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愛想がないと結婚0日目に離縁されたアラサー会計士 ~複式簿記で辺境領地を再建します~  作者: かな


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第42話:市場封鎖と産地直送の盾

王都の朝は、静寂ではなく、胃をキリキリと締め付けるような欠乏の予感と共に明けた。

中央広場のパン屋の軒先には、本来並んでいるはずの香ばしい琥珀色の塊が一つもなかった。並んでいるのは、虚無と、それを埋めるための罵声だけである。王都の全倉庫の8割を支配する物流独占ギルド「黄金の車輪」が、突如として全拠点の門を閉ざしたのだ。

財務卿ジャック・ド・モルレは、自らの不正が暴かれ、中堅官僚たちが次々とカナリスの「天秤」へと寝返るのを目の当たりにし、ついに市場の封鎖という禁断の毒を流し込んだ。

モルレ:「……ふん、理屈だ、整合性だと小賢しい小娘が。数字が正しくても、腹が減れば民は獣になる。……滞っていた情報の流れが溶けたなら、次は腹を空かせた民で王都を焼き払ってくれるわ」

モルレが放った扇動員たちは、飢えに怯える群衆の耳元で執拗に囁き続けた。「あの辺境から来た会計士が、王都の食糧をすべて横領してヴァイス領へ運び出したらしい」「彼女の改革のせいで、ギルドが商売を辞めてしまったんだ」

怒りの矛先は急速に、王国再建委員会が入る臨時の領主館へと向けられた。窓の外には、松明を掲げ、不規則な殺気を放つ民衆の壁が築かれつつあった。

グロック:「――おい。カナ。外の野郎ども、今にもこの扉をぶち破って入り込んできそうだぞ。……モルレの古狸、なりふり構わず市場を人質に取りやがったな」

グロックは不機嫌そうに剣の柄を叩いた。カナリス・ヴァン・ベルクは、眼鏡を指で静かに直し、手元の供給網の図から目を離さなかった。

カナリス:「閣下、三歩下がってください。……モルレ殿の戦略は、情報の偏りを利用した商いの遮断です。ですが、あの方は致命的な見落としをしています。蛇口を閉めても、水源そのものを支配していなければ、流路を迂回されるだけだということに」

カナリスが打ち出したのは、モルレの想像を絶する物流の逆転であった。

これまでヴァイス領から王都へ物資を運んでいたルートは、大商会が支配する主要街道に依存していた。だが、カナリスはかつて整備した「血脈の街道」の支線や隠密ルートを一晩で、生産者から直接供給する仕組みへと組み替えたのだ。

王都の物流独占ギルドが倉庫を閉ざしたなら、倉庫を通らなければいい。カナリスは、ヴァイス領で組織化した農協の馬車隊を、王都の裏門へと集結させた。

領主館を取り囲む群衆の怒号が最高潮に達したその時、地響きのような重厚な車輪の音が響き渡った。壇上に躍り出たグロックが、ヴァイス領の紋章旗を高く掲げ、後ろに続く数百台の荷馬車を指差す。

馬車の覆いが剥ぎ取られ、黄金色に輝く麦の袋が姿を現すと、広場に現物資産の輝きが満ちた。

グロック:「――聞け! この麦はな、カナがてめぇらをモルレの古狸から守るために、夜も眠らずに用意した分け前だ! 略奪したいならしてみろ! だがその瞬間、お前らは明日から届く確実な未来を自分たちで食いつぶすことになるんだぞ!」

グロックの、理屈ではなく魂に訴えかける言葉が、空腹によるパニックを希望へと一瞬で反転させた。カナリスは一銭の狂いもない価格表を掲示し、不当な手数料を排除した直売価格での供給を開始した。

数刻後。市場の混乱が落ち着き始めた頃、領主館の執務室には再建チームが集結していた。

シルヴィア:「お見事でしたわ、お姉様。……王都の貴婦人たちの間では、今やヴァイスの麦をいち早く手に入れることが、家門の誇りを示す最高の格付けになっておりますの。ギルドに頼っていたあの方々、今や自分たちから馬車を差し出したいと仰っていますわ」

シルヴィアは扇子で口元を隠し、誇らしげに評判を管理した成果を報告した。

クイン:「……へっ、あっちのドブ川の方も順調だぜ、お局様。……モルレの野郎、倉庫を閉めさせるための補償金を払いすぎて、手元の金が完全に枯渇しやがった。……今、あいつは必死に逃げ道を探してる。……行き先は、王都の西にある教会の総本山だ」

カナリスの眼鏡の奥の瞳が、冷徹に光った。

カナリス:「……想定内の動きですね。法と経済で追い詰められたネズミが最後に逃げ込むのは、王権すら及ばない情報の闇……。クイン殿、教会の裏帳簿への接触は可能ですか?」

クイン:「……簡単じゃねぇが、あいつらが聖遺物の取引で洗浄してる金の足跡は、俺の猟犬たちがいくつか掴んでる。……ただ、あそこはグロックの旦那の剣も、お局様の法律も通用しねぇ聖域だぜ?」

グロック:「……。……剣が通らねぇなら、あいつらの不整合な神様とやらを、数字で引きずり出すだけだ」

グロックは不敵に笑った。カナリスは手元の帳簿に、次の戦場の名前を記した。

カナリス:「……ええ。モルレ殿が資産を隠蔽しようとしているその聖域こそが、王国再生のための最後の巨大な回収不能な貸しです。……テオ君。準備をしてください。これより、王国全体の帳簿をすべて合流させるため、教会の立ち入り調査に向けた布告書を作成します」

テオ:「はい、ベルク殿!」

夕暮れ時。王都の混乱を鎮めたカナリスの心の帳簿には、王都の民の信頼という莫大な資産と、そして次に崩すべき聖域という名の巨大な壁が、一銭の狂いもなく計上された。

カナリス:(……。王都の民の信頼という資産は確保できた。しかし、あの聖域という名の淀みを正さなければ、本当の清算は終わらない。目に見えない脅威を可視化できる)

破綻した王国の清算は、ついに神の理を自称する情報の淀みとの最終決戦へと突入しようとしていた。

一行は、モルレが逃げ込んだ王都の西にそびえる、聖ミリア修道院の巨大な鉄の門扉の前に到着した。

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