chapter38 戦場を操る者
森は沈黙していた。
風だけが木々を揺らし、葉擦れの音が静かに流れる。
誰も動かない。
ゴブリンも、ホブゴブリンも。
ただ、森の奥だけを見つめていた。
カインが小さく息を吐く。
「……なんだ、この空気」
返事をしたのはリシアだった。
「待ってる」
「誰をだ?」
リシアは答えない。
その視線は、一度も森の奥から外れなかった。
そのときだった。
――コツ。
乾いた音が響く。
誰かが枝を踏んだ。
ノアの肩が小さく震える。
「……っ」
音は一度だけでは終わらない。
一定の間隔で響く足音。
ゆっくりと、迷いなく。
森の奥からこちらへ向かってくる。
ヴァルトが剣を握り直した。
「全員、警戒を維持しろ」
旅烏の誰も返事をしない。
返事をする余裕すらなかった。
やがて木々の隙間に、小さな影が映る。
最初に見えたのは、赤く濁った双眸。
続いて、細身の体。
ホブゴブリンほどの体格はない。
それでも――ゴブリンたちは一斉に左右へ退いた。
ホブゴブリンまでもが、一歩だけ身を引く。
道ができる。
いや、最初からその一体のために空けられていたかのようだった。
カインが低く呟く。
「……あいつか」
ヴァルトは静かに頷く。
「ああ」
影は歩みを止める。
何も叫ばない。
何も威嚇しない。
ただ、旅烏を見ていた。
その視線が戦場をなぞる。
倒れたゴブリン。
立ち位置。
旅烏の間合い。
すべてを確かめるように。
そして――サージェントの首が、ほんのわずかに傾いた。
その瞬間、ホブゴブリンが同時に動く。
ゴブリンたちが一斉に散開し、崩れていた陣形が瞬く間に組み直される。
ノアが目を見開く。
「また……!」
リシアは短く答えた。
「違う」
「え……?」
「今度は、あれが動かした」
カインは剣を構え直し、笑みを消す。
「面倒なのが出てきやがったな」
ヴァルトは静かに一歩踏み出した。
「ここからが本番だ」
そう息を飲んだ。
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