31:アルト対副団長
一方、アルトと副団長側。アルトの両目は、朱色に染まっている。
眼鏡の男は、アルトの遥か後方を見、目を眇めて言った。
「ふむ……。ベイスは負けてしまったようですね。さて、私も頑張りましょうか」
言ったが先、彼の目は三日月形にきゅっと曲がる。アルトは背中に悪寒を感じ、横に跳ぶ――真横で、目には見えない何かが勢いよく通り過ぎた。
「おや……流石は白騎士様。風魔法も分かってしまいますか」
「無詠唱か……!」
彼は、話しながら魔法も撃てる、天才と呼ばれた男。天才だからこそ、性格が歪んだのだろうか。
「折角、今の風には、たくさん銀針をトッピングしてあげましたのに」
「そんなプレゼント、要らないって!」
アルトは一吠え、フルスイングで剣を相手に突き刺す。が、それは通り抜けた。
後ろから、声。
「……全く、白騎士様は最強……とは言われていますが、唯の力馬鹿でしょうに? 何か、神様から特別な物でも貰っているのでしょう、戦い方は決して上手くは無い」
「……っ!?」
アルトは膝から一気に力を抜いた。頭上を飛ぶ、針、針、幾千もの針。
――危なかったぁ
ほっとするのもつかの間、その針はUターンしてこちらへと向かってくる。
全て、剣で弾き飛ばした。
「その剣は、邪魔ですねえ」
今度は横から、声。アルトは振り向きざまに剣を打ち付けた。おどけた顔の副団長。
「おや、もう少し血の気を押さえたらどうでしょう」
「さっきから……! 何を狙っているんだ」
「ぇえ? 私は、貴方の望む『正々堂々』とした勝負をしておりますよ。何も考えてはいませんが」
そうは言っているが、彼がさっきから撃ち続けているのは毒針。大柄なベイスでも、一日は麻痺して動けなくなるような、猛毒が仕込んである恐ろしいものだ。
それに。
「幻術を使って、か。だから副団長……お前と戦うのは嫌なんだ」
「そんなそんな、水魔法の基礎の基礎ですよ、幻術は。そちらの方でも出来るでしょう?」
皮肉気に口の端を歪める副団長。
幻術は、相当な訓練と、イメージを鍛えなければ出来ないもの。それが十歳の頃にマスターした副団長は、やはり化け物なのだ。
「それでは……また私は何処かに消えましょうか」
そう言って、にこりとしたまま動かないそれは、偽物。剣で突けば、脆く崩れ去る幻だ。
――本物は、何処に?
顔を巡らせるも、誰もいない。遠くに、アネルと思わしき踊る影のみ。
――目には見えない。ある物が消え、無い物が見える、それが幻術
りん、と鈴の様な声が聞こえた。久しぶりに聞いた、闘神の声。
「目は使えない、か……」
アルトは、目を瞑る。耳と、足元から伝わる振動。それだけに集中する。
――私の事など、見えまい?
目を開きかけた。しかし、まだだ。この声はどこから聞こえる?
――そのまま、私に斬り殺されて終わりです……
どれくらい、遠くにいる?
――これで、私の勝ち……
「ここかっ!」
アルトは目を閉じたまま、左へ剣を振り下ろす。その剣は、確かな感触を押さえた。
その肉の弾力は、一瞬で消え。
「い、痛い゛っ!」
副団長の腕は綺麗に切り落とされた。そのまま彼は崩れ落ちる。
「ぐ……負けです……」
アルトは、無言で彼に近寄った。その時。
「……とでも言うと、思いましたかっ! 最後に勝つのは、この私っ……」
副団長は、残り一本の腕で撃てる限りの毒針を撃った。彼とアルトの距離は近い。剣を使える距離でもない。副団長は、自身の勝利を確信した。
しかし。
ギンッ。
試合を始めた時と同様に。毒針は黒い何かに遮られた。
副団長が、目をきりきりと限界まで開き、叫ぶ。
「何ですか……それは一体、何です!?」
アルトは、目の色がすぅっと元の水色に戻りながら、淡々と答えた。
「もう戦う事もないだろうから、教えておくよ。影の鎌、陰鎌」
「か、……ま?」
「うん。今日が晴れていて、良かったよ……これは曇りの日に調子が悪くなるから」
ズズ、と。音を鳴らして地面から――アルトの影から滑り出てきたのは、黒く禍々しい鎌。それを引っ張り出し、トンと軽く地を突いたアルトは、瞳に冷酷な光を湛えてこう言った。
「闘神ってね……。ある場所では、死神として祀られているらしいよ。この鎌で」
彼は副団長の首に、鎌の刃をそっとなぞらせた。
「魂を切り取るんだって」
既に、副団長には体力も気力も残ってはいなかった。ずるずると地面にへたり込み、
「ゆ、許して……許して下さい、負け、私の負けですから!」
負け犬の様に、情けない悲鳴を上げる。それを聞いて、
「……別に、あんたの魂なんて取らないよ。死にそうな人のだけ、だからね」
アルトの目からは、いつしか冷酷さが消えていた。
「ふぅ……終わった。怖かったぁ」
アルトも、副団長から離れたところで腰を下ろす。
――怖いも何も、凄く普通だったが。というか、これならヘタレとは言われん
頭に闘神の声が響く。彼はそれを聞いて、小さく反論した。
「これでも、普段の闘神のまねをしたんだから。絶対、普段は無理だから」
返事は聞こえなかったが、闘神がため息を付いているような気がした。




