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亜空間の戦士 弥への道(「亜空間の戦士 暗黒界編」として書籍化)  作者: 亜空間ファンタジー&弥剣龍
第二章 暗黒界
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2 楊城

 山岳地帯を離れた霊山龍神宮は、辺境地域を出て亜空間暗黒界に入った。暗黒界最初の目的地は伍部浄の居城になっている楊城だった。

 須弥族が築城した楊城は、辺境最遠端の蘭城と暗黒界前線基地の鵬城の中間点にあり、かつては降魔軍の暗黒界統治の最重要拠点だった。

 高地を利用した山城で、巻貝のような螺旋状の城壁を持つ難攻不落の要塞が、魔族の攻撃で破壊されたのは千五百年前のことである。須弥族の三十二将は(ことごと)く暗黒剣士カゲリビに斬られ、須弥軍の主力の軍団がここで全滅して降魔軍の敗北が決定づけられた。

 楊城は須弥族が魔族に滅ぼされ、その魔族が()に時空の彼方に消散させられたことで、主のないまま千五百年間放置され、空白地帯になっていた。伍部浄はそこに目を付けた。

 伍部浄はもともとククノチ族の生業(なりわい)である交易に従事する商人だった。念動力と妖力を持つ伍部浄は交易で財を成し、その金力で楊城を修理して傭兵を雇って城主として収まった。商人から城主に成り上がった伍部浄は、須弥族の血統が途絶えているのをいいことに、須弥族正統と称して覇を唱え、支配者不在の楊城から辺境地域の蘭城にかけての地域を自らの領土にせんと目論んだ。

 しかし、龍玉の年になって魔族の活動がにわかに活発になり、楊城を脅かすようになった。伍部浄の軍は余りにも貧弱で、魔軍の本格侵攻時に楊城を防衛することは到底不可能だった。

 そこで伍部浄は一計を案じ、予め魔族に恭順の意を示して貢物を捧げ、魔軍に楊城を素通りさせて亜空間霊界にむかわせた。その一方で()の先兵を味方につけ、あわよくば静香の軍団を手中に収めて魔軍に対抗しようとした。

 伍部浄は千五百年前の戦いの結果から、最終的に()は魔軍を退ける力があると思っていた。しかし、自らの領土を主張するために、()に頭を下げて助けを求めるのではなく、自分を降魔の英雄と認めさせ、最悪でも対等の同盟を結ぼうとしたのだ。

 姫白龍と美紀は伍部浄を露骨に嫌っていたが、静香は伍部浄をさしたる脅威とは感じておらず、むしろ自分が不案内な暗黒界では水先案内に役に立つと思っていた。

 静香の暗黒界での魔族以外の心配事は、伍部浄ではなくて他にあった。

 シズカミにはキリタテとイヤシビという()の仲間がいた。静香は霊感でこの二人が暗黒界のどこかに潜んでいると感じていた––––––御子神静香の異常出現で我の再凝縮はいったん中断されたが、その後失われた種族の再来は起こったのだ。

 但し、その場所は亜空間霊界ではなく暗黒界だった––––––静香が亜空間霊界ではなく実空間に出現したのと同様、キリタテとイヤシビの再生も異常だった。

 キリタテとイヤシビはなぜこの霊山龍神宮に現れない?

 暗黒界に再凝縮したということは()ではなくて()なのか?

 だとすれば暗黒剣士の再来か?

 シズカミの記憶の中にあった暗黒剣士カゲリビとの死闘が静香の脳裏に展開した。

 カゲリビは一人でも恐ろしく手強い相手だったのに、もしこれが二人だとすれば、静香にとっても亜空間霊界全体にとっても重大事だった。キリタテとイヤシビの動向は魔族との戦いの帰趨を左右しかねない要因なのだ。

 静香のもう一つの心配はヤマだった。

 静香は辺境地域に入った時から、山岳地帯と自分の過去が関係していることを感じ始めた。それは正しい予感で、ヤマの宮殿での死霊巫女との出会いが、シズカミの記憶が蘇る切っ掛けとなった。一方、ヤマの妖気がしきりに美紀をコントロールしようとしていることも明らかになった。ヤマの妖気は辺境地域だけでなく、暗黒界にも薄く広く漂っていて、どこにいても付き(まと)ってくるのだ。

 シズカミの記憶を辿れば、我の先兵はヤマの老女とは親密だったし、暗黒剣士との戦いの最中、ヤマの銀の矢が暗黒剣士にむけて放たれたことからして、シズカミとヤマは同じ側にいた––––––歴史的にはヤマは我の先兵の味方だったのだ。

 しかし、美紀がかかわってくると話は違った。ヤマは美紀をヤマに取り込もうとし、静香は美紀をヤマから守る立場だった。静香が気を許せば、ヤマは美紀を支配し、ヤマの意に沿うように変貌させてしまうに違いなかった。

 静香は美紀のことが気になって、久し振りにかつての自分の住処(すみか)の浮御堂を訪れることにした。

 龍神湖に浮かぶ八角形の堂の変わらぬ佇まいを見るとほっとする––––––静香にとって人間界にいた頃の思い出の場所だった。

 静香が桟橋を渡って浮御堂に入ろうとした時、入り口で両手を広げて通せん坊をした者がいた。

「今美紀は死霊と交信しているから邪魔しちゃ駄目」

 ––––––姫白龍だった。

 正面から目を合わせると、鋭い視線と整った顔立ちが印象的だった。龍神湖から吹いてくる風に白い髪をなびかせて立ちはだかった姿は、まるで湖から現れた龍の化身のように見えた。

 姫白龍は美しい––––––

 静香は龍の娘の端麗な容姿を改めて認識した。

「美紀はまたヤマの妖気に操られているのか?」

「違う。美紀のほうからテレパシーで話し掛けている」

「美紀が自分から?」

「美紀はヤマの世界を自分で理解しようとしている。ヤマの妖気のせいではなくて美紀の意志で」

「––––––」

「心配しなくても美紀には私がついているから大丈夫。ヤマの妖気に変なことはさせない。我の先兵はもっとやるべきことをやったほうがいいよ」

「やるべきこと?」 

「あたしがちゃんと見張っているからいいようなものの、伍部浄をあんまり野放しにしておくのは危険だよ。あんたと美紀がヤマの宮殿にいっているうちに、あいつは霊山龍神宮を乗っ取って動かそうとしていた」

「霊山龍神宮を動かす?」

「あいつは結構妖力が使える。自分で航海室を呼び出して、あんた達を置き去りにして逃げようとしたんだ」

「霊山龍神宮が伍部浄の言うことをきくとは思えないが」

「確かにきかなかったし動かなかった。ただけっこう口が軽い。伍部浄の質問には余計なことまで答えていた」

「伍部浄は霊山龍神宮から何を聞き出そうとしていたのだ?」

「伍部浄は情報通の振りをしているけど、大して暗黒界のことは知らないんだ。霊山龍神宮の暗黒界に関する知識を搔き集めていた」

「姫白龍は伍部浄に何か恨みがあるようだな」

「生まれつきだと思う」

 姫白龍は言った。

「我の先兵が生まれつき我の敵を倒す剣士であるように、あたしは魔族を滅ぼすために生まれた。伍部浄には降魔戦士どころか、魔族の血が流れている。あたしには臭いでわかるんだ。

 ヤマはヤマで伍部浄にたとえ五分の一でも須弥族の血が混じっているなら絶対許さないよ。大昔に須弥族の天帝釈に毒殺されたヤマ族の恨みはとても深くて、妖気もヤマの老女も決して種族の仇を忘れはしない」

「私には美紀に伍部浄を攻撃させたり、ヤマの宮殿に誘導したりする強引なヤマの妖気のほうが危険に思えるが」

「ヤマの妖気は恨みごとを言ったり、愚痴ったりするだけで実は大した力はないよ。むしろ美紀の中にヤマに惹かれる気持ちがあるんだよ」

「美紀の中に?」

「美紀もそういう生まれつきなの。美紀はヤマの戻りで祖先のヤマの血が蘇っているんだよ。だから、ヤマの妖気の呼び掛けに強く反応するんだよ」

「それであればなおさら、ヤマが妖力で美紀を種族の争いに巻き込んだり、美紀をヤマに変化させたりすることを防がなければならない」

 静香とヤマの対立点は明らかだった。ヤマの老女とヤマの妖気はなんとしても美紀をヤマに取り込むつもりなのに、静香はなんとかしてそれを阻止したいのだ。

「なぜ?美紀と友達だから?」

「そうだ」

「友達だったら美紀の好きなようにさせてあげるんじゃないの?美紀はあたしのたった一人の大切な友達だから、自分がヤマと関係があるからといって、美紀にヤマを押し付けたりはしない。でも美紀のことを大好きで大切に思うから、美紀が望むようにさせてあげたい」

「ヤマが美紀にとって危険でもか?」

「危険か危険でないか、美紀は自分で判断する力がある。だから美紀は自分から死霊と交信してヤマを理解しようとしている。そもそも死霊と話ができるのは、美紀がヤマであることの証拠だよ。友達ならそれを捻じ曲げたりはしない」

 姫白龍は暗に静香が美紀を束縛していることを仄めかせた。

「私にとっても美紀は一番大切な友達だ。私は美紀を命のある限り守ると約束した。ヤマと須弥族の戦いに美紀を巻き込んで危険に晒したくないのだ」

「では聞くけれど、美紀を魔族との戦いに巻き込むことは危険ではないと言うの?」

 姫白龍の鋭い指摘に、静香は答えに詰まった––––––静香はヤマの宮殿に興味を示していた美紀を、もっとずっと危険な暗黒界にまで連れてきたのだ。

「あたしは魔族と戦うために生まれてきたんだけれど、美紀はそうじゃない。美紀を最初に見た時、あんなやわな体で魔族と戦うなんてあり得ないと思った」

「それは確かにそうだ。魔族との戦いの中で、どうやって自分は美紀を守ればいいのか、いつも悩んでいた。美紀を暗黒界に連れてきたのは私の間違いだったかも知れない」 

 静香は素直に認めた。

「でもそれも美紀が決めたこと。美紀はヤマの宮殿に関心があったけれど、本当にあそこに留まりたいとは思わなかったのでこの暗黒界にやってきた。危険なことは知っていて魔族と戦うつもりなんだよ」

 静香は自分が美紀の一番の友達だと思っていたが、姫白龍のほうが余程美紀のことをよく理解して、美紀の立場で考えていると思った。

 我の先兵は所詮武人。美紀にはもっと相応しい友達が必要だ––––––

「姫白龍、一つお願いがある」

「なに?」

「楊城からさらに暗黒界の奥地へ進むと魔族と遭遇するのは時間の問題だ。美紀が危なくなった時、もし私が助けることができなければ、あなたに美紀を守って欲しい」

「うん。あたしもできるだけ美紀と一緒にいるようにするし、守れるだけ守るようにする。でも忍びとして一人でやらなければならないこともある。あたしはそのために生まれてきたのだから」

 姫白龍は美紀をできるだけ守るが、だからと言って自分の使命を二の次にはできないと言ったのだ。

 静香は先兵の使命と美紀のどちらが大切なのか、自分ではっきりさせようとしたことはなかった。ところが、龍の娘は考えが整理されていて、もやもやしたところがなかった。

 静香はよく考えたうえで割り切っている姫白龍は立派だと思った。しかし、自分はどこまで行っても割り切れないような気がした。


 伍部浄は自分が楊城の城主だと言っていたが、それはあながちほらばかりでもなかった。伍部浄の城は、かつて須弥族の降魔軍が造営した城跡の一部に過ぎず、規模はずっと小さくなっていたが、石造りの堅固な城壁を築き、四方に望楼があってそれなりに城の体裁を成していた。

 静香は記憶を探ったが、シズカミもここには来たことがなかったと思われた––––––ここはもう暗黒界の真っただ中なのだ。

 伍部浄の軍は一人一人が頑丈な装甲で全身を覆った重装歩兵だった。頭部は円筒形の兜で顔が見えず、露出している部分がどこにもなかった。剣や弓矢は持たず、腰の周りにたくさんこぶし大の鉄球をぶら下げていた。

「ウゴロ族の部隊じゃ。強い念動力で重い装備でも飛行もできる。鉄球を武器とし、念動力で飛ばして攻撃する。かつてウゴロ族は魔族の船団の念動師として、船を飛ばすために使われておったが、魔族の支配を逃れたようじゃな」

 ズクの見立てでは、ウゴロ兵は魔族相手でもそれなりに戦闘力があるという。辺境の種族が、時に魔族に与したり、時に敵対したりするのはよくある話だった。

「伍部浄の念動力はウゴロ族の血筋からきているようだな。妖力はどの種族の流れだろうか?」

 静香がズクに聞いた。

「多分魔族じゃ。辺境地域を追われたウゴロ族は、長い間魔族につき従っておった。また、ククノチ族は魔族にも須弥族にも隷属しておったから、その間に伍部浄のような者が生まれてきたのじゃろう」

「ウゴロ族、魔族、ククノチ族に須弥族、それで四つだな」

「魔族はいろいろあるし、辺境にも他にクヌ、ヴィシュ、ユカなどの種族がいた。辺境では種族間の政略結婚はあたりまえじゃった」

「五種族の混合は意外と簡単に起こり得るのだな」

「伍部浄の場合は、自分の出自をうまく利用して、各種族から力を得たのじゃろう。しかし、どうあがいても魔族の攻勢に持ちこたえられるような勢力に成り上がることは難しい。強力無比な降魔軍でさえ魔族に敗れ、我の先兵の力でようやく葬り去ることができたのじゃから」

 ズクの言う通り、伍部浄の兵力は降魔大将と豪語するにはあまりにも貧弱だった。

 伍部浄は楊城の全軍を軍船に分乗させ、自分も船に乗りこんだ。

 伍部浄の船団は船足が遅く、霊山龍神宮は速度を落とさないといけなかった。

 楊城の周辺には伍部浄がばら撒いたという食魔植物が浮遊していた。魔族の匂いを嗅ぎつけて攻撃する食肉植物だ。伍部浄は魔族との戦いで生き残るためにできる限りの手を打っていた。

 しかし、たとえ魔族との戦いを生き延びても、執念深いヤマの手を逃れられるだろうか––––––

 世の中にはどんなに精一杯背伸びしても、敢え無く消え去る運命の者もいる。

 静香は伍部浄のことを少し哀れに思った。

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