32:アネル対団長
リゼリアの戦いは少々おかしい物であったし、アルトの戦いは副団長が卑劣な手を使う為、あまり後味のいい試合ではなかった。
アネルと、<武国>騎士団の団長。彼らの戦いは、真っ当で熾烈なものとなっていた。
繰り返し、十字に切り結ばれる長剣。アネルが上から攻めれば、団長は横から。斜めに切り下ろせば、水平に切り返してくる。
双方、全く引いていないように思われた――少なくとも、観客からは。
「っ、団長、はっ」
「何だ」
「おか、しいと、思わないのですかっ……」
落ち着いた声で話す団長と、息を切らしながら話すアネル。二人の間には、体力に決定的な差がある。
「何をだ」
このままでは、負ける。会話をする暇など無い。そう分かっていても、アネルは目の前の武人に聞かざるを得なかった。
「今の、<武国>をっ……」
団長はほんの少しだけ黙りこみ、長い返答を返す。
「……普通だとは、思わない。しかしそれは、アネル、お前もだ」
「しかしっ……」
歯噛みするアネル。団長は、一番王に近しく、そして彼女の父――今の憲法を作り上げた元団長とも息が合っていた。彼ならば、自分の考えも分かってくれると、そう思ったのに。
「憲法のみに惑わされ、そればかり気にし、融通が利かないのも問題なのだ。だとすれば、変わった憲法とは従うべきもの。始めの憲法は既に、過去の物」
「過去の物であっても、それが正しいのですっ……!」
「正しいかどうか。それは今の人々が決める事。そして今の人々は、今の憲法を尊重している。違うか」
団長の言葉は、正論であった。しかし、アネルはそれに賛同してはならない――父の遺志を継ぐ為にも。
「今の国民は、騙されている、のですっ……負けた者の、顔を見れば分かるっ……」
「負けた者が淘汰される。それは前の憲法でも同じ」
それまで、アネルに合わせるだけだった剣を、力強く振り回した。弾かれた腕の勢いのまま、アネルは二、三歩後退する。
「……戯言は終わりだ。さあ……かかってこい、弟子」
――憲法第四条。恩師を殺すべからず
アネルはそっと、天から見守っているであろう父へとそっと告げる。
――父上、私は初めてその法を破ります。しかし、我が師は既に別の者……
アネルは、陰でひたすら努力をし、それを他に決して見せず、いつも笑顔だった――実はヘタレである、「今の師」を思い浮かべた。
――私の信じる教えは、既に別の物です。目の前の男は、既に唯の敵……!
目の前の男は。懐いてきた幼い子供を邪険にせず、その子供が「剣を習いたい」と言っては、拒まずに教えてくれた。優しい兄、であった。
「既に我が師は別にあり――! 行くぞシャクル! 貴様を……」
――殺す、というのは駄目なのです
あれは、唯の「殺したくない言い訳」だろうか、それとも。
――生かして倒す……それこそ真の強さだと、私は思います
「倒す!」
キン。
何度目、何十度目、何百度目か。打ち合わされた剣の音。互いの長剣は、初めの鋭さを無くし。腕の力は弱まっている。
「……っぐ!」
「この……!」
互いに引かない。しかし、やはりアネルは劣勢。
落ちそうになる腕を、休もうとする頭を、必死に動かす。
それでも、限界は訪れた。
キィンッ!
高く、高く音が鳴り響き、長剣が一つ、空に舞った。
アネルの剣が、地に突き刺さった。
「……これまでだな、アネル」
もう、力も残っていない。シャクルは、アネルを見逃す気は無い様だ。
「過ちを犯した弟子の責任は、私が取らねばならない。許せよ」
がくりと、膝を付いたアネル。逃げようにも足がさっぱり動かない。
――もう、駄目か
諦めかけた。アネルは、ゆっくりと手を膝に付け、頭を垂らす。
ゆっくりと、シャクルの剣が振り上げられていく様を、影でぼんやりと見つめた。そんな時。
甲高い、情けない副団長の声が聞こえた。アルトの、冷え冷えとした声が聞こえた。遠くに見える、二つの影。あれがあの二人だろうか――。
はっと、気付いた。
手に当たる、固い感触。腰に掛けた古い布ベルト。
そこに繋がる、もう一つのアネルの剣。
「さようなら、アネル」
そんなシャクルの声を、遮った。
「いいや」
そっと。剣の柄を握る。ゆっくりと抜き取る。
不思議そうな顔をした――アネルのしている事が見えていないシャクルは、首を一度捻り、そのまま長剣を振り下ろす。
そこでアネルは、がむしゃらに剣を振った。勢いよくシャクルの長剣に当たり、長剣は僅かにその軌道を逸らす。
ざくりと、長剣は地を抉った。
「まさか……!」
目を見開いたシャクルの腹に、思い切り突き込む。
「……私の、もう一つの剣だ」
それは、短剣。シャクルの長い剣を、弾き飛ばす事も出来ぬ、ただの短い剣。しかも、刃が刃こぼれしている。
アルトから受け取った、父の形見だった。
「……そうか。まだ、アネルの父の物が……」
「アルト……白騎士様が、下さった。唯一の、形見だ」
シャクルは、腹を刺されたのにも関わらず、にっこりと微笑んでアネルの頭を撫でる。
「良かっ、たな……」
そのまま彼は、地に伏した。




