39:それぞれの出国
アネルは、一つ頼みたいことがあった。誰にか、それはアルトに。
「……アルト」
「何?」
のほほんと答える彼には、先程までの剣呑さは無いし、誰もが息を呑むような冷たさも感じられない。深呼吸をして、固く話そうとしていたアネルは拍子抜けした。
「変わらないな、師は」
「へ!? 俺、師とかなれないって。アネルの師匠になった覚えはないよ!?」
彼はへどもどした。いつもの――リゼリア達と出会ってからの、いつもの彼と全く同じだ。頼りない、情けない、リゼリアが言うにはヘタレ。
しかし、そんな彼に願いたいのだ。
「この後、旅をするんだな」
「……そうだね」
他に俺、することないし。と言って、少し顔を暗くした。
「リゼリア達と一緒に?」
「うん。……あ、アネルも来る? 楽しいよ、きっと」
そう誘ってくれるのは有難かった。しかし、アネルにはやるべき事がある。
「いや、私はこれから<楽園サラダ>へ向かう」
「そっか」
そのまま、黙りこんだ。リゼリア、ムーシャ、ユウは、食料の調達――決して褒められない調達方法で――に出かけている。
「……旅は、いつか終わるのか」
「そう、だと思う。俺は途中で旅に参加、になっちゃったから……次の場所で終わりだと思う」
「無事に終わるか」
アルトは、ようやく困惑した目を向けてきた。
「何が聞きたいの?」
その目には、若干離れる色があった。リゼリア達といた時に感じた、距離感。
――ああ、だから私は、一緒に旅に行こうとは思わなかったのだ
「旅の内容を聞こうとは思わない。隠したいならそれでいい」
アルトは、少しだけ眉を下げた。謝っている様に。
――謝らなくていいのに
代わりにアネルは、自分の頼みごとを告げる。
「もし、旅が終わったら。ムーシャと一緒に、ここに戻ってきてほしい」
「へ?」
それだけでは分からなかったようだ。それも仕方ないか。
「……国を治したい。このまま、逃げ出したくないのだ……いくらおかしくても、故郷だから」
「……うん」
そのまま、目線で先を促してくる。
「しかし、私だけでは国を変えることなどできない……器がないから。だから、アルトとムーシャに頼みたい。王になってくれ。この国を変える為に」
身勝手だとは分かっていても、アネルはそうする他、方法を知らない。そのまま深く、頭を下げた。
「え、いや、いいんだけども……ムーシャは? 王二人ってこと?」
返事が軽くて、また拍子抜けした。何なのだ、アルトという者は。出会ってかなり経っているというのに、彼の事が未だによく分からない。
「何を言うのか……ムーシャは、アルトと結婚するのではないのか?」
「は!?」
アルトは目を剥き、素っ頓狂な声を上げた。
「け、結婚って……誰にそんなことを言われたのさ!?」
「ユウとリゼリアだが」
そう言えば、自分の部屋に押し掛けてきた決勝前夜、ユウが「あの二人はいずれ結婚するの。その前に夜お楽しみだよ」と言っていたが、アネルはその言葉――お楽しみ、の意味が分からなかった。知らなくても生きていけそうだが。
「……あいつら~……。後で、覚えてろ……」
と言いつつ、彼の顔は紅い。やはりムーシャが好きなのか。
これ以上話が進まなくなってしまうので、アネルはそのまま素通りし、
「まあ結婚はさておき」
「さておきっ!?」
「お願いできるか……?」
自分でも、ここまで弱気な声が出るとは思わなかった。彼ははっとした様に顔をあらため、優しげな顔になって言った。
「……うん。生きて帰れたら、必ず」
「ありがとう」
リゼリア達が帰って来た。
「はい、これアネルの分ね。……この後は?」
リゼリア達にも、<楽園サラダ>に向かうのだと告げた。彼らが、少し哀しげな顔になっていたのが、嬉しかった。短い間だったが、一緒にいるのが当たり前になっていたから。
「mehotuum.」
互いに告げた、別れの挨拶。世界共通の、何処でも見られる風景。
彼らの後姿を見送り、アネルは一人、<楽園サラダ>へと向かった。
「一人でも、ないか」
肩に感じる小さな重み。
ハネイヌは、この先に何も不安はない、とでも言いたげに、大きく一つ吠えた。




