3 龍の道
久し振りに美紀と姫白龍は霊山龍神宮に戻り、浮御堂の美紀の部屋で二人切りになった。
姫白龍は暗黒界での毘羯羅や彼のキリタテ、イヤシビとの出会いの話や、天帝釈の隠し空間に潜入し、四天王の一人に深手を負わされた話、そして魔族との戦いのさなかに天帝釈を討った話まで一部始終を美紀に喋った。
姫白龍は喋り出すと止まらなくなり、美紀はずっとはらはらしながらあまりにもリアルな姫白龍の冒険談に聞き入った。美紀は危険と困難に勇敢に立ち向かう姫白龍のことが大好きだった。美紀は夢魔との戦い以降、精神的な後遺症が残っていたが、姫白龍の話に聞き入るうちに、少し以前の明るい自分を取り戻すことができた––––––龍の娘には傷ついた美紀の精神を癒す不思議な力があるように思われた。
「天帝釈はヤマ族を毒殺して滅ぼした張本人だった。ヤマは天帝釈だけは絶対に許せなかった。自分も天帝釈を敵だと思い込んでいた。でも天帝釈はあの時魔族を相手に戦っていた。あたしは自分でも何だか変な感じがした。自分はいったいどっち側なんだって––––––
しかも、天帝釈を殺したのは、ヤマの銀の矢でも、あたしの龍の力でもなかった。魔将軍が光の中から天帝釈に向かって放った白光が決め手だった。まるでヤマとあたしは魔将軍に助けられたみたいなものだった」
「そうだったのね。でも須弥族がヤマの敵だったんなら仕方がないよ。こう見えても私もヤマの戻りなんだから」
そう言って美紀は笑った。美紀が笑ったのは、夢魔との戦いのあとこれが初めてだった。
「我の先兵が味方の軍の将を討たれてよく見逃したもんだよ」
総大将の静香は全体の戦況を見守っていたので、乱戦の中で天帝釈をヤマの老女と泥鬼と姫白龍の三人が攻撃したことは知っていたはずだ。
「静香はもともと誰よりも姫白龍の味方なんだよ。私にはわかる」
「きっと我の先兵は自分でも無意識のうちにヤマのやることに目くじらを立てずに容認したんだと思う。ヤマの宮殿とこの霊山の位置関係をみれば、ヤマと我はお隣さんだからね」
「確かにそうね。きっと静香とヤマは深い縁があるに違いない。最初私がヤマの宮殿に行った時には、もう静香が先に来ていたからね」
「あたしは死霊界のリムセって人が美紀の祖先だったのには本当に驚いた。やっぱり美紀は亜空間に深いつながりがあったんだね」
「私はまだ自分が人間界の者だと思っている」
「美紀はもともと亜空間に縁があったから、先兵が人間界から連れてきたんだと思う」
美紀はそんな風に考えたことはなかったが、姫白龍に言われてはっとした。
静香が最初人間界にいたのは意味があったのかも知れない。静香が私を守ってくれたことも、私が静香に強く惹かれていたことも––––––
「あたしは龍になってから、前よりいろんなことがわかるようになった。静香は記憶がしっかりしていない分、霊感や遠知力で知らず知らずのうちにやるべきことはやっているんだ。あたしは最初静香が自分の勝手で美紀をヤマから引き離し、暗黒界に引っ張りまわしているような気がしていた。でもそうじゃなかった。美紀はヤマになりたくなかったんだし、夢術師になる運命だったんだ。静香は無意識のうちに先兵の遠知力で感じていたんだよ。
あたしは伍部浄を早く殺したほうがいいと思っていたけれど、静香は全然気にしていなかった。今になって思えば、ちゃんと先兵の遠知力が働いていて、伍部浄の運命を知っていたんだと思う。
伍部浄が鵬城にあたし達を連れて行って、それがきっかけになって美紀は夢魔を倒して夢術師になった。伍部浄が神兵の軍団を魔街道に導いたから魔軍を撃退する機会が生まれた。伍部浄の役目が終わった時、私が手を下さなくとも魔将が伍部浄を始末してくれた。伍部浄は我の先兵が予想した通りに動いて、最後はちゃんと殺されて消えたのさ」
「静香には霊感で自然に正しい道を選ぶ力があるのね。でも、静香は人間界にいた頃からずっと自分自身に悩んでいた。そして、今またどうしていいかわからなくなっている」
美紀は静香と話さなくとも、テレパシーで静香の悩みを感じ取っていた。
「我の先兵とあたしは似ているところがある。戦う相手が必要なの」
「姫白龍は戦いがないと落ち着かないの?」
「落ち着かないどころか生きていられない気がする。魔族と戦うのが生まれついてのあたしの使命なんだから。自分があとやるべきことは魔将軍の在処を見つけ出して倒すことだと思う。ただそれが実はとてもややこしい話なの」
「魔将軍って相変わらず正体が知れないわね」
姫白龍はこっくりうなずいた。
「魔将軍は光の中にいたはずなのに姿は見えなかったし、どこに消えたのかもわからなかった。追うにも追えなかった。魔将軍がそこにいたのはほんの十秒か二十秒だった」
「霊山龍神宮みたいにポイントからポイントに飛べるのかな」
「そうとしか考えられない。普通の亜空間移動ならどんなに速くてもある程度は追えるはずだから」
「厄介な相手ね」
「ただ、一つだけ手掛かりを見つけた」
「何?」
「秘密なので誰にも言わないで欲しい」
「うん、誰にも言わない」
「魔将軍が天帝釈に放った白光は、あたしの白龍の光と同じものだった」
姫白龍の金色の瞳が悪戯っぽく輝いた。
「ええっ、じゃあ魔将軍は姫白龍と同じ白龍族なの?」
「だから誰にも言わないで。あたししか気がつかないことだから」
「言わないよ。誰にも言わないけど、姫白龍は魔将軍と戦うつもりなんでしょう。でも同じ白龍族同士でどうするのよ?」
「天帝釈と戦った時には、あたしと魔将軍は同じ側にいたけれど、今度出会った時は敵同士になる」
「そんな、同じ種族で戦うなんて無理だと思う。静香に任せたほうがよくないの?」
「あたしはもうわかっているんだ。魔将軍は我の先兵では倒せない。魔将軍を倒すには、魔将軍と同じ白龍の力がいるの。だからあたしがやるしかないって。多分あたしはそのために龍に生まれてきたんだと思う」
魔族を滅ぼすために生まれてきた龍の娘は、魔将軍との戦いが自分の最後の戦いになるだろうと思っていた。魔将軍と白龍の致命的な白光を撃ち合えば、どちらも生きてはいないだろう。それで全てが終わりになるのだ。
しかし、姫白龍は美紀にそのことは言わなかった。
心配そうな美紀の水色の瞳が、姫白龍の金色の瞳を見詰めていた。
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