chapter30 静寂の境界
※冒険者視点です
夕刻。
旅烏が村に到着したとき、空気は妙に静かだった。
村は普通に動いている。
人の声もあるし、煙も上がっている。
だが――どこか薄い。
「……思ったより平和そうだな」
カインが軽く言う。
その声も、なぜか村に馴染まない。
ヴァルトは周囲を見渡した。
まず目についたのは、村の門近くに残るわずかな緊張感だった。
見張りの兵がいる。
だがその目は、落ち着いていない。
(……戦闘の後だな)
ヴァルトはそう判断する。
「とりあえず話を聞くぞ」
短く言い、足を進めた。
村の中心、衛兵詰所。
中に入ると、空気がさらに重くなった。
応対に出てきた衛兵は、疲れ切っていた。
「……旅烏か」
その声に、わずかな安堵が混じる。
「状況を聞かせろ」
ヴァルトが言うと、衛兵は一度息を吐いた。
「森だ」
それだけで、十分だった。
「数日前から様子がおかしかった。昨日、確認のために入ったが……」
言葉が一度途切れる。
カインが眉を上げる。
「やられたのか?」
「……撤退した」
その言い方は、負けよりも重かった。
リシアが静かに口を開く。
「撤退できたなら、まだ統率は崩れていない」
衛兵が顔を上げる。
「統率……?」
その言葉に、わずかな違和感が混じる。
「ゴブリンだろ?」
「普通はな」
カインが軽く言うが、目は笑っていない。
ノアはそのやり取りを黙って見ていた。
(ゴブリンって……そんな話になるのか?)
ヴァルトは衛兵に視線を戻す。
「被害は?」
「負傷者が数名。深追いはしていない。だが……」
衛兵は一瞬言葉を探し、続けた。
「妙だった。逃げないんだ、あいつら」
その瞬間、空気がわずかに変わる。
リシアの目が細くなる。
カインが小さく息を吐いた。
「それ、普通じゃねぇな」
ヴァルトは短く判断する。
「森は明日だ」
即断だった。
ノアが思わず声を上げる。
「今日じゃなくていいんですか?」
「夜の森は情報が落ちる」
ヴァルトはそれだけ言った。
それ以上の説明はない。
だが、その言葉に反論する者はいなかった。
詰所を出る。
村の外れへと歩きながら、カインが肩をすくめる。
「ゴブリン相手に慎重すぎねぇか?」
「慎重じゃない」
ヴァルトは即答する。
「情報が足りないだけだ」
リシアが小さく呟く。
「……足りない、というより“歪んでる”わね」
その言葉に、ヴァルトは一瞬だけ視線を向けた。
村の外れ。
森の方向は、すぐそこに見える。
だがその境界だけ、空気が違っていた。
ノアが小さく呟く。
「……なんか、嫌な感じします」
カインが珍しく何も返さない。
ヴァルトは森を見たまま、短く言った。
「明日入る」
それだけだった。
森は、静かにそこにあった。
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