3:すれ違い
今回少し長めです。
さて、さっきからずっと黙っているリゼリアとムーシャだが、白騎士を見て何か言いたげだ。
彼の名前を聞いて、二人の肩がぴくりと震えた。
ユウは、白騎士――アルトに尋ねる。
「二人の名前は聞かなくて……」
いいんですか、と言いかけたところを、アルトは制し、くるりと向きを変える。
「それでは案内しますね」
そう言った彼の背中は、拒絶の色が漂っていた。
ユウはその背中を、無感動に見つめていた。
いよいよ入国である。近くまで寄ると、壁の黒さは異様に目立つ。
目の前の白い姿に尋ねる。
「何で壁が黒いんですか。気持ち悪いです」
「気持ち悪いと言われてしまうとね。でも、薄い色だと駄目なのです」
苦笑しながらアルトは言った。
「血の色が目立ってしまいますから」
簡単に告げられた言葉は、しかし聞き流せないもので。それほど血が流れる国だと言うことか。
……リゼリアがようやく口を開く。
「アル」
「初対面の人に愛称で呼ばれるのは初めてですね」
そう言った白騎士の顔は窺えない。しかし、リゼリアの顔は見えた。
とても怒っている。
「初対面。へえ」
「リゼ……」
ムーシャが、喧嘩腰のリゼリアをそっと諌めた。しかし彼女の顔も暗い。
白騎士が振り返ると、その表情は笑顔。彼には笑うことしかできないのだろうか。ユウは憎々しげに思う。このラフマシーンめ。
「さて、入りましょうか。……戦えない場合は、すぐに逃げてください」
何の忠告だか分からない言葉を吐き、白騎士は国の門を開けた。
開けたとたんに、凄まじい景色が目に飛び込んできた。筋肉隆々の男二人が、殴り合い、切りつけ合っている。血が飛び散るたびに、周りから歓声が上がった。観客の中には、祈るように手を組み、頭を凭れている女が二人。
白騎士が不愉快そうに眉を寄せる。
「ちょうど、決闘中でしたか。間の悪い」
しかし止める気はないようで、腕を組んで静観している。随分と偉そうで。
リゼリアとムーシャは呆然としていた。いきなり決闘の場面だったのだから仕方ない。<武国>では日常らしいが。
男の内、髪が赤茶けている方が、ナイフを相手の両足に深く付き刺す。刺された相手は力尽きたようで、どうと音を立てて倒れた。
観客の怒号と拍手が飛び交い、祈っていた女の内片方が諸手をあげ、もう片方は泣き崩れる。
喜びと悲しみ、血が混じりあった状態だ。
どうなるのかと見ていると、倒れた男と泣き崩れた女に、制服を着た人々が鎖を繋いでいく。二人はそのまま連れ去られてしまった。
「……何が起きたの?」
ムーシャが顔を歪ませて尋ねれば、
「決闘です。負けた方は、妻と共に奴隷にされます」
白騎士が無表情で言った。
「何それ。奥さんは関係ないだろうに」
リゼリアが嘆くと、白騎士が口を開く前にユウが言う。
「弱い男を選んだ女も悪いってことじゃない。この国、力至上主義でしょ」
「よくお分かりで。ではさっさとここから消えましょうか」
白騎士が早口で告げた時、勝鬨を上げていた男がこちらに気付いた。
「白騎士様ではないですか! ぜひ一度手合わせを……」
「すみませんが、こちらの御三方を案内せねばならないので。機会は後程」
「……旅人か? 一度強さを試させていただきたく……」
男の言葉を遮り、白騎士は早足で歩きだした。
「受けてあげれば良かったんじゃないですか。強いんでしょう」
「別に戦うのは好きではないので。貴方方も避けたいでしょう?」
戦うのが好きでなくて、どうやってここまで強くなるのだか。思えばこの細腕で、大剣を振り回していたのである。見かけでは人は分からない。
それにしても、とユウは思う。どうしてこの人はここにいて、白騎士なんてものをやっているのか。そして何故リゼリアとムーシャの方を決して見ようとはしないのか。
歩いている途中で、多くの婦人方や少女達に愛想を振りまき、顔を赤らめさせているこの女たらしが。
この変人め。
どう考え始めても、何故だか白騎士を罵倒する言葉しか浮かばなかったので、このことを考えるのを辞めた。
立派な城にたどり着くと、門の前にたつ兵士が、ジャキ、と槍を構えた。
「槍を下ろしてください」
「何故です、勇者様。不審者三名――、戦闘態勢に入るのは当たり前のことです」
兵士が冷たい声で言うと、白騎士はため息をついた。
「……アネル。融通が利かないですね、君は。
この三人は私の知り合いです。通しなさい」
「……後でどうなっても知りませんよ」
兵士――アネルは渋々、槍を下げた。
ユウは、心の中でくつくつと嗤っていた。今度は「勇者様」だって? 話に聞く「アルト」ならば、恥ずかしくて三日間寝込みそうな名前だ。
……本人ならば、だが。リゼリアとムーシャの反応を見る限りでは、白騎士は彼女らの言う「アルト」で間違いない。
しかし、何だか性格は女たらしみたいだし、幼馴染とムーシャ――リゼリアが言うには想い人らしい――を見ても全く反応しない。むしろ話しかけないようにしている。
ただのそっくりさんか、何かあるのか。
何も分からないが、白騎士が好きになれないことだけは分かる。
城に入って、白騎士が言うままに迷路の如き廊下を歩き続けると、いつの間にか立派な扉の前に立っていた。白騎士はこんな場所に自分達を来させて何をしようというのか。
扉を開けると、和やかに談笑していた人々が、一斉に振り返る。そして白騎士の姿を認めるや、若い女性達が一気に駆け寄る。
アルト様、いらっしゃったのですね、と甘い声ですり寄る女性達を、笑顔で適当にあしらいながら、白騎士はある場所めがけて歩き出した。ユウ達も何とか付いて行く。
ある場所には、偉そうにふんぞり返って座る男がいた。この国の王だろうか。
「勇者アルトよ。そこにいるのは何だ」
ユウ、リゼリア、ムーシャを指さし、尋ねる。
「私の客人です。城に泊めさせてください」
白騎士の言葉に、周りがざわめいた。
「アルト様!? 得体のしれぬ者を城に寄せるなど……」
「私の客人です」
有無を言わせぬ口調で言った。王は目を瞑りしばし考えた後、ゆっくりと口を開いた。
「泊めることを、許す」
周りが非難の声を上げるが、王も白騎士も耳に入れなかった。
一度深く礼をすると、踵を返して出口へと向かう。困惑しながら、またユウ達三人は彼に付いて行くしかなかった。
「ここが客室です。ここと、……あそこの二つを自由に使ってくださって構いません。それでは」
簡単に説明をして、立ち去ろうとする白騎士を呼び止める。
「待って下さい。何で初対面の僕らを泊めてくれるんですか」
初対面と、強調して言ったのに、彼は眉をぴくりともさせない。
「本当に彼女ら二人と初対面ですか」
非難を込めて言った。すると、白騎士は笑って言う。
「本当ですよ。ね、お嬢さん」
リゼリアもムーシャもただ黙って俯いていた。
「……このイカレ笑顔マシーンが」
つい、口に出してしまう。白騎士は笑顔のままだった。
「よく言われます」
そして、彼はどこかへ立ち去ってしまった。
「なんで」
その一言が、4人の口から同時に出たのは、偶然だった。
金髪の少女とそばかすのある少女は、呆然として。
青い髪の男の子は、腹立たしげに。
白騎士として崇められる少年は、泣きそうになりながら。
誰も答えない「何故」という問いを、同時に発したのは、一つのすれ違いからの偶然だった。




