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愛想がないと結婚0日目に離縁されたアラサー会計士 ~複式簿記で辺境領地を再建します~  作者: かな


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第41話:氷の最後通牒と沈みゆく泥舟

王都の中央広場。かつては王国の威信を示すための祝祭や、罪人を裁くための断頭台が置かれたその場所に、今は異様な構造物がそびえ立っていた。

それは、ヴァイス府の職人たちが一晩で組み上げた、高さ5メートルを超える巨大な木製の天秤だった。

カナリス・ヴァン・ベルクは、その天秤の傍らで、冬の澄んだ空気の中に凛と立っていた。眼鏡を指で静かに直す。彼女の背後には、不機嫌そうに腕組みをするグロック、そしてシルヴィアと、クインが控えていた。

広場には、王都の財務府や徴税府に勤める中堅、下っ端の官僚たちが、遠巻きに、しかし無視できない不気味さを感じながら集まっていた。

カナリスは、計算機を叩く音すら響きそうな静寂の中、声を張り上げた。その声には、扇動者の熱狂も、独裁者の傲慢もなかった。ただ、一銭の狂いもない「理」の重みだけがあった。

カナリス:「王都の役人の皆さんに、公式な最後通牒を布告します。……現在、王国財務府の帳簿には、修復不可能なほどの淀みが蓄積されています。財務卿ジャック・ド・モルレ殿が仕掛けた情報の隠蔽により、この国という組織は、物理的な消滅を待つだけの状態にあります。……ですが、私はあなた方全員を『廃棄』するつもりはありません」

カナリスが合図を送ると、テオたちジュニア・監査官が、山のような「青い封書」を官僚たちの前に積み上げた。

カナリス:「これは、私が提案する**『自己申告による減刑』**の案内です。……今日から1週間、この巨大な天秤をここに設置し続けます。自らの不正、あるいはモルレ殿から命じられた不適切な実務の全容を正直に白状し、隠し持っている裏の資産をこの天秤に乗せた者は、過去の罪を一切問いません。……それどころか、あなた方の持つその『悪知恵』を、不正を防ぐための技術として使い、新しい王国政府の職員として再雇用することを約束します」

広場に、ざわめきが広がった。「罪を問わない」という言葉に、保身に走る者たちの目が泳ぐ。

カナリス:「ただし。……この1週間を過ぎても沈黙を貫き、後に私の監査で不整合が発覚した者は、即座に全財産を没収し、物理的にこの王都から排除します。……正直に話して『礎』となるか、隠し通して『損失』として処理されるか。……どちらが自分にとって得になるかは、あなた方自身の筆で決めてください」

官僚たちの手元に、青い封書が配られていく。その封書には、カナリスが「ゴミ捨て場の排出物」から逆算して導き出した、各個人ごとの『具体的な計算ミス』や『不自然な支出』の証拠が、一銭単位で記されていた。

官僚:「なぜ、俺が愛人に贈った指輪の代金を知っているんだ……」 官僚:「この馬車の修繕費の誤魔化し、誰にも言っていないはずなのに……」

官僚たちは、手元に届いた「確定した真実」を前に、ガタガタと震え出した。カナリスの放った「情報の槍」は、彼らが数十年かけて築いてきた情報の防壁を、内側から粉々に砕いていた。

グロックは、青ざめていく役人たちの顔を眺めながら、隣のカナリスに小声で尋ねた。

グロック:「……なぁ、カナ。あんなデカい木戸銭の量りみたいなのを作って、本当にあいつら来るのかよ? 俺には、あいつらがもっと奥に引きこもっちまうようにしか見えねぇが」

カナリス:「閣下、3歩……いえ、1歩までなら許可します。……彼らは奥へは逃げられません。情報の淀みは、一度光が当たれば、影の場所を特定するのは容易ですから。……彼らが恐れているのは『罰』ではなく、『自分たちだけが損をすること』です。……誰か1人があの天秤の前に進めば、それまでの沈黙という名の談合は、一瞬で崩壊しますよ」

グロック:「ふーん。……まぁ、あいつらが来なかったら、俺がそいつらを一軒ずつ回って、その天秤まで引きずり出してやるけどな」

グロックは不敵に笑い、腰の剣の柄を叩いた。その野性的な覇気は、広場に集まった官僚たちに、「逃げ道はない」という物理的な圧力を与えていた。

そこへ、影の中からクインが歩み寄り、1人の震えている中堅役人の肩を叩いた。

クイン:「……よう、そこの書記官。……あんたの書いた、あの3種類の二重帳簿。……あれ、なかなかの職人芸だったぜ。フーガーの連中でも、あそこまで綺麗に金を洗える奴はそうはいねぇ」

役人:「な……貴様、何者だ……」

クイン:「元・フーガーの使い捨てだ。……あんたさ、今の主人のために証拠を飲み込んで死ぬより、俺たちの側でその『汚ねぇ技術』を役立ててみねぇか? 綺麗事じゃ見えないドブ川の底を、俺と一緒に覗き込む仕事だ。……悪いようにはしねぇぜ」

クインの冷ややかな、しかし専門家としての敬意を込めた誘惑。それは、追い詰められた実務家にとって、最も甘美な救済の言葉だった。

さらに、シルヴィアがその役人の家族へ向けて、華やかな笑顔を振りまいた。

シルヴィア:「あら、心配なさらないで。お姉様が作った新しい仕組みの中には、誠実に働く職員のための『遺族年金』や『医療保障』の項目も、きっちりと計上されていますのよ。……あんな沈みかけのモルレ様の泥舟に乗っているより、お姉様という最強の盾の下で、ご家族と安定した未来を過ごす方が、ずっと合理的だと思いませんこと?」

カナリスの論理、グロックの武威、クインの誘惑、そのうえシルヴィアの安心。4者4様の攻勢に、官僚たちの鉄の結束は、音を立てて崩れ始めていた。

そして、沈黙を破ったのは、1人の若い書記官だった。彼は震える手で、自分がモルレ財務卿の指示で作成した「架空の軍需物資納品書」と、その報酬として受け取っていた小袋の金貨を手に、巨大な天秤の前に進み出た。

書記官:「……報告します! 私は……モルレ卿に命じられ、過去3年にわたり、国境警備隊の食糧配給を2割、実体のない商会へ流出させていました!」

ギギギ、と巨大な天秤が音を立てて傾く。金貨の重みではなく、そこに「真実」が置かれたことによる、組織の重力の変化だった。

カナリス:「受理しました。……テオ君、彼の証言を14条の特例免責として記帳してください。……次の役職への研修の計画を準備するように。……次の方、どうぞ」

1人、また1人と、官僚たちが天秤の前に列を作り始めた。広場に響くのは、もはや怒号ではない。自分たちが汚してきた帳簿を、自らの手で洗い流そうとする、実務家たちの懺悔の記録だった。

夕暮れ時。天秤の上に積み上がったのは、不当な横領金、偽造された印章、そして数えきれないほどの「裏の記録」だった。

シルヴィア:「お見事でしたわ、お姉様。……これでモルレ様は、王宮の中でたった1人の『不良在庫』になりましたわね。……さて、お姉様。このまま一気に、あの古狸を買い叩きに行きませんこと?」

シルヴィアは上機嫌でカナリスの肩に手を回そうとしたが、カナリスは事務的な手つきでそれをかわし、手元の集計表に目を戻した。

カナリス:(まだ土台は安定していない。彼ら改心した官僚たちが、私の手引を完全に守り、3期連続で黒字を出すまでは、この国の立て直しはまだ最初の段階に過ぎない。この胸の騒ぎに、事務処理という名の冷徹な蓋をしなければ)

そこへ、グロックが大きな影を落としながら近づいてきた。

グロック:「……カナ。お前、さっきから帳簿ばっかり見てるが。……これだけの奴らが俺たちの仲間になったんだ。……そろそろ、俺が前から言ってる『専属契約』の話、返事をくれてもいいんじゃねぇか? この国というデカい資産、お前1人の筆じゃ重すぎるだろ」

グロックは、カナリスの顔を覗き込んだ。

カナリスはゆっくりと眼鏡を直し、夕日に照らされた天秤を見つめた。

カナリス:(心臓の音がうるさい。帳簿には絶対に書けない計算外の熱が、この人から伝わってくる。冷静にならなければ。数字の整合性を保つのが私の役割だ)

カナリス:「……。……閣下。現在、人員を動かすための入れ替えに伴う無駄な損失が、当初の見積もりを15パーセント上回っています。……彼らが自律し、この国が誰の手を借りずとも理で回るようになるまで……。その生涯契約に関する審議は、当面の間、『継続審議』とさせていただきます」

グロック:「……ははっ! またそれかよ。……お前、その地盤が落ち着くのって、あと何年かかるんだ?」

カナリス:「予測値です。……社会情勢の変数によっては、さらなる延長の可能性も否定できません」

カナリスは頬をわずかに朱に染めながら、手元の帳簿をパタンと閉じた。

理の盾を構えながら、しかし隣に立つ人の熱を否定しきれない会計士。

不毛の地に確立された、氷の最後通牒。それは、情報の不純物を「礎」へと変え、沈みゆく泥舟から真実の実務家たちを救い出した、組織再編の記録だった。

彼女の心の帳簿には、裏帳簿の告発という名の、莫大な「将来の財産」が、一銭の狂いもなく計上された。

しかし、その夜。王都の全倉庫の8割を支配する物流独占ギルド「黄金の車輪」が、突如として全拠点の門を閉ざした。

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