chapter31 潜む気配
※旅烏視点です
翌朝、オレたちは森へと入った。
だが――その瞬間、空気が変わった。
それは分かりやすい変化ではない。
温度が下がったわけでも、光が消えたわけでもない。
ただ――音が薄い。
「……静かだな」
カインが小さく呟く。
いつもの軽さはある。
だが、どこか響きが弱い。
ヴァルトは足を止めずに進む。
「予定通りだ。入口付近の確認だけでいい」
そう言いながらも、視線は周囲から外れない。
森は“普通の森”だった。
木はあり、草はあり、風も通る。
それなのに――何かが足りない。
ノアが不安そうに周囲を見回す。
「鳥の声……聞こえませんね」
「森だからって必ず鳴いてるわけじゃねぇよ」
カインはそう返すが、視線は上を向かない。
リシアはすでに言葉を減らしていた。
ただ、歩きながら何かを確かめるように空気を探っている。
しばらく進むと、ヴァルトがしゃがんだ。
地面に指を触れる。
「足跡が少ない」
「少ない?」
カインが覗き込む。
「森にしては、だ」
ヴァルトは頷く。
「通っていないわけじゃない。だが、痕が薄い」
リシアが静かに言う。
「……踏み固められてない。自然にしては不自然ね」
ノアはその言葉の意味をうまく飲み込めない。
さらに進む。
木々の間に、わずかな乱れが見え始める。
枝が折れている。
だが倒れていない。
引きちぎられたようで、どこか“整っている”。
「戦闘跡……か?」
ノアが呟く。
「いや」
ヴァルトが即座に否定する。
「戦ってるなら、もっと荒れる」
カインが鼻を鳴らす。
「じゃあなんだよこれ」
誰も答えない。
そのときだった。
「……来る」
リシアが短く言う。
次の瞬間、森の中から影が飛び出した。
ゴブリンだ。
だが数は少ない。三体ほど。
ヴァルトが即座に剣を抜く。
カインが横に回り込み、ノアが槍を構える。
短い衝突。
ゴブリンは突っ込んでくるが、動きは単調だった。
ヴァルトの一閃で一体が倒れる。
カインが足を払う。
ノアが突きを入れる。
戦闘は一瞬で終わる。
「弱いな」
カインが息を吐く。
だが、リシアの表情は変わらない。
「……おかしいわね」
「何がだ」
ヴァルトが問う。
リシアは倒れたゴブリンを見たまま言う。
「逃げない」
その言葉に、空気が少しだけ重くなる。
ヴァルトは立ち上がる。
「囲いはない。罠でもない」
「じゃあ、偶然?」
ノアが聞く。
「偶然なら、もっと荒い」
カインが短く言う。
そして一瞬、森の奥を見た。
「……なんか見られてる気がするな」
冗談のような声だったが、笑ってはいない。
ヴァルトは剣を鞘に戻す。
「今日はここまでだ」
ノアが驚く。
「もう戻るんですか?」
「目的は確認だ」
ヴァルトは森の奥を見据えたまま続ける。
「この森は“普通ではない”」
リシアが小さく頷く。
「同意するわ」
カインは肩をすくめる。
「まぁ、気分いい森じゃねぇな」
少しずつ、来た道を戻る。
だが、誰も油断していなかった。
森の静けさは変わらない。
むしろ、より深く沈んでいくようだった。
ノアが小さく呟く。
「……ここ、本当にゴブリンの森なんですかね」
その問いに、誰もすぐには答えなかった。
ただ一つだけ確かなことがあった。
この森は、何かが“普通ではない”。
そしてそれは、まだ表に出ていない。
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