chapter37 戦場の揺らぎ
※旅烏視点
森は、まだ保っていた。
正確には――そう“見えていた”。
カインが周囲を見て舌打ちする。
「さっきよりはマシか……?」
リシアは静かに言う。
「一見ね」
ヴァルトは森の奥から目を離さない。
「油断はするな」
ノアは息を整えながら周囲を見る。
「でも、さっきよりは……動きが落ち着いてますよね?」
ゴブリンたちの動きは、確かに整っていた。
先ほどのような過剰な連携はない。
包囲も、分断も、過剰な圧もない。
むしろ――“普通の戦闘”に近い。
カインが肩をすくめる。
「拍子抜けだな」
だがリシアだけが、目を細める。
「違うわ」
ノアが聞き返す。
「何がですか?」
リシアは短く言う。
「戻してる」
その瞬間だった。
ホブゴブリンが一体、動く。
だがそれは攻撃ではない。
配置の修正。
倒れたゴブリンの位置が変わる。
空いた空間が埋まる。
“形が整え直される”。
カインが眉をひそめる。
「……またかよ」
ヴァルトは低く言う。
「維持してるな」
ノアは小さく息を呑む。
「維持……?」
森の空気が一瞬だけ揺れた。
ほんのわずかな遅れ。
だが確かに“間”が生まれた。
ゴブリンの動きが一拍遅れる。
ホブゴブリンの指示が一瞬だけ噛み合わない。
カインが目を細める。
「今の……」
リシアが即座に言う。
「ズレた」
ヴァルトは剣を握り直す。
「一瞬だけだ」
そしてすぐに戻る。
何事もなかったように、戦場は再び“整った形”へ戻る。
だが――完全ではない。
ほんの少しだけ、呼吸が違う。
ノアが呟く。
「今の、なんだったんですか……」
カインが舌打ちする。
「知らねぇよ。気持ち悪いな」
森の奥から、再び圧が落ちる。
だが今度は弱い。
短く、途切れるように。
ホブゴブリンたちの動きが一瞬止まり、そして揃う。
だが“揃うまでに時間がかかっている”。
リシアの目が鋭くなる。
「……遅れてる」
カインがすぐに反応する。
「さっきよりマシってやつか?」
リシアは首を振る。
「違う」
「?」
「修正が追いついてない」
その言葉の直後。
森の奥の圧がもう一度だけ落ちる。
今度は、はっきりと“違う重さ”。
空気が沈む。
ホブゴブリンが一斉に動きを止める。
――一体だけ、視線をずらした。
森の奥。
そこには何も見えない。
だが“そこにいる”と分かる。
ノアが息を呑む。
「……何かいます」
カインが低く吐く。
「やっとかよ」
ヴァルトは一歩前に出る。
「来るぞ」
森が静かになる。
だがそれは終わりではない。
組み替えられた雰囲気の中――戦場の形が、また少しだけ歪む。
今度は戻らない。
カインが呟く。
「……今の、わざとだろ」
リシアは答えない。
ただ、森の奥を見ている。
そこにはまだ姿はない。
だが確かに、“戦場を作っている何か”がいる。
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