが前提なんだ。きちんと詰まっているよ。そんな流れるように罵倒しないでよ。
心のなかでの抗議が聞こえているのにもかかわらず、平然とそれを聞いていない麗に対しての若干の怒りを覚えながら少し乱暴目に庭を踏み込んで歩いていく。
「──勝手に妖様の庭を傷つけないでほしいもんだがな」
「え?」
──聞いたことがある声だった。聞き馴染んだ声ではないが、聞き覚えのある声だった。
その声は、冷徹で、けれどもどこか燃え盛るような感情を見りやりに押し殺し、耐えている声で──俺の、友達のお兄さんの声だった。
この裏界にて『御三家』を知らない人間はいない。それこそ、海外とかになるとどうだかはわからないが、この日本国内という限定をつければ知らないものはいないと断定系で語ることができるであろう。
強力で、強大で、決して手の届かない孤高なる存在。だからこそ、その次期当主となれば有名著名であるもの納得である。
──鬼城院紅葉。
母であり現鬼城院家当主の『種族』である『酒呑童子』を引継ぎ、その才のままに天変地異さえも起こせると言われるほどの妖怪。けれど、こうして姿を見て、話をしてみると、ああなるほどと、その噂話を納得させるだけの威圧感を感じる。
「──紅葉、さん」
「軽々しく俺の名前を呼ぶな。誰がそれを許可した」
「誰かの名前を呼ぶのに、許可なんているんでしょうか。名前というのは単なる個体差をつけるためのものでしょう?」
──あー、嫌いなタイプだ。嫌いというか、苦手なタイプだ。紅葉さんが話すと、それだけで少しだけイラっとする。だからか、言葉もいつもよりかはトゲトゲしくなってしまった。これじゃあ話し合いなんてできない、すぐに果し合いになってしまう。
葛と麗には迷惑をかけちゃったなぁ。すっごい顔してるもん、二人。
「それでも、だ。俺という妖怪を軽々しく呼んで、価値を下げられるのだけはごめんだ。──俺は誰かと違って、立場を重んじる」
「──。その誰かの方が、よっぽど俺は好きですけどね」
「誰がお前に好かれることを望んだ。思い上がるな」
仲が悪いのだろうか。どうだっていいが。
問題は、なんで俺たちに話しかけたか、だ。接点なんてないし、確かに桜と会うちょっと前に揉めたが、そんな感情のリセットが利かないような性格だとは思えない。だからって、庭に当たったことが原因だとも……
「──恨みがあるんだ。消えない恨みが。消せない、消えちゃいけない恨みが」
「……誰に対して、ですか?」
「──人間に」
──次の瞬間、俺の右腕は吹っ飛んだ。




