1 七変化(続き)
慎吾は次々と亜空間通路を通り、来た道を戻っていった。その間ずっとマイナミのことが心から離れなかった。
飛行しながら慎吾は後悔せずにはいられなかった。
マイナミは僕に一緒にいて欲しかったのに、自分は何のために帰ろうとしているのだろう––––––
慎吾はもともと魔族と戦いたいと思っていたわけではなかった。亜空間に来てそれしか道がないと思っていただけで、他に選択肢があるなら話は違うのでないかと思った。
ほんの短い時間だったが、マイナミと一緒にいた時、慎吾は幸せを感じたのだ。マイナミがつくり出した動物達も、球体の家と丸いベッドも、慎吾の趣味に合って心をなごませてくれた。
そして何よりも、マイナミのアメジスト色に光る結晶質の体の美しさと、透明感のある素直で優しい性格が、慎吾を強く惹きつけた。
一人で寂しそうにしているマイナミの姿が目に浮かんだ。
自分は異種族のマイナミが好きになってしまったのではないだろうか––––––
慎吾は心の中で自分に問い直した。
女の子に見えるだけで性別もなさそうなマイナミを好きになるなんて、自分はどうかしてるんだろうか––––––
いや、むしろ自分らしいのかな––––––
マイナミのことが脳裏から離れず、来た道を取って返したい衝動に駆られた。
その時慎吾は自分が今まで来たことのない空間にいることに気がついた。単座戦闘機は暗褐色の澱んだ濃厚な空気の中を飛んでいた。
来た時と同じ経路を戻っているはずなのに––––––
道順からすると巨大イカの亜空間に来ていないとおかしかった。元来た場所に戻って、そこから帰り道を決めようと思っていたら、知らないうちに見たことのない亜空間に飛ばされて、頭の中にある地図に照らしても自分の位置が分からなくなった。どうやら慎吾は出口がランダムに変わる不安定な亜空間通路に入ってしまったようだった。
また道に迷ってしまった。もう一回ワームに調べてもらうか––––––
慎吾がワームを放とうと思った時、どこからか火矢が飛んできて単座戦闘機の胴体に刺さった。
いつの間にか周囲を翼竜に乗った魔族らしき者達に取り囲まれていた。
火矢は色々な方向から次々と飛んできて、油性の燃焼剤を機体に浴びせて燃え上がらせた。慎吾は機体を揺さぶって火を消そうとしたが、炎はますます燃え広がった。
焼け死ぬ前に早く着陸させなければ––––––
慎吾は火だるまになった単座戦闘機を急降下させて、強引に着陸させた。熱くなったフードを拳で跳ね上げて外に飛び出した。
その瞬間、炎に包まれていた単座戦闘機が爆発して粉微塵に吹き飛んだ。
まずい。こんなところで移動手段がなくなってしまうなんて、どうしようもなくなるじゃないか––––––
しかし、危険はもっと差し迫っていた。
剣や槍を持った魔族の群れが慎吾にむかって殺到してきた。慌てて剣を抜いたが、剣士でもない慎吾は大勢の魔族の兵士と斬り合うことなど考えられなかった。
電磁ショックしかない––––––
慎吾は敵が近づく前に電磁剣で立て続けに何人か薙ぎ倒した。しかし、敵はあとからあとから押し寄せてきた。
慎吾は逃げ始めた。必死に走ったが、魔族は慎吾より遥かに早くて、あっという間に追いついてきた。振り向きながら電磁剣を使ったが、もう後ろだけでなく、右にも左にも魔族がいた。
囲まれた––––––
慎吾が絶望しそうになった時、守護龍の碧龍が現れた。
碧龍の吐く青い光は魔族を撫で斬りにして、囲いの一角に穴を開けた。慎吾は魔族の囲みが薄くなった方向に走った。碧龍は慎吾を追いかけようとする魔族を次々と青い光線で殺した。しかし、魔族の数は余りにも多過ぎた。
走り続ける慎吾の周りにまた魔族が群れてきた。魔族の剣の一撃が慎吾の体に当たって火花を散らした。斬られたと思った瞬間、敵の剣はアーマーで弾き返された––––––マイナミにもらったブレスレットが知らぬ間に展開して慎吾を守ったのだ。
敵の剣をアーマーで跳ね返しながら慎吾は走った。守護龍が慎吾に追いすがる魔族に火を吐いて遠ざけた。
その時、アーマーが体から外れて、結晶質の単座戦闘機に変形した。慎吾は何も考えずに単座戦闘機に飛び乗って離陸した。空に舞い上がると、また魔族を乗せた翼竜が何匹も近づいてきたが、碧龍が飛んできて青光を吐いて蹴散らした。
守護龍が慎吾の手の甲に戻ると、慎吾は単座戦闘機を全速力で飛ばして手近な亜空間通路に飛び込んだ。
亜空間通路を飛び出すと、そこは激しい雷の巣だった。落雷の直撃避けるために、慎吾は電磁剣に雷のエネルギーを吸収した。幾度となく電磁剣に雷が落ち、慎吾の電磁剣は膨大なエネルギーを蓄えた。
落雷の空間を抜けると激しい雨になった。豪雨の降りしきる黒い雲海の中をしばらくの間飛んだ。
ここは気象はひどいが、お陰で魔族はいないようだ––––––
やがて黒雲が切れ、豪雨の地域を抜けた時、慎吾は単座戦闘機を暗い草原に着陸させた。
慎吾は外に出てほっと一息ついた。魔族の手を逃れることができたのはほとんど奇跡的だった。
マイナミのアーマーが変形した結晶質でできた単座戦闘機は、紫色に光っていた。アーマーがなかったら今頃慎吾は魔族の剣に切り刻まれていただろうし、アーマーが単座戦闘機に変形しなければ、魔族の空間から脱出することもできなかっただろう。
慎吾はマイナミがくれたブレスレットのお陰で命拾いした。
一体ここはどこなんだろう。現在の位置を確認しなければ––––––
これ以上道に迷う前に、慎吾はワームを放った。
その時単座戦闘機が折り紙のように折り畳まれて小さくなり、人の姿に変形した。
「慎吾さん」
アメジスト色の少女が慎吾の前に立っていた。
「マイナミ!」
慎吾は目を疑った。
「君なのか?」
「すみません。私慎吾さんと一緒に来たかったのです」
「じゃあ、あのブレスレットは––––––」
「私がブレスレットに変形したのです。あなたにそれを渡したのは私の人形でした」
「そうだったのか!」
慎吾の心の中に温かいものが溢れてきた。
「君のお陰で命拾いしたよ。本当に絶体絶命のピンチだった」
「私はどうしても慎吾さんと一緒にいたかったのです。何もなければずっとブレスレットのままでいようと思っていました。でも思いのほか早く危険に巻き込まれました」
「君が来てくれて嬉しいけれど、君はそれでよかったのか?」
「慎吾さんと一緒にいてお役に立つことが、当面の自分が生きている目的だと思ったのです。一人でいた時は自分のことばかり考えていました。でも慎吾さんと一緒にいると、自分のことが忘れられるんです」
マイナミは純粋に慎吾に好意を持っており、慎吾はマイナミの無垢な素直さ、謙虚さに惹かれた。
「僕も君に一緒にいて欲しい。僕でよければ」
マイナミの体を紫色の光が駆け巡った––––––マイナミの心がわくわくした証拠だった。
紫色に輝く宝石でできた少女は、この世のものとは思えないほど美しかった。
こんな素晴らしい生命体が現実に存在するなんて信じられない––––––
「むしろ僕から頼むよ。僕から離れないでくれ」
マイナミは笑顔になり、もう少し慎吾のほうに近づいた。
慎吾はマイナミを両腕で抱きしめた。
「僕と一緒に行こう」
抱きしめられたマイナミは少し当惑した様子だったが、何も言わずに抱かれていた。またマイナミの体を紫色の光が駆け巡った。
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