chapter29 旅烏
※ここからは冒険者視点になります
村の衛兵がギルドへ駆け込んできたのは、昼を少し過ぎた頃だった。
勢いよく開かれた扉に、酒場側の冒険者たちが視線を向ける。
「お、おい……どうした?」
受付嬢が目を丸くする。
入ってきた衛兵は肩で息をしていた。
鎧には泥が付き、腕には浅くない切り傷が見える。
ただ事ではない。
それだけは、誰の目にも明らかだった。
「依頼だ……!」
衛兵が息を整えながら叫ぶ。
「森の調査を頼みたい!」
ギルド内の空気が、わずかに変わった。
奥の席で酒を飲んでいた男が、ゆっくりと顔を上げる。
短く揃えられた灰色の髪。
腰には使い込まれた剣。
旅烏のリーダー、ヴァルトだった。
「……森?」
低い声で問い返す。
衛兵は頷いた。
「ゴブリンだ。数が増えてる」
その言葉に、何人かの冒険者が鼻で笑う。
「なんだ、ゴブリンかよ」
「衛兵がビビりすぎなんじゃねぇの?」
そんな空気が流れる。
だが――
ヴァルトは笑わなかった。
「被害は?」
短い問い。
衛兵が唇を噛む。
「負傷者が数名……撤退する時にも追われた」
その瞬間。
ヴァルトの目が、わずかに細くなった。
「追われた?」
「……ああ」
衛兵が頷く。
「あいつら、森から離れようとしなかった」
ギルド内の空気が少しだけ静かになる。
奥の席で本を読んでいた女が、ゆっくりと顔を上げた。
淡い茶色の髪。
鋭い目。
旅烏の魔法使い、リシアだった。
「変ね」
小さく呟く。
「ゴブリンなら、数に任せて押し潰しに来てもおかしくないわ」
「だよなぁ」
軽い声が混ざる。
椅子を傾けながら笑ったのは、斥候のカインだった。
「わざわざ森に留まる理由がねぇ」
その隣では、若い槍使いのノアが緊張した顔をしている。
「そ、それって……どういう……」
「知らねぇ」
カインは肩を竦めた。
「だから調べるんだろ?」
ヴァルトは黙ったまま考え込む。
数秒後、小さく息を吐いた。
「……ギルドはどう見る?」
受付嬢が困ったように眉を下げる。
「現時点では、森の調査依頼になります」
「討伐じゃないのか?」
「情報が足りませんので……」
「妥当だな」
ヴァルトは立ち上がる。
椅子が小さく音を立てた。
「旅烏で受ける」
ノアが慌てて顔を上げる。
「えっ、もう行くんですか?」
「日が落ちる前に入口だけでも見ておきたい」
ヴァルトは淡々と答えた。
リシアも静かに本を閉じる。
「私も賛成」
「はいはい、仕事仕事っと」
カインが立ち上がり、大きく伸びをする。
周囲の冒険者たちは、それを黙って見ていた。
旅烏はCランク。
この街では、それなりに名の知れたパーティだ。
だからこそ――
誰も軽々しく口を挟まない。
ヴァルトは衛兵へ視線を向ける。
「案内できるか?」
「あ、ああ……!」
「なら行くぞ」
短く言って、ヴァルトは歩き出した。
その背を追うように、旅烏の面々も動き出す。
ギルドの扉が開く。
外から差し込む陽の光は明るい。
けれど――
何故か、嫌な予感だけが残っていた。
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