2:change
「ねえ、他に何か方法は無いの?」
リゼリアはアグにそう尋ねた。アグは目を白黒させている。
「他って、何だ?」
「他は他だよ」
「龍」を助けられるくらいの、肩代わりとなるようなエネルギーはないか。そういうことだ。
リゼリアのその言葉を聞いて、アグはその顔を哀しそうに歪めた。
「……それを聞いてくると思ったんだ」
嫌だったのに。そんなアグの、彼らしくない、感情が籠もった声を聞いて、リゼリアは困惑した。
「何で、哀しそうなの?」
リゼリアは分かっていない。彼と――変化したアグと、二度会ったことに。
初めて会った時は、<楽園サラダ>でバイトをしていた。ずっとムーシャが明るくて、リゼリアは暗く沈んでいた。当時の旅の連れ合いが、「俺、ビックリした」等と言い続けたのも、無理は無い。アグもそう思っていたから。リゼリアは決して、大人しい少女では無く、かなり活発な少女だったのだ。
<科学都市>でも彼女の行動を見ていて――。
その時、思った。カミが宿ったのがこの子で、大丈夫か。彼女は自分の命を投げ出してしまうのではないか――。
それは単なる、カミの直感だったのに、今、その直感が当たったと、確信した。
「……早く言って。何かあるんでしょ?」
言いたくないのに。
「……リゼリア。君が器に選ばれたのは、偶然じゃない」
元々第一位世界に行ける器が無ければ、カミはその体に宿らない。
「リゼリアは、世界にいる時の、その場にいる力――位置力が強い。だから……」
彼女の、人間としての力を注げば。代わりに龍達を助けられる。
「この『龍』達、そしてリゼリアの中にある雷神の命を犠牲にするか、リゼリア自身の、人間としての力を犠牲にするか、しかない」
どちらにするんだ、と尋ねるアグも、既にリゼリアの返事は分かっている。
「人間を犠牲にする。……別に、私は死なないでしょ?」
笑って言った彼女に、念押しをする。
「いいのか。……ずっと生き続けるのは、辛いぞ」
「大丈夫」
それでも、楽しい事はあるはずだから。リゼリアは軽い調子で言ってのけるのだ。
――いいやつを選んだな、雷神
アグは、リゼリアに伝え始める。世界と世界の切り離し方を。
柱の間に手を差し込む。光が指に触れた。
瞬間、世界が変わる。
いや、リゼリアの思考が何処かへと飛んだのだろうか。見えないが、何かを感じる。
――丸? 二つ、並んでる様に……
歪な丸を感じた。二つの丸は、近づいたり離れたりを繰り返している。
片方の丸に、郷愁を感じた。懐かしい匂い、だろうか。
――ああ、これって、世界なんだ
唐突にリゼリアは思った。第一位世界と第二位世界。二つの世界。郷愁を感じるのは、そこが自分の故郷だから。
ああ、この二つの世界は、自分の故郷。自分が好きな人達がいる世界。
繋げたら、壊れてしまうよ。
そっと、その丸に手を伸ばす――二つの丸を繋ぐ、道を千切る為に。
改めて自分の中に意識を向けると、二つの力が混ざっている気がした。カミの力と自分自身の力。もう、二つを分ける事は出来ない気がする。
その力をイメージで掬って、丸の間の道に注いだ。注ぐ、というのは間違いか。刃の様に尖らせて、その道を力で叩き斬った。
簡単だったよ――意識を、アグの方へ戻して言おう。そう思ったのに、どうやら自分の意識はそこに戻れない様だ。
でも、死なない気がする。リゼリアの心は、穏やかだった。
「……やったのか」
塔の中、唯一人立ちつくしていたアグは、にっこり笑った。
「ムーシャ、アルト……。お前達は素晴らしい友を持っているな」
リゼリアの体が、すうっと透ける。彼女の透けた体からは、金色の石が光って出てきて、それは他の珠と共にくるくると回る。実に、楽しげに。
塔は静かに揺れ始めた――役目を果たし、その姿を消し去ろうとしている。
アグは、静かに舞う五つの珠が、空遠くへ飛んでいくのを見た。
「おめでとう」
次の瞬間、アグの姿も、珠の姿も、何処にも見られなかった。
後に残るのは、崩れ始めた灰色の塔のみ。




