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亜空間の戦士 弥への道(「亜空間の戦士 暗黒界編」として書籍化)  作者: 亜空間ファンタジー&弥剣龍
第四章 魔将軍
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1 新降魔軍

 慎吾の天眼で、複数の大規模な魔族の軍団が、魔街道にむけて進軍していることが察知されていた。亜空間霊界にむかうには必ず魔街道を通過する必要があり、いったんそこに全軍が集結しようとしているように見受けられた。壊滅的な打撃を受けた甲魔軍は魔軍の中で最大規模の軍団だったが、全ての軍勢が集まると魔軍の規模はその数倍に膨れ上がると予想されていた。

 静香の神兵の軍団は、魔街道の出口の側に戦闘態勢で布陣していた。既に魔街道のむこう側にはいくつかの魔族の部隊が到着していて、いつ何時こちら側に飛び出してくるかわからない状態だった。神兵の軍団は、魔街道から出てくる魔軍を確実に捕捉して撃破し、亜空間霊界には行かせない構えだった。

 静香は魔族のそれぞれの軍団が順次魔街道を抜けてくるなら、出てきたところで各個撃破するし、もし魔軍が予想通り集結して一つの大軍団になるなら、こちらから魔街道を越えて敵地に攻め入り、魔軍に魔街道を越えさせないつもりだった。前回の戦いでは甲魔軍を急襲して破ったが、今回は逆に魔軍が一つの軍団にまとまるのを待っていた––––––今どれか一つの魔族の軍団を攻撃すれば、複数の敵の軍団に包囲される危険があったからだ。

 今回は双方とも総力戦になる。決戦の時は迫っていた。

「来るぞ!」

 金剛大将が魔軍の襲来を知らせた。

 甲冑を着た大きな豹の群れが魔街道から飛び出してきて、土煙をあげて突進してきた。

「あれは獣魔だ。下級魔族で知能は低いが獰猛で素早い。剣で戦うには厄介な相手だぞ」

 前に痛い目にあわされた経験がある伍部浄が言った。

「長槍を出せ」

 金剛大将の号令で、神兵の軍団は剣を鞘に収め、代わりに短い棒状のものに持ち替えた。

「構え!」

 棒状のものが伸びて長槍に変り、たちまち槍衾ができあがった。

「気をつけろ!側面からもう一つ別な部隊が来るぞ!」

 また金剛大将が声を上げた。

 慎吾も静香も予見していなかった軍が、魔街道のこちら側から突然現れた。

 正体不明の一団は、突進してくる獣魔とそれを待ち受ける神兵の軍団の間に割って入り、三叉戟で獣魔に攻撃を仕掛けた。

「あれはどこの者達だ?」

 静香は伍部浄に聞いた。

「見たことがない軍だ。まるで別な神兵の軍団のように見える」

 静香の軍団を攻撃しようとしていた獣魔の群れは、急遽方向転換して唐突に現れた正体不明の部隊に襲い掛かった。

 見知らぬ軍勢は三叉戟を恐るべき速さで使い、跳躍して飛び掛かってくる獣魔を的確にとらえた。武芸の技量の高さは一目瞭然だった。また見慣れない武器で雷撃を放って、獣魔の群れを吹き飛ばした。むしろ襲われているのは獣魔のほうだった。

「あれは金剛杵だ!須弥族の武器ではないか––––––」

 伍部浄は正体不明の軍が何者か思案をめぐらせたが、やはり思い当たらなかった。

 三叉戟と金剛杵を武器とする部隊の戦いぶりは統制がとれており、一人一人が鍛え抜かれた戦士で驚くべき強さを示した。しかも、その中には強い妖力を持った者がいて、獣魔を内部から破壊し、甲冑ごと破裂させて殺した。

 戦いは短時間で勝負がつき、獣魔は多くの屍をさらして退却した。

 獣魔を易々と撃破した部隊の中から、四人の武将が横一列になって、静香の神兵の陣のほうにゆっくりと歩いてきた。いずれも堂々たる体躯で、一軍の将の風格を備えていた。

 三叉戟は折り畳まれてしまわれ、戦う意図がないことを示していた。

 四人の武将の背後に、どこからともなく、白象に乗った総大将と思しき者が現れた。四人の武将は白象の四方を守るように取り囲む陣形をつくり、一行は象の歩みに合わせて近づいてきた。

 静香は霊感でつぶさに相手の力量を見て取ったが、武芸も妖力もただ者ではない集団だった。敵意が感じられなかったので、静香は長槍を構えていた神兵の陣を開かせて、一行を招き入れた。

「天帝釈にあられる」

 四天王の一人、千里眼の毘楼(びる)(ばく)(しゃ)が告げた。毘楼(びる)(ばく)(しゃ)はそれ以上何の注釈も付けず、天帝釈を知らぬ者はいないだろうと目で言った。

 白象に片乗りした人物は重さの無いもののように象から降り立った。髪を宝髻に高く結い白い衣に金の胸当てと肩当てをつけた天帝釈は、四天王ほど大柄ではなかったが恰幅がよく、整った顔立ちに切れ長の目が智略に満ちた光を放っていた。

 毘楼(びる)(ばく)(しゃ)毘楼勒(びるろく)(しゃ)提頭頼吒(だいずらた)毘沙門(びしゃもん)、四天王は甲冑に身を固め、威風堂々として見るからに無敵の衆と見えた。四天王の金をちりばめた豪華な彩色が施された甲冑と装束は最上級の将軍の地位を示していた。姫白龍から受けた毘沙門の傷は何事もなかったかのように()えていた。

 飛び上がるほど驚いたのは須弥族の正統を自称していた伍部浄だった。滅びたはずの須弥族の天帝が、四天王と近衛軍を従えて現れたとなると、伍部浄の位置づけは根底から崩れ去る。伍部浄は何とか自己主張をしなければならなかった。

「我こそはこの軍を率いる降魔大将の伍部浄、須弥族の末裔だ」

 小男の伍部浄が静香の前にしゃしゃり出て、胸を張り背伸びして声を張り上げた。

 天帝釈は、意味不明なことを叫んでいる緑色の肌の小男に、(さげす)んだような一瞥(いちべつ)をくれただけで相手にしなかった。

 毘楼勒(びるろく)(しゃ)が進み出て、太い腕で伍部浄を脇に押しのけた。

「天帝は我の先兵をご訪問されたのだ。ククノチ族の小倅(こせがれ)に用はない」 

 恐ろしい形相の毘楼勒(びるろく)(しゃ)(にら)みつけられた伍部浄は、蛇に睨まれた鼠の如く二の句が継げず、うなだれて引き下がった。

「我の先兵、御子神静香」

 静香は一歩前に出て天帝釈を迎えた。

 天帝釈は静香に会釈し、四天王を一人ずつ紹介した。

 静香は、摩訶(まか)天眼(てんがん)の慎吾と夢術師の美紀を紹介した。

 天帝釈は慎吾と美紀のそれぞれに軽く会釈し、静香に向き直った。

「余が降魔軍を起こして以来、既に六度目の龍玉の年を迎えた。魔族がこぞって攻め寄せる龍玉の年は、むしろ魔族を一網打尽にして殲滅する好機となる。魔族を滅ぼす志を同じくするならば、須弥軍と我軍は合力して魔軍に当たるべし」

 天帝釈は単刀直入に静香との同盟を申し入れた。

「それはこちらも望むところだ。魔軍は今魔街道の向こう側に集結しつつある。ほどなく今までにない大規模な戦いになるだろう」

「わが須弥族の近衛軍は見ての通り、精鋭ながら数は五千に満たない。魔族の大軍と相対するには部隊がいささか小さ過ぎる」

「兵力が不足なら、同じ須弥族という伍部浄の軍と協力して欲しい。強力な念動師の部隊を持っている。須弥族の近衛軍との連携なら、伍部浄も働きやすいと思うがどうだ?」

 伍部浄は静香に意表を突かれたが、咄嗟に須弥族と協力するのが自分にとって得策と判断して了解した––––––伍部浄は自分の正統性を認められるためには、天帝釈に(こび)を売ってお墨付きを貰うしかないと考えた。

 天帝釈は伍部浄を歯牙にも掛けなかったが、兵力をもらい受けることに異存はなかった。

「魔軍の正面は我の神兵の軍団が引き受ける。須弥軍は魔軍を側面から攻撃して崩してもらえれば助かる。たったいま獣魔に対してやってみせたように」

「承知した。魔軍を突き崩してみせよう」 

 天帝釈は請け合った。

「魔街道を出てくる敵はこの場で撃滅するが、魔軍が向こう側に集結すればこちらから魔街道を越えて攻撃を開始する。攻撃を開始する時は連絡する」

 静香が言うと、天帝釈の一行は白象も含めて消えた。

「千両役者の天帝釈が突如彗星の如く現れて、挨拶代わりに獣魔を蹴散らして見せたのう」

 一部始終を見守っていたズクが唸るように言った。

「天帝釈には強い妖力を感じた。四天王は妖力も強いが武芸の腕も立つ。数が少なくても十分一翼を担えるだろう」

 静香は須弥軍の戦闘力を高く評価していた。

「須弥族は魔族と暗黒剣士に根絶やしにされたかと思っておったが、最強の精鋭部隊を温存しておったな。勇猛にして智将の誉れ高い天帝釈らしい登場の仕方じゃ。何はともあれ、魔族との戦いに心強い味方を得たものじゃ」

 ズクも須弥軍の到来を歓迎していた。

「美紀はどう思う?」

 静香は須弥族に敵対するヤマと姫白龍のことが気になった。

「姫白龍は天帝釈が隠れていた閉鎖空間に忍び込んで、四天王の一人と戦い、両方が傷ついた。天帝釈は姫白龍を警戒している。天帝釈も四天王も私がヤマの戻りだということには気付かなかった。もし気付いたらただでは済まない」

 ––––––美紀はテレパシーで天帝釈と四天王の思考を読んだのだ。

「姫白龍から何か連絡は?」

「まだ帰ってこないし、連絡もない。姫白龍がここにいなくてよかった」

 静香は、須弥族とヤマの深刻な敵対関係のことを深く考えずに、天帝釈との同盟を受け入れてしまったが、実はこれは美紀には大変危険なことだった。まかり間違えば、美紀にとって天帝釈や四天王は魔族よりも恐ろしい敵になりかねなかった。

 もっと現実味のある問題は、ヤマの老女と姫白龍が天帝釈を攻撃することだった。静香は姫白龍が四天王の一人と戦って傷ついたことを知らなかった––––––龍の娘は大胆不敵なことを平気で実行するのだ。

 ヤマと姫白龍のすることは止められないが、須弥族を魔軍との戦闘に専念させて美紀のことを悟らせないのが重要だ––––––

 静香はヤマと須弥族の争いがどうあれ、美紀だけは自分が絶対に守ろうと思った。

 その時、金剛大将が今日三度目の警報を発した。

「騎馬隊がむかってくる。その数約五千」

 またどこからか新たな部隊が現れた。神兵の軍団は敵の攻撃に備えて長槍を構え直した。

 恐ろしく速い騎馬隊は、あっという間に静香の軍の前に陣取った。同じ五千でも須弥族の歩兵と違って騎馬隊の軍団は大きく見えて壮観だった。黄色い三角形の旗に毘羯羅の三文字が記されていた。

 その中から一騎、将軍らしき武将が大きな黒毛の馬をゆっくり走らせてきた。黒い甲冑と装束で兜だけが宝石で装飾されていた。

「魔族ではないよ。戦う気はない」

 美紀が言った。

「夜叉軍の毘羯(びか)()だ」

 夜叉族の将は名乗り、馬からふわりと飛び降りて静香の前に着地した。

 静香は毘羯羅は一人でなく、夜叉族の多くの妖気に取り巻かれているのを感じた。

 毘羯羅は大柄で頭一つ静香より背が高かった。形相は仁王の如く恐ろしげで、声は太いが女の声だった。

 兜の額の部分が広く開いており、静香は戦闘時にはそこに第三の眼が開くことを霊感で感じ取った。

「我の先兵御子神静香」

 静香は毘羯羅に会釈して名乗った。

「捷鬼党忍軍の姫白龍からの知らせを受けて参上した。九千年の降魔戦の末、私の知る限り残存する降魔軍は我らのみだ」

 また姫白龍か––––––

 天帝釈の須弥軍が現れたかと思ったら、今度は申し合わせたように夜叉軍が現れた。何千年振りのことが次々と起こり、どれにも姫白龍が絡んでいた。姫白龍の単独行動が結果として我軍と須弥軍と夜叉軍の奇跡的な巡り合いを実現させたのだ。

「ズク族のズクじゃ。夜叉軍とここで出会えたのは僥倖(ぎょうこう)じゃ。しかし、阿修羅軍はどうなったのじゃ?」

「阿修羅軍の消息は我らにも不明だ。降魔軍が暗黒界に侵攻を開始して以来、阿修羅軍とは一度も出くわしたことがない」

「大軍だった夜叉軍はたったこれだけしか残っておらんのか?」

「十二人の将のうち十一人までが魔将軍に討たれた。夜叉族の王、瑠璃光王も然り。残ったのはこの毘羯羅だけだ」

 八万四千いた夜叉軍が残り僅か五千とは、ほぼ全滅に近かった。

「魔軍との戦いには兵の数だけではなく、魔軍の手の内を知っていることが大事だ。歴戦の夜叉軍が来てくれたのは大変心強い」

 静香は毘羯羅と夜叉軍の到来を歓迎した。

「魔軍は複数の師団が合体して混成師団となるだろう。異なる妖力を持ち、異なる戦い方をする者達を同時に相手にすることになる。兵力は少なくとも夜叉軍の二十倍は下らない大軍だ。

 しかし、真に恐るべきは魔軍の数ではない。乱戦の最中に突如現れて将だけを斬る魔将軍の存在だ。魔将軍の動きは予測し難く、いつどこに現れるかわからない。戦場に現れるのはほんの一瞬で、その一瞬で将を倒す。消え去る時も速過ぎて追えない。魔将軍はこの戦いでも必ずや現れるだろう。

 魔将軍を倒すのはこの毘羯羅の役目だと思っている。私には十一人の夜叉将軍と瑠璃光王の妖気がついている。

 阿修羅軍が残存している可能性は高くない。阿修羅軍はいち早く暗黒界深く入り込んだので、夜叉軍よりも先に魔将軍にぶつかっただろう」

「将だけを狙うのは彼の暗黒剣士もそうだった」

 静香は魔将軍と暗黒剣士の共通点に思い当たった。

「夜叉軍は()とは戦ったことがない。暗黒剣士は須弥軍を標的にしていたのではないか。見たところ天帝釈の軍勢も参集しているようだな。やはり天帝釈は死んでいなかったか」

「須弥軍と協力して魔軍に当たることで話はできている」

「夜叉軍と合わせれば、まるで新降魔軍だな。阿修羅軍が我軍に代わったが。これで魔軍と雌雄を決するに十分な顔ぶれが(そろ)ったというものだ。この毘羯羅も存分に戦ってくれよう」

「紹介が遅れたが、摩訶天眼の慎吾と夢術師の美紀だ」

「夢魔を倒した夢術師の話は姫白龍から聞いた」

 毘羯羅は賞賛するように美紀に笑顔をむけたが、美紀は無表情のままだった。

「魔族が集結している空間には三つの亜空間通路がある。霊山龍神宮が通れるのは魔街道だけだが、夜叉軍と須弥軍は別な亜空間通路からでも侵入できる。三つの軍で三方から攻めると敵を混乱させられるだろう」

 慎吾が言った。

「摩訶天眼の言う通りだ。わが夜叉軍は、機動力があるから、敵の背後に回って挟撃しよう。須弥軍には側面から攻撃させればよかろう」

 毘羯羅は慎吾の戦術に賛成した。

「魔軍が集結し終わったところを見計らって攻撃する。これで攻撃開始の時を知らせる」

 静香は霊感鈴を毘羯羅に手渡した。

 夜叉軍は敵の後方に回るために、直ぐさま進発した。亜空間移動で駆ける高速の騎馬隊はあっという間に消え去った。

 静香は伍部浄にも霊感鈴を渡して、須弥軍とともに側面に回るように言った。伍部浄の軍と須弥軍も移動を開始した。

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