2:白騎士
小鳥のさえずりで目を覚ます。
……だったらどんなに良かったことか。実際はバケモノの雄叫びで、たたき起こされた。
三人は、耳をがんがんさせながら出発の準備をする。
「うわぁ……。やっぱりえげつなかったな」
蛇の片づけをしながら呟かれたリゼリアの言葉に、ムーシャとユウは胸を撫で下ろした。
道中に現れるバケモノ達は適当にあしらい、<武国>へ向かう。食料は、蛙鳥肉が大量にあるので、集める必要が無い。
ユウとムーシャの水魔法でバケモノ達を弾く。
「おおー二人とも凄いね。……私は何もしなくていいの?」
拍手するリゼリアを横目に、二人は水魔法を放ち続ける。リゼリアの後半の台詞は聞かなかったことにした。……もう悪魔は降臨させなくていい。
なんとなく、無言のまま歩き続けた三人は、ようやく<武国>へとたどり着こうとしていた。
そのときに、バケモノが現れる。そのバケモノは、水にやたら強いので、ユウでは対処できそうにない。
ムーシャとリゼリアに任せようと、振り向くと。
二人は顔を凍りつかせ、立ちつくしている。ユウは二人の状態を疑問に思ったが、
「……? ムー姉、リゼ姉、このバケモノは水に強いから、火と雷で……」
二人は動かない。彼女らの瞳には、恐怖の色も見える。
何故。このバケモノは、格段強い訳ではないのに。ただのクラーケン……。
そこまで思ったところで、ユウは昨日のムーシャとの会話を思い出した。
それは、二人が異世界にいたという話。
二人は、何の力も無い時に、クラーケンに襲われたのだった。殺されそうになったという。
そんな二人が、クラーケンを前にして、戦えるのか。少し前まで、のんびりと学生をしていたという、二人が。
こちらの様子などお構いなしに、クラーケンは腕を伸ばして襲いかかろうとしてくる。ユウは水で何とかそれを弾き飛ばすが、更に運の悪いことに、
「きゃぁああ!」
若い女性二人の悲鳴。自分達以外にも人がいたようだ。しかも、どこからどう見てもただの一般人。
ムーシャとリゼリアに加え、離れたところにいる二人までかばうことは不可能。
詰んだ。ユウはそう思った。せめて後ろの二人は守ろうと構えなおしたとき。
日の光が、一瞬遮られる。直後、クラーケンの頭上に、音も立てず影が降り立った。
まるで舞でも見ているかのようだ。クラーケンを翻弄し続ける影を見ながら、ユウは思った。
その影は、若い男のもの。男は、己の身長ほどもありそうな大剣を自由自在に操る。
時折、彼の死角から腕が伸びてくるので、ユウが水を飛ばし、弾いて援護している。しかし、その援護も必要ないのだろう。一度攻撃を直に当てられても、全く動じなかった。
何本も迫りくるクラーケンの腕を、軽くさばきながら確実に切り落としていく。
クラーケンの残る腕は3本、とまでいったとき、彼は大剣を上段に構えなおし、一気に振り下ろす。
剣線はクラーケンの頭から地面までを一刀両断。クラーケンは悲鳴を上げる間もなく倒れ伏した。
ユウがその様子を呆然と見ていると、先ほどの女性二人が歓声を上げている。
「「さすがだわ、白騎士様!」」
「……は? シロキシ?」
ユウは、女性達が言う「白騎士」がどういう者なのか分からず、二人が何故そんなにも興奮しているのかも分からなかった。
とりあえず、「白騎士」が、クラーケンをいとも容易く討ち取った男であることは分かる。彼の衣装は真っ白で、髪も白だったのだ。
白騎士は女性達に近づいて、微笑を湛えて言う。
「大丈夫ですか、お嬢さん」
声を聞く限り、白騎士は思ったより若いのかもしれない。少年、と言った方が正しいような。
自分達より若い白騎士に、「お嬢さん」などと呼ばれたのが嬉しかったのか、女性二人は顔を真っ赤にさせて声も出ない。
ユウが呆れた目で見ていると、何やら話した後、彼女らは<武国>へと歩き出した。白騎士は付いて行かない。
「付いて行かなくていいんですか」
ユウが尋ねると、
「平気です。私が外に出れば、この国の壁に近寄ろうとはしませんから、魔物は」
白騎士は笑って言った。大した自信だ、とユウは皮肉気に思うが、実力があるのだから何も言えない。
「平気ですか、顔が真っ青ですが」
心配してくる白騎士に、何故だか無性に腹が立つ。
「別に」
素っ気無く答えた。
「魔法の使いすぎでは? ……いや、『魔法』じゃないか」
後半の台詞は、ユウには聞き取れなかった。
「貴方に心配されることも無いので。僕らも<武国>に入ります」
そう告げると、慌てたように白騎士が言う。
「……では私が案内いたします。リ……リスの子、そちらのお二人もですよね」
リスの子、とは一体何だ。何だか、この男の何もかもが気に入らない。
ふと気になって、ユウは白騎士に尋ねる。
「貴方の名前は」
急に尋ねられたと思ったのだろう、白騎士は目を瞬かせた。
「アルト、です。貴方は?」
名前を聞いた瞬間、白騎士を殴り飛ばしたくなったが、本人か分からないので止めておこう。
「ユウ」
「ユウさん、ですか。よろしくお願いします」
にこりと笑うアルトの目は、右は藍色で、左は空色。その、よく見ないと気付かないオッドアイが、妙に目についた。
*リスの子…愛らしいお嬢さん、の意。東地域の方言みたいなもので、科学都市以西の人は聞いても意味が分からない。
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