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亜空間の戦士 弥への道(「亜空間の戦士 暗黒界編」として書籍化)  作者: 亜空間ファンタジー&弥剣龍
第二章 暗黒界
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4 魔街道

 鵬城で一人夢魔と戦った美紀は、意識を取り戻したものの元の美紀ではなかった。

 真っ白になっていた目には薄っすらとした水色の瞳が現れたが、黒い瞳だった美紀とは別人のように見えた。

 夢魔は心理攻撃で、ありとあらゆる恐怖と嫌悪の渦の中に美紀を突き落とし、精神を破壊しようとした。美紀は、夢魔の攻撃を受けながらも反撃を続け、自分の精神が破壊される前に夢魔の精神を破壊した。しかし、美紀も無傷ではすまず、回復不能な精神的損傷を被った。美紀は夢魔に勝ったが、肉を切らせて骨を切る戦いだったのだ。

 美紀は視覚を失っていた。夢魔におぞましい光景を見ることを強要され、それを遮ろうとした美紀の精神が、自らの視覚を殺してしまったのだ。

 視覚を失っただけでなく、美紀の無邪気な明るさは影を潜め、口数もめっきり少なくなった。夢魔との戦いのあとは、外見だけではなく、性格ももう前の美紀と同じではなかった。記憶槽に植え付けられた恐怖と嫌悪を完全に拭い去ることができず、美紀の精神はいつも心のどこかで忌まわしい記憶と戦い続けているのだ。

 美紀の精神は傷ついたが、成長した部分もあった。光学的な視覚を失った分、それを補うより感受性の高い霊感視野が生まれ、ものをあたかも目で見ているかのように認識することができるだけでなく、肉眼では見えない妖気の姿まで見えるようになった。

 かたや夢魔のほうは完全に精神を破壊され、無力で(ほう)けた妖気となってひたすら美紀から遠くへと逃げ去った。夢魔は心理攻撃を行う能力を失っただけでなく、知性が崩壊して思考そのものができなくなった––––––美紀は夢魔の精神を無力化し、痴呆化し、実質的に殺したのだ。

 夢魔は魔族の中でも最も強力な妖力を持つ者とされていた。鵬城に夢魔を封印した者は何者であれ、夢魔の強力な心理攻撃をかわして地中に封じ込める、恐るべき空間操作の力を持っていた。しかし、その者でさえ夢魔を破壊することができず、封じ込めるのが精一杯だったと思われた。

 ズクは妖気の封印となっていた古代戦士の石像が唱えた呪文は、阿修羅族の真言だったという。強力な夢魔を封印したのは、やはり強力な妖力を有する阿修羅族だったのだ。でもなぜ消息を絶った阿修羅族が、須弥族が築いた鵬城の内陣に夢魔を封印したのか––––––内陣は遥かに古い時代に阿修羅族の手でつくられ、後代に須弥族がその周囲に鵬城を築いたとしか考えられなかった。

 美紀は事実上夢魔を滅ぼし、阿修羅族でさえできなかったことを成し遂げた。そのために美紀は大きな犠牲を払った––––––視覚を失い、心に癒えることのない傷を負った。しかし、人間界から来た美紀が、亜空間最強の妖魔の一つである夢魔を打ち破ったことは、亜空間の歴史に残る偉業になった。

 ズクは亜空間では、傑出した能力を持つ者には、相応しい称号をつけて呼ぶのが(なら)わしだと言う。

 夢術師(むじゅつし)––––––ズクは美紀に称号を付与して褒めたたえた。ズクは亜空間霊界の歴史を伝えるのが役割なので、夢術師の美紀は永久に亜空間の歴史に名を残すことになった。

 美紀がヤマの後継者とみなされているのも、もはや不思議でも何でもなくなった。ヤマの老女でさえ、心理攻撃の力では美紀に及ばないものと思われた。

 静香も姫白龍も美紀が視覚を失い、心に傷を負ったことにさほど同情する素振りは見せなかった。二人とも戦士は傷つきながら成長するものだと思っていたし、美紀が失ったものよりも、得たもののほうが遥かに大きいことをよくわかっていたからだ。

 一方、伍部浄はすっかり面目を失っていた。自慢にしていた妖力が夢魔に全く通じなかっただけでなく、美紀との力の差が歴然となった。暗黒界の地理に詳しいと豪語していたが、鵬城に封印されていた夢魔のことも知らず、案内役としての無知を(さら)け出した。

 それでも厚顔無恥な男は傲慢な態度を変えなかった。

「次の目的地は魔街道、魔族の居住地への入り口だ。鵬城から先はますますもって俺がいなければ進むことは困難だ」

 醜態を晒した伍部浄は早く鵬城を出て場を替えようとした。

 姫白龍は静香に(よこしま)で役立たずな伍部浄を殺そうと言ったが、静香は(がえ)んじなかった。静香は武人であるが、姫白龍と違って人を(あや)めることには慎重だった。

 霊山龍神宮と伍部浄の船団は、昔から降魔軍やククノチ族の交易商に知られていた魔街道––––––魔族の領土へ通じる大型亜空間通路にやってきた。霊山龍神宮の大きさでも通過することができる数少ない大型の亜空間通路の一つで、魔街道の開口部は巨大な渦状星雲のように渦巻いていた。回転速度が速く、スパイラル状に引き込まれそうな力が感じられた。逆に向こう側からいつ魔族の大軍が飛び出してこようとも限らない。

 ククノチ族の交易船は古代よりこの亜空間通路を使って往き来していたが、伍部浄は自分では魔街道に足を踏み入れたことがないらしく、すぐに飛び込んだものかどうか躊躇していて、軍船を停止させて様子を伺っていた。

 その時、魔街道の開口部から、一機の単座戦闘機が飛び出してきた。それはカルラ族のデザインだったが、キラキラと紫色の光彩を放っていた。

「慎吾––––––」

 美紀が呟いた。

 静香も霊感で、その単座戦闘機に慎吾が乗っていることを知覚した。しかし、静香は慎吾が一人だとは思えなかった。

「慎吾ともう一人誰かいるみたいだ」

 静香、美紀、姫白龍とズクが見守る中、紫色に光る結晶質の単座戦闘機は龍神宮本殿正面の平舞台に音もたてずに着地した。

 フードが開き、慎吾が降りてきて、皆に元気そうに手を振った。

 それと同時に単座戦闘機はパタパタと折りたたまれて変形し、アメジスト色の少女の姿になった。

 慎吾とマイナミは肩を並べて、皆に歩み寄った。

「みんな、心配させてごめん。暗黒界の状況や魔族の動きを調べていて時間が掛かったんだ。連れて帰ってこられなかったけれど、衛門も無事だから安心してくれ。この子はマイナミ。見ての通りいろいろな形状に変形できる。暗黒界で僕が危なかったところを助けてくれた」

 慎吾はいつもと変わらぬ明るい調子でマイナミを紹介した。

 マイナミは会釈したが、静香を一目見て深く感心した様子だった––––––静香が、マイナミが生成できない唯一の物質、時空流動体でできていることに気付いたからだ。マイナミはそのような存在に接するのは生まれて初めてだったので、一目見て間違いなく我の先兵だと思った。時空流動体のせいで、静香はマイナミの物質を操る能力とは対極の時空を操作する力を持っているのだ。

 一方でマイナミは静香の物質的不安定性を感じた。時空流動体は時空を超えて漂う性質があり、凝集した状態を保てなくなると時空に幅広く拡散してしまう。その点安定した物質の結晶オロスでできている自分のほうが、存在としては余程確立していると思った。

 時空を超えて存在できる者は裏返せば物質的には不安定で、かつ時空の不安定性を引き起こすのだ。

 マイナミは我の先兵が時空の歪みを生じさせた原因であることを実感した。

 静香の霊感もマイナミが現れた瞬間に激しく刺激された––––––静香がずっと前に知っているべきだったことが、一度に頭の中に雪崩れ込んできた。

 それまで静香はシズカミの記憶でキリタテ、イヤシビ、カクリミの三人と、彼の暗黒剣士については認識していたが、カクリミが彼の暗黒剣士の再来を防ぐためにマイナミをつくり出したことは知らなかった。マイナミが生まれてきた際に、姫白龍が想定外で現れたことも知らなかった。

 ようやく静香は御子神静香の出現時に起こったことの全てを理解した。

 マイナミと姫白龍は我でも彼でもなかったが、その体の中には静香と同じ時空流動体が少量ではあるが存在していた––––––静香とマイナミと姫白龍の三人は同じ再凝縮の過程で生まれてきたのだ。

 この三人が霊山龍神宮で一緒になったのは偶然だったが、静香は三人の間に運命的なつながりがあり、何かが連鎖して起こる予感がした。

 静香は初対面でマイナミに好意を持った––––––マイナミが精神的にも穏やかで安心できる人柄であることを霊感で感じ取った。

 マイナミは静香については深い興味を持つとともに、静香がマイナミに対して感じたのと同様安心感を抱いた。が、姫白龍に対しては一目見ただけで警戒心を持った。姫白龍の体は異常な物質の組み合わせでできていた––––––魔族に似た龍の基質に加えて、僅かではあるが我の先兵と同じ時空流動体とマイナミの結晶オロスが混合していた。

 時空流動体も結晶オロスも微量しか持たない姫白龍は、時空を超える能力も物質を扱う能力もなかった。その代わりに強力な白龍の力を持っており、静香とは別な意味で不安定だった––––––姫白龍の存在は龍と人との間で揺れ動くのだ。

 しかも、姫白龍はマイナミの前身である暗黒剣士の気性を受け継いでいた。マイナミは姫白龍がいつ龍になるか知れないと思ったし、その時には暗黒剣士の性質が蘇る危険があると思った。

 ものに動じない姫白龍は、マイナミの変身能力を見ても眉一つ動かさなかった。姫白龍はマイナミが自分に疑問を抱いたことを敏感に感じ取ったし、友達になれる相手とは思わなかったので挨拶さえしなかった。

 美紀は俯いていたが、目を開いて慎吾を見た時、慎吾は一瞬凍り付いた。

「美紀、その目は?」

 美紀は無言で答えなかった。

「慎吾、美紀は強力な妖力を持つ夢魔と戦って打ち負かした。その戦いの影響で今は視力を失っているが、視覚ではなく心眼で以前にも増してものは見えている」

 美紀が黙っているので静香が代わって答えた。 

 慎吾には美紀が外見だけでなく、態度もすっかり変わってしまって、まるで別人のように思われた。

 普通なら美紀は無事に帰ってきた自分を、喜んで大騒ぎして迎えてくれたはずだ––––––

 慎吾はすっかり変わってしまった美紀にどう接したらいいのかわからなかった。

 感受性の強いマイナミは、慎吾が美紀に深い感情を抱いていることを即座に見抜いた。マイナミは動揺している慎吾の心を落ち着かせようと、その手を握った。

 美紀はそれを見ても何も反応しなかった。


 慎吾がもたらした暗黒界に関する情報は、それまでのズクや静香の亜空間の常識を根底から覆した。魔街道の向こう側の暗黒界では、無数の泡状空間が形成されつつあり、それとともに新たな魔族が生まれてきていることは戦慄的な事実だった。

 泡状空間をつなぐ亜空間通路の知識も対魔族の戦略上極めて重要だった。亜空間通路は泡状空間を複雑に連結しており、中には不安定なものもあった。どの亜空間通路が安定していて、かつ霊山龍神宮のような大きなものを通過させることができるのかを知らなければ戦略が立てられなかった。

 今や慎吾は誰よりも暗黒界に通じていた。どんな天眼通師も見通せない入り組んだ泡状空間を、ワームの情報力と電子脳にも匹敵する慎吾の頭脳の解析力で、細部まで見通すことができた。

 慎吾は空間把握力の精緻さにおいては静香をも上回っていた。暗黒界に住む魔族でさえ、慎吾ほどに整理された知識を持っていないのでないかと思われた。

「この亜空間通路の向こう側は、魔族の巣だ。泡状空間から魔軍は集結してきていて、時間が経つと膨大な数に膨れ上がるだろう。今のうちなら霊山龍神宮の神兵できっと打ち破れるから、先制攻撃を仕掛けたほうがいい」

 慎吾の考えが作戦行動の指針となった。

 ズクは慎吾の力に大いに驚き、美紀に夢術師の称号をつけたように、慎吾にも称号が相応しいと考えた。

 亜空間では遠く離れた空間の状況を見通す力のある者を伝統的に天眼通師(てんがんつうし)と呼んでいた。慎吾は過去に知られた天眼通師の中でも、図抜けた力を持っていた。

摩訶(まか)天眼(てんがん)と呼ぶに相応しい!」

 ズクは慎吾に偉大なる天眼通師という意味の称号を与えた。

「これ以上ない暗黒界の案内人がいるのだから、もはや伍部浄を生かしておく意味はなくなったね」

 また姫白龍の鋭い目の奥に危険な光が煌めいた。

 その時、静香の遠知力が働いた–––––伍部浄の死の瞬間が静香の脳裏をよぎった。同時に静香は伍部浄の役割がほぼ終わったことを悟った。静香が前から感じていたように伍部浄は生き延びられない運命だった。ただ、伍部浄を殺す者は姫白龍ではなかった。やはり伍部浄の命を狙う者は他にもたくさんいたのだ。静香の予知は正確だ。伍部浄が如何に偉ぶろうが、哀れな男の末路はもう決まっていた。

「伍部浄には時空が与えた役割と運命がある。姫白龍が手を下さずとも、時空に任せておけばいい」

 静香は姫白龍に謎めいたことを言った。

「ふーん、そういうことか」

 意外なことに姫白龍は、静香の意味するところをすんなりと理解した––––––戦闘的な気質とは裏腹に、龍の娘は怜悧な頭脳を持ち、悟りが早いのだ。


 慎吾とマイナミがもたらしたもう一つの大きな驚きは、時空の(ひず)みによる亜空間の不安定化と消滅の危険だった––––––魔族の脅威だけでなく、亜空間全体の存亡の危機が迫っていた。

 時空の歪みと亜空間の不安定化については、マイナミが誰よりも深く理解していた。

 亜空間の不安定化は繰り返し行われた時空操作によって発生した時空の歪みの蓄積によるものであること、新しい泡状空間の誕生は、不安定化している亜空間が全体崩壊を免れるための自衛的現象であること、時空の不均衡を安定させる力がある物質結晶オロスはその絶対量が極端に不足していることをマイナミは説明した。

「千五百年前に、()が魔族を時空に消散させたことが原因だったのか?」

 ズクがきいた。

「私が造物師から聞いた限りでは、それが泡状化を大きく加速させたといいます。でも時空の歪みはもっと古い時代から発生してきたようです」

 シズカミは既に千五百年前に、遠知力で先兵の異常出現とそれに伴う亜空間の消滅を予知していた。それが故にシズカミは自ら静香を斬るために、千五百年の時を超えてきたのだった。

 静香は自分の使命は魔族を撃退することだと思っていた。しかし、シズカミが予知していた亜空間消滅の危機は魔族の侵攻と同じくらい差し迫った問題のようだった。

「時空の歪みを解消するための方策は何かあるのか?」

 今度は静香がきいた。

「もし、亜空間に時空安定化物質結晶オロスを十分な量拡散させることができれば、論理的には均衡を回復することができます。泡状化が停止し亜空間の崩壊も回避することができるはずです」

「霊山龍神宮は物質の生成能力があるから、それを利用することはできないだろうか?」

 静香は霊山龍神宮が長い時間を要したが、神兵の軍団の生成を成し遂げたことを知っていた。

「微量でも結晶オロスの生成には長い時間を要します。もし、霊山龍神宮に十分な結晶オロスを生成することができるなら、造物師はとっくの昔にやっていたはずです。造物師は私に結晶オロスの生成を期待していたと思いますが、私もその期待に応えることができませんでした」

「造物師とは、カクリミのことを言っているのか?」

「そうです。霊山龍神宮の製作者で私の生みの親です」

「そうなのか––––––カクリミは我の中でも違う存在だと思っていた。しかし、カクリミ、造物師はなぜこの霊山龍神宮に現れないのだ?」

「造物師は私が本当に知りたいこともなかなか話してはくれません。ここに来ないのは他に重要な仕事があるか、あるいは今は自分がいないほうがいいと思っているからだと思います。造物師は体を持たないある種の妖気ですから、今もここに薄く漂っている可能性はあります。造物師ほど亜空間のことを理解している者はいないですから、ここにいることが本当に必要になれば、その時はきっと現れるでしょう」

「造物師抜きで、我々自身ができることはないのか?」

「取り敢えずは我の先兵が時空転輪力を使わずに魔族を退散させることが大事です。時空操作を行うと、歪みをもっと拡大させてしまい、亜空間全体の消滅の引き金を引くことになります」

 静香は、それを聞いてカクリミが霊山龍神宮に神兵の軍団を用意した背景を、ようやく明確に理解することができた。我の切り札である時空転輪力を封印して魔族との戦いに勝つことが、亜空間全体の存続のために、静香が成し遂げねばならないことだった。

 カクリミは魔族よりも亜空間の消滅を恐れているのかも知れない、と静香は思った。

 そうは言ってもまずは魔軍を討つことが先決で、亜空間の不安定化の問題はその次だ。少なくともそれくらいの時間が残されていることを祈るほかない––––––

 静香は魔軍との早期決戦を決意した。

 

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