chapter34 意思の気配
※旅烏視点です
森の奥は、前よりも静かだった。
正確には、静かすぎた。
昨日まで確かにあったはずの“ざわつき”が消えている。 風はある。木も揺れている。だが、生き物の気配だけが薄い。
カインが周囲を見て舌打ちする。
「これ、逆に嫌な静けさだな」
リシアが短く答える。
「動きが整理されてる」
ヴァルトは足を止めない。
「進む」
ノアは小さく息を吐く。
「昨日より……奥に入ってますよね」
「ああ」
その返事は短いが、警戒は明らかに強くなっていた。
進むほどに違和感は濃くなる。
枝は折られているのに荒れていない。 地面は踏み固められているのに乱れていない。 まるで誰かが“使いやすい森”として整えたかのようだった。
カインが呟く。
「森っていうか……通路だろ、これ」
「同感ね」
リシアの声は冷えている。
ノアは喉を鳴らす。
「ゴブリンって、こんなこと……」
言いかけて、やめる。
“できるはずがない”と言い切れない空気になっていた。
しばらく進むと、ヴァルトが手を上げた。
全員が止まる。
静寂。
だがその静寂は、昨日までとは違う。
“待っている静けさ”だった。
ノアの視界の先――木々の間に影が見えるゴブリン。
だが、その配置が異常だった。
左右に分かれ、中央に空間がある。
まるで道を空けているように。
カインが目を細める。
「……なんだこれ」
リシアが静かに言う。
「通してるわね」
「誰を?」
ノアの問いには誰もすぐに答えない。
次の瞬間。
森の空気が一段変わった。
“命令”の気配。
それは音ではない。 動きでもない。
ただ、全体が一瞬だけ揃った。
ゴブリンたちが一斉に左右へ退く。
中央が開く。
ノアは息を呑む。
「……っ」
そこにいたのは、ホブゴブリンだった。
だが、今まで見た個体とは違う。
動かない。
ただそこに立ち、周囲を“従わせている”。
カインが低く言う。
「一段上、か」
ヴァルトは剣に手をかけたまま答える。
「そうだな」
ホブゴブリンは攻撃しない。
逃げもしない。
ただ、見ているだけ。
その視線の奥に、明確な意志があるように感じられた。
そして周囲のゴブリンは、その静止に従っている。
ノアは呟く。
「これ……全部……」
言葉が続かない。
リシアが小さく言う。
「“待っている”」
カインが肩をすくめる。
「気持ち悪ぃな」
沈黙。
戦闘は起きない。
だが、それが逆に異常だった。
戦う前の緊張ではない。
“命令を待つ空白”。
ヴァルトが静かに言う。
「ここが境界だな」
ノアが問う。
「境界……?」
「まだ“上”がいる」
その言葉に、空気がさらに重くなる。
森の奥。
そのさらに深い場所から、一瞬だけ“揺れ”が起きた。
音はない。
ただ、存在の圧だけが伝わってくる。
ホブゴブリンがわずかに視線を向ける。
それは、こちらではなく“奥”へ。
命令待ちのまま。
そして――森は再び静かになった。
だが、その静けさはもう平穏ではない。
何かが、確かにこちらを見ていた。
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