1:入国前の日常?
<科学都市>から<武国>へと向かう道は、ひっきりなしにバケモノが現れる。どうやら、道の両脇に広がる森は、バケモノがたくさん潜んでいるようだ。
「魔森林って呼ばれているよ。この森、邪魔に思えるけど、無かったら大変なんだよね」
ユウの言葉に、
「なんで大変なの?」
ムーシャが聞いた。
「魔森林の北に魔法都市、南に科学都市があるから。この二つの国、犬猿の仲だし」
魔法都市は魔法が使える者が優遇され、一方、科学都市は使えない者が優遇される。考えが真逆なのだから、仲が悪いのも当然だろう。
リゼリアは納得しながら言う。
「成程、あった方が衝突しないし便利だね。食べ物もとれるし」
「バケモノはいらない……」
ムーシャは震えながら言った。第二位世界にいたころから見慣れていたが、食べ物として見るとどうにも駄目だ。ムーシャは、牛を普通に食べられるものにすることを決心した。
しばらく歩いて、城壁が見えてきた。と言っても、まだまだ遠い。
晴れていて明るい中、その壁は黒くて、遠くからでも目立っている。
「あとどれくらいかかるかねぇ?」
「半日くらいかな。着く頃には夜だ」
二人の言葉を聞いてムーシャは、孤児院長の忠告を思い出した。
「<武国>は、夜入ると危険。絶対、昼間に入ること……だっけ?」
「夜は、興奮している住人が。朝は、眠くて気が立ってる門番が、殴りかかってくるんだよね」
「……もういやだ、へんなとこばかりで」
リゼリアがしゃがみこんでしまった。ムーシャは慌てて言う。
「えっと、昼間に着くために、どこかで一旦止まろうか」
「野営の準備? できるかな……」
ユウが背負っていたバックパックを開き、ごそごそと何か探し出す。
探し物は見つからなかったようで、手を空に向け、肩をすくめて言う。
「残念ながら、何もありません。寝ている間に、バケモノが僕らを踏みつぶすかも」
困った。<武国>の人に殴られるか、バケモノに蹴り飛ばされるかの二拓なのか。
頭を抱えていると、リゼリアがぽつりと言った。
「いや、ちょっと思いついた。野営、できるよ」
リゼリアは、足と手の生えた蛇に向かって、雷を落とした。憐れ、蛇は一瞬で黒焦げに。
次に彼女は、ユウが持っていたナイフで、蛇の足から下の部分を真っ二つに裂く。それを木に括り付けた。
「魔除け、できあがりー」
既に、周りの木には蛇がずらりと並んでいる。蛇の濁った眼が、いくつも自分たちを睨んでいるような……。彼らの血が、ぽたぽたと地に落ちていく。地面はどす黒くなった。
ムーシャはユウと並んで、その様子をびくついた目で見ていた。
「リゼ姉、悪魔の儀式でもするの……」
せっかく表情が豊かになってきたユウの声が、平べったい。
「リゼ……。そんな子に育てた覚えはありません……」
ムーシャの声も同じ。
因みに、二人はかなり本気で言っている。しかし当のリゼリアは、
「ユウ、違うって。むしろ神聖な儀式に使うんだよ?
ムーシャ、君に育てられた覚えは無いよ~」
冗談だと思ったらしく、からからと笑いながら言った。
「蛇は魔除けに使うって、お婆ちゃんから教えられたんだ。悪いモノを防ぐ、結界を作れるんだってさ。でも、第二位世界に結界とか、そういうの、あったのかな……?」
首を傾げながら言われても、ムーシャが思うことは一つ。
「リゼ姉は、悪魔のお婆ちゃんに育てられたんだ。きっとそうだ。こんなに変な子になったのも、そのせいなんだ」
ユウも同じことを思ったらしく、早口でそう告げた。
蛇の魔除けは確かに効果を発揮し、バケモノは全く近づいてこない。
リゼリアは次に、蛇を下げていない木の根元を、雷で焼き尽くした。大木があっけなく倒れる。
ビーム雷(と、ムーシャとユウが命名)で木をすぱすぱ切っていく彼女を、またもや二人は顔を引き攣らせて見ていた。
「ムーシャ、これ燃やして」
その木は、薪にするようだ。リゼリアが、キャンプファイアー風に木を積み上げた。
「…wsly nmu rrnshhka,hh ritpk」
ムーシャが、ぼそりと唱えて火種を付ける。
「こんなに、きは、いらない」
ユウが感情のこもらない声で言った。
「ちょっと狩りに行ってくる」
もはや何の反応もしない二人を置いて、リゼリアは森の中へと消える。
「私達は、夢でも見ているのかしら」
ムーシャがぽつりと言った。
「キット、ゆめだヨ、たぶん。むーねえ、ひまだシ、はなそうカ」
ユウはカタコトだった。
「ただいまー。たくさん獲れたよ」
見た目は、肌も白く、金髪で美少女の彼女。誰が、一人でケルベロスを3匹討ち取ることができる悪魔だと思うだろうか。
「お助け下さい」
「おゆるしください」
「……あ、ごめん」
ムーシャとユウの様子を見て、彼女もようやく気付いたようだ。きっと元の、殺しが嫌いな彼女に戻ってくれるはず。
二人の期待は、無残にも打ち砕かれる。
「ケルベロスって甘いんだよね。それに、ムーシャが絶対食べないか。気付かなくてごめん。じゃあ、蛙鳥獲ってくるね。」
さっき、10匹の群れを見かけたからさ。そう言い残して、リゼリアはまた姿を消した。
「やっほう……あれ? 二人とも寝てる」
リゼリアが戻ってくると、ムーシャもユウも寝ていた。何故だか二人とも、苦しそうな表情だ。
悪夢でも見ているのだろうか、と不安になる。二人の頭をそっと撫でた。よい夢になりますように、と。
……何故か二人とも、さらに顔が蒼くなった。
「それにしても、水魔法って、こんなこともできるんだ。ウォーターベッドみたい」
二人が寝ているのは、程良い弾力のスライムっぽい何かだった。きっと魔法だろう。
「ふむ。でも、私がしたのは無駄だったなあ……頑張ったのに」
そう呟くリゼリアの腕には、大量の羽毛がある。蛙鳥の羽を剥いだのだ。
ウォーターベッドはリゼリアの分が無かったので、せっかくだし、とその羽毛を地面に広げ、横になった。
そんな<武国>入国前の、どうでもいい一日。
次回更新、9月28日




