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亜空間の戦士 弥への道(「亜空間の戦士 暗黒界編」として書籍化)  作者: 亜空間ファンタジー&弥剣龍
第一章 魔族来る
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6 伍部浄

 翌朝、姫白龍は美紀の部屋の長椅子で眠っていた。

 昨晩寝る時には慎吾の部屋に行ったのに、美紀の部屋に戻ってきたようだった。美紀は少しも気がつかなかったが、姫白龍は忍びなので、物音一つ立てなかったのだろう。

 辺境地域から走り通して疲れ果てていたらしく、姫白龍は寝息を立てて熟睡していた。美紀がそっと近寄って見ると、寝顔が意外に子供っぽくて可愛かった。

 なんて綺麗で可愛い子なんだろう––––––

 美紀はそっと美しい白い髪を撫でた。

 その瞬間、眠っていた姫白龍が美紀の手を素早く掴み、目を開いた。ぱっちり見開いた姫白龍の目が、美紀の目を見詰めた。

 美紀が許可なく髪に触ったことを謝ろうと思った時、姫白龍は美紀に抱きついてきた。

 姫白龍は、美紀を抱きしめたまま、しばし、美紀の髪の匂いを嗅いでいた。

「美紀はいい匂いがする」

 その言葉を聞いて美紀ははっとした––––––姫白龍は、いつか静香が美紀に言ったこととそっくり同じことを言ったのだ。

 姫白龍は、美紀を抱きしめていた腕を放すと、身軽に起き上がった。

「あたしは柔らかい寝床で寝たことがないので、この椅子の硬さが丁度よかった。地面で寝たり、家の中でも板の間や土間で寝たり、寝場所も忍びの修行の一つだった。あたしの仲間は勇敢だったけど男ばかりで、美紀のように柔らかくていい匂いのする者はいなかった。昨晩は美紀のそばにいたのでとてもよく眠れたよ」

 姫白龍は上機嫌だった。

 姫白龍も私のことが好きなのかも知れない、と美紀は思った。

 その時、二人は今までになかった揺らぎを感じた。

 動いている––––––

 霊山龍神宮が移動し始めたのだ。

「静香がどこかへ行こうとしているみたい」

「行って行先を確かめよう」

 二人は浮御堂を出て本殿に入った。静香とズクが航海室にいた。

「龍軍からの知らせが来た。龍軍は氷魔を撃破したが、その前にカルラ艦隊が氷魔と遭遇して全滅した。今、霊山龍神宮は、行方不明になっている慎吾と衛門の捜索のために、辺境地域に向かっているところだ」

 静香は冷静な感じだったが、美紀は不安を掻き立てられた。

「慎吾は大丈夫なの?」

「慎吾も衛門も見つかっていない。多分二人はどこか別な空間に行ったのだと思う」

「それは静香の霊感?」

「そうだ。きっと二人はどこかに逃れたはずだ」

 静香の霊感は確かなので美紀は少し安心した。

「龍が氷魔に勝ってよかった」

 姫白龍は龍軍の勝利を自分の勝利のように喜んだ。

「氷魔は龍を凍らせることができなかった––––––龍は氷結させるにはエネルギーがあり過ぎるようだ。逆に龍の攻撃に氷魔は耐えられず、蒸発して消えた。龍は氷魔を全く寄せ付けなかった。姫白龍がもたらした情報は正しかった」

 静香は姫白龍を見てにっこりした。

「泥鬼が言ったことが正しかったんだ。あたしはただ泥鬼に言われて一生懸命走ってきただけさ」

 美紀は姫白龍のこういう気取りのないところがますます好きになった。

 龍軍は勝利したが、カルラ族は絶滅の危機に陥っていた。

 カルラ族の母艦は全滅し、単座戦闘機も帰還したのはほんの数機に過ぎなかった。母艦の保管器の中にあった卵は、ほとんどが氷結して死んでいたが、いくつか生き延びたものもあり、これを龍軍が亜空間霊界に持ち帰った。ズクはズク族にカルラ族の卵の孵化を手伝うよう指示を出した。

 ほどなく霊山龍神宮は、炎上して墜落した魔族の大船団の上空を通った。魔軍は亜空間霊界のすぐそばまで迫っていたのだ。

 航海室の窓から下を見下ろすと、無残に焼けただれた船の残骸が延々と続いていた。航海室は建物の中にあって外が見える窓があるはずはないので、龍神宮がそのように見せているだけなのだが、誰も違和感なく窓際に立っていた。

「こんな大軍を姫白龍と何人かの仲間でやっつけたなんて本当に凄いね」

 美紀が姫白龍に言った––––––話は聞いていたが、実際に目で見るとスケールの大きさに仰天させられた。

「魔族はソーマに目がないから、毒が全員に行きわたったに違いない。でも、こちらも船団に忍び込んだ味方はほぼ全滅してしまったから、勝ち(いくさ)とは言えないよ」

 姫白龍は失った仲間のことを思うと表情が険しくなった。

「それにあたしが氷魔のことをもう少し早く伝えられれば、無用の犠牲を払わずに済んだんだ。我の先兵のように速く亜空間移動できればいいのに、悲しいけれど龍にはその力がないの」

「この魔軍の残骸を見てわかったよ。姫白龍は誰にもできないことをやってのけたんだよ。降魔戦士の(かがみ)だよ!」

 美紀は飾り気がなくて、自分の偉業を誇ろうともしない姫白龍を尊敬せずにいられなかった。

 その時、武具で身を固めた大柄で厳めしい顔立ちの金剛大将が姿を現した––––––神兵の軍団を率いる四人の将軍の一人だ。

「前方から氷結した船が来ます。一隻だけで、氷魔の攻撃を受けた漂流船のようです」

 前方の窓に魔軍の船とは違う氷の塊になった方舟(はこぶね)が漂ってきているのが見えた。

「完全に氷結しているな。生存者はいそうにないが一応探してみよう。金剛大将、一緒に来てくれ」

 静香は霊山龍神宮を停止させ、金剛大将とともに消えた。

 亜空間移動で漂流船の船内に入ると、緑色の肌の船員達が、氷魔に襲われた瞬間のそのままの姿で凍りついていた。

 見回して生きている者は一人もいなかった。

「これは肌の色からして、辺境地域から暗黒界にかけて広域に交易を行なっているククノチ族に違いありません」

 金剛大将がそう言った時、どこかでゴトゴトと物音がした。

 金剛大将が素早く大剣を抜いた。

 静香は先に行こうとした金剛大将を制止して、自ら物音のするほうに近づいていった。

 重いものを動かしているような物音は、台座の上に置かれた人形の棺の中から聞こえていた。

 凍りついた棺の蓋は密閉されていて、誰かが中に閉じ込められているようだった。蓋には鍵も取っ手もなく、しっかりと棺に固定されていた。静香が剣で棺を切り裂こうかと思った時、内部から爆発的に蓋が吹き飛んで開き、氷の欠片が飛び散った。

 中から咳き込みながら、武具に身を包んだ男が出てきた。

「ふうっ、息が詰まりそうだった」

 象の頭部を模した兜をかぶり、革製の武具をつけた、緑色の肌の男だった。

「大丈夫か?誰かに閉じ込められていたのか?」

 静香がきいた。

「誰でもない。氷魔から逃れるために自分で入ったんだ。この箱は断熱材でできていて、中に入って密閉してしまえば、氷魔の攻撃にも耐えられる設計になっているんだ」

 台座から降りた男は、背が低くて小太りで丸い顔をしていた。

「自分で自分を閉じ込めて出られなくなっていたのか?」

 金剛大将が馬鹿にしたように言った。

「何を言う。ちゃんと自分で出てきたじゃないか。俺は強い念動力を持っているんだ。氷魔に襲われた時、自分で中に入って自分で蓋を強固に密封したんだ。危険が去ったので、また自分でこじ開けて出てきたまでだ。氷魔と遭遇して自力で生き残れる者は滅多にいないんだぞ」

 唯一の生存者らしき小男は、変に態度が大きくて偉そうだった。

「お前はククノチ族か?」

 大柄な金剛大将と比べると男は子供のように見えた。

「俺は(しゅ)()族だ。ククノチ族は俺が船員に雇ったものだ。この船はもう使い物にならんから、お前達の船に行こう」

 そう言うと厚かましい男は勝手に亜空間移動で姿を消した。

 静香と金剛大将もあとを追って龍神宮に戻った。

 龍神宮の航海室に現れた小男は、皆の前で腰に手を当てて胸を張り、背伸びするようにして言った。

「俺は九千年前に降魔軍を起こした須弥族の皇帝天帝釈の末裔で、暗黒界の(よう)(じょう)の城主、降魔大将の伍部(ごぶ)(じょう)だ。俺の船団は魔族の第一陣の焼魔を撃破したが、第二陣の氷魔に襲われて壊滅した。生き残ったのは優れた妖力を持つ俺だけだ。

 魔族の後続部隊はまだこれから続々とやってくる。この霊山龍神宮の軍団と俺の楊城の軍で暗黒界に攻め入り、攻められる前に魔軍を叩くのだ。

 俺は魔族のことと暗黒界の地理については誰よりもよく知っている。暗黒界に知識もなく入っていくのは愚か者のすることだ。俺の言う通りにすれば、魔族と戦って必ず勝ちを得ることができる」

 漂流船から救い出された唯一の生存者にしては、随分威勢がよかった。大袈裟な経歴は疑わしかったし、焼魔を自分が破ったように吹聴しているところも、いかさま師の匂いがプンプン漂っていた。

「体格も肌の色も須弥族というよりは、ククノチ族と見受けられるが」

 ズクが怪しんで言うと、伍部浄は両手で印を組んで真言らしき呪文を唱えた。


 ノウマク・サンマンダ・ボダナン・インドラヤ・ソワカ


 すると二人乗りの座席を背負った白い象が現れて、緑色の小男は浮遊して象の背に乗った。象の上から手を持ち上げる仕草をすると、美紀の体がふわりと浮かび上がって伍部浄の隣の席に乗せられた。

「ククノチ族にこのような妖力があると思うか。俺が偉大な須弥族の裔であり、天帝釈の血を引く者であることの(あかし)だ」

 伍部浄は自分の力を見せびらかして得意げに言った。

「暗黒界は広い。魔軍の後続部隊はどこにいるんだ?」

 静香がきいた。

(ほう)(じょう)に集結しているはずだ。降魔軍のかつての前線基地鵬城を奪還することが魔族殲滅の第一歩だ」

 静香には伍部浄の居城だという楊城も、降魔軍の前線基地だったという鵬城も未知の領域だった。

 確かに暗黒界に入るにはその土地を知っている道案内がいたほうがいいかも知れない––––––

 静香は単純にそう思った。静香は伍部浄に暗黒界の案内役を頼むことにした。

 しかし、静香より世間を知っている姫白龍は、伍部浄を信用しなかった。伍部浄はどう見てもククノチ族だったし、汚い手口の商売で知られるククノチに気を許せないことは姫白龍には常識だった。しかも、もし須弥族の血が少しでも混じっているとすれば、須弥族はヤマの仇敵なので生かしてはおけなかった。

 こいつは何か魂胆があるに違いない。そのうち尻尾を出すだろうから、始末するのはそれからでも遅くない––––––

 姫白龍は伍部浄の行動を注意して見張ることにした。

 

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