表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
亜空間の戦士 弥への道(「亜空間の戦士 暗黒界編」として書籍化)  作者: 亜空間ファンタジー&弥剣龍
第三章 隠者
20/32

3 閉鎖空間

 微かな気の揺らぎを感じて、天帝釈は乗っていた白象の歩みを止めて、辺りの気配を伺った。

「いかがなされました?」

 隣に座っていた皇妃が天帝釈の挙動を怪しんだ。

「今、長年忘れていた(よこしま)な妖気を感じたような気がした」

 閉じられた空間にはよそ者が入り込む余地はないはずなのに、それは外部から来たとしか思えなかった。天帝釈は閉鎖空間内を知覚力で走査したが、何も不審なものは見つけられなかった。封鎖された亜空間通路もしっかり閉じていて、いつもと変わりはなかった。

「はて、気のせいだったかな」

 天帝釈は思い直した。

 熱帯樹が生い茂った濃密な森の中、白象は石畳の道を、またゆっくりと歩み始めた。かつては(いくさ)に使われた戦象も、今では皇妃とのくつろいだ散歩のための乗り物だった。

「妖気などを感じる気がするのは、この生活に嫌気がしてきたせいではありませんか?」

 皇妃は疑わしげな視線を投げ掛けてきた。

「そんなことはない。今以上に何を望むことがあろうか」

「あなた様のように天を統べるお方が、わたくし如き者と、長年こんな狭い世界に閉じ籠もって暮らしているのが不本意なのはよくわかります」

 天帝釈はこの手の会話はすべからく、皇妃の罠であることを長年の経験から学んで知っていた––––––二人が閉鎖空間に姿を暗ませてから既に九千年近くの年月が流れていた。

「何を言うのだ。其方(そなた)と二人ここでこうして暮らせることこそ至上の幸せだ。煩わしい外界のことなど思い出したくもない」

 天帝釈は完璧な答えをした。しかし、皇妃は一枚上手だった。

「わたくしと一緒にいる時に妖気を感じるのは、あなた様の心の中に、わたくしを(うと)む気持ちがあるからではありませんか?」

「何を言い出すやら––––––」

 天帝釈は皇妃の疑いを強く否定した。

「わたくしが阿修羅族の不快な妖気を漂わせるので、阿修羅族との戦いに明け暮れた日々を思い出されるのですよね」

 天帝釈は早くも妖気について口に出したことを後悔していた。皇妃とこの類の会話に引きずり込まれることほど難儀なことはなかった。皇妃は天帝釈がいくら強く否定しても、どんどん勝手に思い込んで立腹してしまう。いったん皇妃の機嫌を損ねると、静かな隠遁生活が悪夢に変わる。天帝釈は皇妃の機嫌を直させるまでに、色々なあの手この手を講じなければならなくなる。

 皇妃の機嫌取りをしているくらいなら(いくさ)をしていたほうがまだましだ––––––

 そんな本音を漏らそうものなら、もっと飛んでもないことになってしまう。天帝釈はこんな時はひたすら耐えて、暗雲が去るのを待つしかないことを心得ていた。

 天帝釈が皇妃に手を焼いていた時、姫白龍は大胆不敵にも白象の中に忍んでいた。姫白龍は天帝釈と皇妃の会話を聞きながら、天帝釈を刺すべきかどうか迷っていた。

 姫白龍は自分の短剣を、天帝釈の背に深く突き刺すことはできると思った。しかし、それくらいで葬れる相手とは到底思えなかった。

 阿修羅王でさえ殺すことのできなかった相手だ。せめて龍の力が使えなくては歯が立たない––––––

 ここまで接近していながら悔しかった。

 ヤマの老女と泥鬼に相談して手を考えなければ––––––

 そのために姫白龍はもう少しこの空間を探っておこうと思った。

 天帝釈と皇妃を乗せた象は、散歩道を一回りして皇邸に戻ってきた。瀟洒な造りの皇邸は戦時に備えた城ではなく、攻め入るのは簡単そうだった。天帝釈と皇妃が邸内に入ったのを見届けてから、姫白龍はするりと象の体内から姿を現した。

「何者だ?」

 背後で急に野太い声がした。

 姫白龍が振り替えると、そこには大柄な悪鬼の如き形相の武将が立っていた。姫白龍はこの閉鎖空間には天帝釈と皇妃の二人切りしかいないと思っていたので虚をつかれた。

 気配はなかったのに、隠遁の術に長けているのか––––––

 抜かったが見つかってしまったからには仕方がない。むしろどういう奴らがいるのか見てやろう––––––

 姫白龍は腹を決めた。

「あたしは白龍族の姫白龍。お前こそ何者だ?」

「須弥族の四天王の一人、毘楼勒(びるろく)(しゃ)だ。白龍だと?」

 毘楼勒(びるろく)(しゃ)は姫白龍を睨みつけ、小娘を斬る前に見えざる仲間に呼び掛けた。

毘楼(びる)(ばく)(しゃ)よ、お主の言う通り狼藉者が入り込んでいたぞ」

 もう一人の四天王、毘楼(びる)(ばく)(しゃ)は音もなく姫白龍の背後に現れた。毘楼(びる)(ばく)(しゃ)は目を細めて姫白龍を細かく観察した。

 千里眼だ––––––

 姫白龍は毘楼(びる)(ばく)(しゃ)が自分をいち早く探知した異常に鋭敏な知覚力の持ち主と察した。

毘楼勒(びるろく)(しゃ)よ、白龍の消息は長らく聞いたことがなかったが、この娘は確かに龍に見える。提頭頼吒(だいずらた)は白龍について何か知っているか」

 毘楼(びる)(ばく)(しゃ)は、第三の四天王、提頭頼吒(だいずらた)に呼び掛けた。

「白龍は阿修羅族に近い。龍族では異端だ。毘楼(びる)(ばく)(しゃ)の警戒網を潜り抜けてここに忍び込むとは、小娘とはいえ只者ではないな」

 提頭頼吒(だいずらた)がそう言いながら姿を現した。姫白龍は大きな三人の武将に三方から取り囲まれた。

「四天王というからには、もう一人いるはずだな」

 姫白龍は大胆にも、最後のもう一人の四天王を自分の目で確かめようとした。

毘沙門(びしゃもん)は近衛軍の教練中だ」

「四天王だけでなく近衛軍までいるのだな」

 姫白龍はいい情報を得たと思った。

 どこかに軍団まで隠しているとは––––––

「この娘をどうする?斬るか?」

 気の短い毘楼勒(びるろく)(しゃ)が剣の柄に手を掛けた。

 姫白龍は頭から、イヤシビからもらった青い玉のついた(かんざし)を抜いた。

「少し手荒になるから、怪我をしたくなければ下がっていたほうが身のためだよ」

 姫白龍は今にも簪を投げようとした。

「ま、待て」

 千里眼の毘楼(びる)(ばく)(しゃ)は、すぐにその簪が恐るべき破壊力を秘めた反物質弾であることを察して後退った。他の二人も毘楼(びる)(ばく)(しゃ)の様子から、姫白龍が手にしているものが危険物であることを悟って後ろに下がった。

「悪いけど、これ一発でこの空間内部の物質を全て消し飛ばす威力があるから、それくらい下がっても意味がないよ」

「止めろ。自分自身も消し飛ばすつもりか?逃してやるからここでそれを使うのはよせ」

 毘楼(びる)(ばく)(しゃ)がなだめるように言った。

 脅しは成功した。姫白龍ニヤリとして亜空間通路にむかって走った。三人の武将は追ってこなかった。

 姫白龍は、赤い玉のついた簪を使って亜空間通路を開いて閉鎖空間を飛び出し、待っていた赤夜叉に飛び乗った。

 その時、何者かが背後から斬りつけてきた。姫白龍は咄嗟に短剣で受け止めようとしたが、相手の太刀筋が鋭くて受け切れず、肩口を斬られた。

 重い痛みに打たれ、傷口から緑色の火花が飛び散った。

 斬ったのは四天王の一人、毘沙門だった。毘沙門が間髪を入れず、姫白龍に止めの太刀を振り下ろそうとした時、姫白龍の体から龍が現れて、毘沙門に向かって眩い白光を放った。

 剣を振り上げていた毘沙門の腕の付け根がえぐられ、傷口から激しく緑色の火花が散った。

小癪(こしゃく)な!」

 毘沙門は取り落とした剣を別なほうの手で拾おうとした。

「いけ、赤夜叉!」

 毘沙門があとを追おうとした時、姫白龍の姿は馬もろとも消えていた。あまりの逃げ足の速さに手傷を負った毘沙門は追いかける気力を失った。

 手負った姫白龍を乗せた赤夜叉は、猛烈な速度の亜空間移動で突っ走った。


 龍の娘が逃げた後で、天帝釈は毘楼(びる)(ばく)(しゃ)から事の次第の報告を聞き、負傷した毘沙門を見て驚いた––––––やはり天帝釈が気になった妖気は本当で、閉鎖空間に忍び込んだ者がいたのだ。

 いったいどうやってこの場所を嗅ぎつけ、どうやって入り込んだのかは謎だった。

 天帝釈は静かな時の終わりと新たな戦乱の始まりを予感した。

 鳩摩(くま)()王の死も、須弥族の凋落さえも見て見ぬ振りをしてきたのに、隠し空間に龍の娘が潜入したことで、天帝釈の九千年におよぶ「短い」隠棲は終わりを迎えた。

 天帝釈が生きていたことは、あっという間に暗黒界、辺境地域、亜空間霊界の隅々まで伝わるだろう。

 龍玉の年に戦乱が起こらざるわけがない。いずれ巻き込まれるなら、打って出て主導権を握り、勝ちを得て見せよう––––––

 天下人天帝釈の腹は固まった。

 

ブックマークと★★★★★評価お願い致します!


お読みいただき誠にありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ