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亜空間の戦士 弥への道(「亜空間の戦士 暗黒界編」として書籍化)  作者: 亜空間ファンタジー&弥剣龍
第二章 暗黒界
15/32

3 夢魔

 霊山龍神宮と伍部浄の軍船は、かつての降魔軍最前線の(ほう)(じょう)へむかった。

 楊城と鵬城の間には暗黒の世界が続いているだけで何もない。鵬城より先は魔族の居住地である。

 鵬城は千五百年前の戦いで破壊されていたが、その近辺に魔族の領土に通じている大きな亜空間通路があり、攻めるにも守るにも戦略的要所であることに変わりなかった。

 誰もが鵬城で魔軍と戦闘になることを覚悟していた。ところが到着してみるとそこには魔軍の影も形もなかった––––––第一陣の焼魔と第二陣の氷魔が敗れたので、魔軍は一旦自分の領土に退いたのかも知れなかった。

「あらかじめ言っておくが、この鵬城は楊城同様俺の祖先の須弥族が築城したものだから、所有者は須弥族の正統であるこの俺だ。遺物が残っていたとしても、全て俺のものだから手を出すんじゃないぞ」

 伍部浄はまず自分の所有権を宣言することを忘れなかった。

「強欲さといい緑色の肌といいククノチ族そのものだね」

 姫白龍がちくりと皮肉った。

「出自も知れぬ間者の分際で何をぬかす」

 伍部浄は姫白龍に蔑んだ一瞥をくれて、無人の廃墟の中に入っていった。

 静香と美紀と姫白龍も、破壊されて久しい石造りの城跡に足を踏み入れた。ズクは静香の肩にとまっていた。

 かつてこの城では、三千五百年間にわたり降魔軍と魔軍の激しい攻防が繰り広げられ、鵬城の落城後は、降魔軍は一気に敗勢となり、須弥族は滅亡に至った。

 降魔軍には未だに解けない謎が多い。須弥軍に先駆けて魔族の領土に侵入した阿修羅軍と夜叉軍は未だその消息が知れない。九千年前に降魔戦が開始されて以来、暗黒界の奥深く攻め入った両軍団との連絡は途絶えたままである。

 千五百年前に魔族が攻め寄せた時も阿修羅軍と夜叉軍の捜索は行われた。強力な両軍団が跡形もなく壊滅したとは誰も信じられなかった。

 しかし、阿修羅軍と夜叉軍は戻らなかった。鵬城、楊城、蘭城に拠った須弥軍は魔族に殲滅され、阿修羅軍と夜叉軍は行方知れずで、三つの大軍団が亜空間の歴史から忽然と消え去っているのだ。

 その結果、どうみてもククノチ族で須弥族の末裔には見えない伍部浄のような者が、須弥族の正統を主張し降魔大将を名乗っても、誰もとがめだてする者がいなくなってしまったのだ。

 鵬城の城内は瓦礫ばかりで、かつて高く聳えていた望楼も今は原形を留めていなかった。

 城の中心部には、方形の城壁を持ち水のある内堀で囲まれた内陣と呼ばれる広場があった。内陣は城の中にあるもう一つの小さな城のようで、堀の四方に架けられた橋の四つのうち三つまでは落ちていて、残った一つも崩れかけていた。伍部浄が先頭に立ち、一行は文字通り危うい橋を渡っていった。

 無事に橋を渡り切ると、城壁の中に入るアーチ形の門があった。馬が通れる高さで、門は鉄格子で厳重に封鎖されていて開閉部分がなかった。

 体が小さな伍部浄が両手で鉄格子を握って体に力を込めた。念動力の力づくで鉄柵は石造りの城壁からばりばりと音を立てて引き剥がされた。伍部浄はゆがんだ鉄柵を傍らに投げ捨てて、門をくぐった。

 そこは城壁に囲まれた広々とした正方形の広場になっていた。

 中央に直径十メートルほどの円形の大理石の台座があり、中心部に鉄製の円盤が蓋のように嵌められ、それを取り囲んで狛犬の彫像が十二方位から内側を向いて円形に並べられていた。

「この一角だけは、破壊の跡がない––––––」

 姫白龍が(つぶや)いた。

「ここだけ新しくつくられたのかな」

 美紀が周囲を見回して言った。城壁の内側には古めかしい装具をつけた多数の古代戦士の彫像が立ち並んでいた。

「狛犬と戦士で十二方位と四辺の守りを固めておる。この様式からして新しいものではなさそうじゃ」

 ズクの見立てでは古代風だという。

「古い墓所のようにも見える。良からぬ者が眠っていそうなところだ」

 静香は霊感で嫌な予感がした。

「厳重に封鎖されていたから須弥族の財宝が隠されているのかも知れん」

 伍部浄は台座に飛び乗って、丸い鉄の蓋を調べた。円盤は石の台座に固く嵌め込まれていて、開くことも回すこともできなかった。伍部浄はまた念動力を使って円盤を引き剥がそうとしたが、今度は門の鉄柵よりずっと強固で簡単にはいかなかった。

 座った姿勢でも小柄な伍部浄の背丈ほどもある十二匹の狛犬は、伍部浄の振る舞いを見詰めていた。その目が動いて侵入者を睨んでいるのに伍部浄は気付かなかった。

「これは異常に頑丈にできている。余程大事なものがこの下に埋めてあるに違いない」

「暗黒界ではそういうものは開けないほうがいいよ」

 姫白龍が宝探しに夢中になっている伍部浄に警告した。

「須弥族のことに口出しするな」

 伍部浄は姫白龍を無視して、緑色の顔を真っ赤にして念動力を最大限に振り絞った。それでも蓋は石の枠組みに張り付いたままでびくともしなかった。

「これは誰かが妖力で封印したものに違いない」

 伍部浄は力づくでこじ開けることを諦めて、印を結び奥の手の呪文を唱えた。


 ノウマク・サンマンダ・ボダナン・インドラヤ・ソワカ


 伍部浄の呪文が効いて、円盤は爆発したように宙に吹き飛び、地面に落下した勢いで広場を転がった。

 その瞬間、美紀は不穏な空気を感じた。

「ちょっと気をつけたほうがいいよ。妖気を感じる。ここには何かいるよ」

 伍部浄は美紀の忠告も聞き捨てにして、台座の中央に空いた穴を覗き込んだ。

 中は暗くて何も見えなかった。

「深い井戸のようだな––––––」

 伍部浄は妖力で穴の周囲に火を灯した。

 深い竪穴はそれでも下まで見通せなかった。

「まるで地の底まで続いているようだ」

 その時、地響きが聞こえ、地震のように地面が小刻みに揺れ始めた。

 同時に石造りの狛犬が音を立てて振動し始め、石の表面がぼろぼろと剥がれ落ちた。狛犬は石の殻を振り落としながら、一斉に後ろ足で立ち上がった。

「妖獣だっ!石に閉じ込めてられていたんだ!」

 伍部浄は慌てて台座から飛び降りた。

「みんな後ろに気をつけて!」

 姫白龍が短剣を抜いて構えた。

 周囲に立っていた古代戦士の石像が動き始めた。戦士の石像はゆっくりした重々しい歩みで、台座を取り囲むように包囲網を縮めてきた。

 十二匹の妖獣は完全に石の殻を脱し、色とりどりの姿を現した。

 その一匹が静香達に向かって言った。

「早くここから立ち去れ。愚か者が封印を破った。魔が再生する」

 広場に転がっていた円盤が浮き上がって、台座にもう一度嵌められた。

 妖獣と古代戦士達の狙いは、どうやら静香達の一行ではなかった。妖獣と思った狛犬は魔を封じるための霊獣だったのだ。霊獣達は出現するであろう魔に備えて身構えた。古代戦士達は台座の周囲に密集した円陣を作った。

「ここから出よう」

 姫白龍が今にも駆け出しそうにしたが、美紀は首を横に振った。

「もう遅過ぎる。地下から妖気が溢れ出てくる。ここで戦うしかない」

 美紀の顔は心なしか青ざめていた。

 静香も美紀と同じことを感じていた。

 この広場が強力な魔を封印していた場所だと気付くのが遅過ぎた––––––

 我の先兵は形があって破壊できる者には強かったが、形を持たない妖気に対する攻撃手段を持っていなかった。

「この城のものは全部あんたのものなんだろう。城主だったら何とかしなよ」

 姫白龍が伍部浄にあてこすった。

「どんな魔物か知らないが、俺様の妖力で封じ込めてやる」

 伍部浄が大見得を切った時、魔の出現を阻止するために戻された円盤が再び空高く吹き飛ばされ、中央の穴から濃密な妖気が猛烈な勢いで噴出し始めた。

 霊獣達は一斉に妖気を吸い取って食い取ろうとした。古代戦士の石像は浮遊して空中に包囲陣をつくりあげた。

 古代戦士達は形のない敵に武器を使わず、印を結んで呪文を唱え始めた。


 ノウマク・サンマンダバサラダン・センダ・マカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン


 繰り返し唱えるその真言にズクが耳をぴくぴく動かした。

「な、なんとこれは阿修羅族の呪文じゃぞ!」

 地下から逃げ出そうとする魔の妖気と、それを封じ込めようとする古代戦士達の霊力が力と力で押し合った。

 妖気の噴出は、真言の合唱でいったんは地中に吸い込まれるように押し戻されそうになったが、また力を盛り返して膨満し始めた。

 古代戦士達は膨れ上がる妖気をなんとか包囲陣の中に抑え込もうとし、霊獣達はできる限り妖気を喰らい続けた。

 包囲網が圧迫されるに従って、真言を唱える声が一段と高まった。

 妖気を吸い込んでいる霊獣達が喘ぎ始めた––––––これ以上妖気を体内に吸収し切れない様子だった。

 防衛線は今にも崩壊し、突破されそうに見えた。

 それを見た伍部浄が再び印を結び、自分の得意の呪文を唱えた。


 ノウマク・サンマンダ・ボダナン・インドラヤ・ソワカ


 しかし、伍部浄の呪文は逆効果だった。一度唱えただけで、伍部浄は妖気に吹き飛ばされ、城壁に激しく頭を打ち付けて気を失った。

「もう抑え切れない––––––」

 それは美紀が過去に遭遇した中で、最も邪悪で強力な妖気だった。 

 十二匹の霊獣は、妖気を吸い取り体内に封じ込めるための、ある種緊急用の格納容器だった。しかし、地下に封印されていた妖気は、霊獣達の容量を遥かに超えていた。

 妖気を吸収し過ぎて、体内に押し込めておけなくなった霊獣達は、再び硬化して石になり始めた––––––石化して呑み込んだ妖気を内部に閉じ込めようとしたのだ。

 しかし、妖気の力は霊獣の霊力を上回った。石化した霊獣達は内部からの圧力で次々と粉微塵に粉砕されて崩れ落ちた。


 ノウマク・サンマンダバサラダン・センダ・マカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン


 真言を唱え続けていた古代戦士達も、妖気の力を抑え切れず、一人また一人と粉砕され、瓦礫になってばらばらと落ちてきた。

「駄目だ。地の底から魔物が出て来る」

 美紀は未知の敵に身構えた。

 妖気のおぞましい咆哮が聞こえた––––––美紀は妖気が声を出すのを初めて聞いた。

 残っていた古代戦士が一斉に爆発して飛び散り、石の破片が頭の上から滝のように降り注いだ。

 美紀が素早くテレキネシスで傘をつくってみんなを守った。

 遂に妖気を縛るものは何もなくなった。妖魔は解き放たれ、その矛先は静香と美紀と姫白龍の三人にむかってきた。

 突如、静香達が立っていた広場の底が抜け落ちた。

 みんな瓦礫とともにばらばらに奈落の底に落ちていった。

 静香は落下しながら手を伸ばしてなんとか美紀を抱きかかえた。

「夢魔だ。夢魔の心理攻撃だ!」

 姫白龍が落下しながら叫んだ。

 それを聞いた美紀の目に赤い火が灯った。

「幻覚を信じるな!信じると現実になる」

 姫白龍が叫び続けた。

 落下して行く先には、巨大な地下の妖獣が牙を剥き(あぎと)を開いて待っていた––––––妖獣の存在を信じれば本当に食われて死ぬことになる。

「敵の意識を捉えた。こちらから心理攻撃する」

 美紀の目から赤い光が発せられた。

 次の瞬間、奈落も地下の妖獣も嘘のように消え失せた。

 幻覚が消え、静香も姫白龍も自分の足で地面に立っていた––––––美紀の反撃が夢魔をたじろがせたのだ。

 静香と姫白龍は夢魔の影響から逃れたが、まだ美紀自身は狂ったようにもがき、(あえ)いでいた。夢魔は自分にとっての脅威が美紀ただ一人であることを悟って、美紀に集中して全力で攻撃してきた––––––美紀は夢魔の攻撃を一身に受けていたのだ。

 美紀は夢魔が次々とつくり出す恐怖の幻覚の中に投げ込まれた。

 美紀は首の高さまで水に浸った洞窟に閉じ込められ、水中から湧いて出た吸血虫に全身に吸い付かれ、皮膚を食い破られ、肉に入り込まれた––––––余りにもリアルでおぞまし過ぎる感覚に美紀は歯を食いしばって耐えた。

 吸血虫に全身を食い破られる恐怖に耐えた美紀は、今度は粘着質のネットに絡めとられて手足の自由を奪われた。そこに牙を開閉させながら巨大な蜘蛛が近づいてきた。思わず蜘蛛を追い払おうとしてテレキネシスを使いそうになったが、それは幻覚を真実に変える第一歩だった––––––美紀は蜘蛛の牙が自分の体を突き刺し、切り刻んで解体するに任せて耐えた。

 巨大蜘蛛が消え去った時、美紀は三方を毒々しい噴煙を吐いているそそり立つ火山に取り囲まれていた。まがまがしくえぐれた火口は爆発を繰り返し、燃えながら飛来する火山弾が次々と間近に着弾した。

 美紀は爆風で吹き飛ばされ、濃密な毒性の火山ガスに巻かれて息ができなくなった。大地は赤く焼けた溶岩流に変り、溶岩流に呑み込まれて押し流された美紀の体は下半身から燃えていった。

 美紀の精神は夢魔が引き起こす恐怖に翻弄された。

 しかし、夢魔の苛烈な攻撃に(さら)され、精神的な限界を超える恐怖の中でも、美紀は反撃を止めていなかった。反撃を続けることが夢魔の術中に陥ることを防ぐ唯一の手段だった。美紀は妖気に向かって立て続けに赤い光を放った。夢魔の攻撃は美紀を恐怖のどん床に突き落としたが、美紀の反撃も夢魔の精神に極端な苦痛を与えて苦しめた。

 夢魔は超越したはずの自分の体の中にいた。妖気の自由を失い、何千年も忘れていた肉体の痛みを思い出した。

 夢魔の貧弱なカエルのような体は、実験台にピンでとめられた。メスが皮膚を切り裂き、内臓が露わにされ、最も痛みに敏感な部位に針が刺された。針の一刺しごとに夢魔は苦痛に耐えかねて悲鳴を上げた。

 夢魔は美紀を恐怖で攻撃し、美紀は苦痛で夢魔に反撃した。美紀が引き起こした苦痛は、恐怖よりももっと直接的に精神にダメージを与えた。

 美紀の針は容赦なく夢魔を刺し続けた。心臓にも肝臓にも眼球にも舌にも、針は次々と刺し込まれ、夢魔の全身が針山のようになった。苦痛で叫び続ける夢魔に、美紀は針を(きり)に代えてより深く刺し通した。

 その比類ない攻撃力が故に、夢魔は自分に匹敵する敵に遭遇したことがなく、凄まじい美紀の反撃を防御する(すべ)を持たなかった。夢魔は余りの苦痛に発狂し、その精神はずたずたに引き裂かれて崩壊した。

 夢魔の攻撃は止まり、恐怖の幻覚は消えた。

 美紀は追い打ちの手を緩めなかった。ぼろ布のように引き裂かれた夢魔の精神を更に徹底的に焼き尽くした。

 どこかで気が狂った夢魔の苦し気な咆哮が聞こえた。

 静香と姫白龍は夢魔の妖気が逃げ去ったのを感じた。

 美紀の目から赤い光が失せた。同時に美紀は口から泡を噴いて横倒しに倒れた。

 静香と姫白龍が倒れた美紀を抱き起したが、美紀は意識を失い、その目は真っ白になっていた。

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