chapter26 応じる魔物~崩れた均衡~
※衛兵のリーダー視点です
血の匂いが、森に残っていた。
倒したゴブリンの死体を前に、リュシェアは足を止める。
「……数は合ってるか」
「七体です」
短い返答。
しばらく、誰も動かない。
(……少ないな)
それだけが、引っかかった。
「隊長、どうします」
「……少しだけ見る。深入りはしない」
わずかな間のあと、そう言った。
隊が動く。
森の奥へ。
静かだった。
風の音しかない。
だが――
「……いるな」
気配だけは、消えない。
「止まれ」
全員が足を止める。
ガサリ、と音。
右。
ゴブリンが一体、姿を見せた。
だが、来ない。
「……?」
誰も動かない。
ゴブリンも、動かない。
ただ、見ている。
次の瞬間。
別の方向で音。
左。
さらに後ろ。
「おい……」
声が漏れる。
ゴブリンが、ばらばらに現れる。
だが、襲ってこない。
距離を保ったまま、そこにいる。
(……なんだ、これ)
知っている動きと違う。
時間だけが、過ぎる。
誰も動けない。
その沈黙に耐えきれなかったのか――
一人が、半歩前に出た。
その瞬間。
「来るぞ!」
ゴブリンが飛び出した。
「っ!」
盾が間に合う。
鈍い衝突音。
体勢が揺れる。
「押し返せ!」
槍が突き出される。
一体、倒れる。
さらにもう一体。
横から飛び込んできた個体を、剣が斬り払う。
「……終わりか?」
息が荒れる。
だが――
それ以上、来ない。
静かだ。
さっきと同じように。
ゴブリンは、また距離を保ったまま止まっている。
「……は?」
誰かが漏らす。
戦ったはずなのに、何も変わらない。
(……なんだ、今の)
違和感だけが残る。
そのとき。
奥の影が、わずかに揺れた。
「……?」
何かが、いた気がした。
だが、はっきりとは見えない。
気のせいかもしれない。
次の瞬間、影は消える。
「……戻る」
リュシェアが低く言った。
「隊長?」
「これ以上は、良くない」
それだけだった。
理由は、言えない。
言葉にできるものではなかった。
「隊列を崩すな。ゆっくり下がるぞ」
一歩、下がる。
その瞬間――
「来るぞ!」
さっきとは違う声だった。
ゴブリンが飛び出した。
一体ではない。
二体、三体。
「っ、多い!」
盾がぶつかる。
衝撃が重い。
「押し返せ!」
槍が突き出される。
だが、間に合わない。
横からも来る。
「後ろだ!」
下がろうとした先にも影。
「くそっ……!」
反応が遅れる。
「固まれ!」
声が荒れる。
一歩下がるたびに、現れる。
押し返す。
だが、すぐ次が来る。
「なんなんだよこれ……!」
誰かが叫ぶ。
さっきとは違う。
明らかに、間がない。
(動いた瞬間に……!)
頭をよぎる。
だが、考える余裕はない。
「抜けるぞ!止まるな!」
リュシェアが叫ぶ。
「前に出る!押し切れ!」
隊がまとまる。
ゴブリンを弾き、道をこじ開ける。
木々の隙間の向こうに、光が見えた。
森の外だ。
「……もう少しだ!」
誰かが叫ぶ。
だが――
背後の気配は、消えない。
振り返る。
木々の奥。
影が揺れる。
その中に――
何かが、いた気がした。
他より、わずかに大きい影。
動かない。
見ているような気がした。
「……」
一瞬だけ、視線が止まる。
次の瞬間、影は消える。
「行くぞ!」
前を向く。
一歩、踏み出す。
その先に光がある。
だが――
背中の気配は、消えない。
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