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愛想がないと結婚0日目に離縁されたアラサー会計士 ~複式簿記で辺境領地を再建します~  作者: かな


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第24話:偽りの紋章(模倣品)と逆転の監査

ヴァイス領の「血脈の運河」が開通して以来、領地の風景は劇的な変化を遂げていた。南方の自由都市連合へと直接繋がる水路は、かつて泥濘に閉ざされていたこの地を、王国北部の物流の要所へと押し上げたのである。

中でも「白き工房」で生産される高品質な毛織物は、その均一な織りと堅牢な発色から、王都の貴族たちの間でも「ヴァイスの白」として一種のステータスになりつつあった。三交代制と適切な労務管理によって、職人が万全の体調で織り上げる布は、他領の粗悪品とは比較にならないほどの歩留まり、つまり良質な製品ができる割合を誇っていたのだ。

しかし、急激な成功は常に、不当な利益を狙うハイエナを呼び寄せる。

中央広場の市場。カナリスは金縁の眼鏡を指で直し、一人の商人が広げている布を冷徹な目で見つめていた。その布には、ヴァイス領主家の紋章である「立ち上がる獅子」の印が誇らしげに押されていたが、カナリスの目は欺けなかった。

カナリス:「……残念ながら、これは我が領の製品ではありません。引き上げてください」

商人:「な、何を仰る! ほら、この紋章を見てください。紛れもなくヴァイスの品だ。これを高く買い取る約束だろう!」

カナリス:「紋章の形は似せていますが、織り目の密度が3割も足りません。……それに、この染料の匂い。我が領では使用を禁じている、安価で毒性の強い植物染料の臭気がします。これは双方が同じ情報を持たないことを利用した、悪質な模倣品ですね」

カナリス:(前の人生の信金時代に見た産地偽装によるブランド毀損、つまり信用という名の資産を破壊する行為と同じだ。粗悪な偽物が市場に出回れば、積み上げてきた信用の価値が暴落する。目に見えない脅威を可視化できる。不当な略奪を防ぐには、相手に逃げ場のない現実を突きつけるしかない)

そこへ、騒ぎを聞きつけたグロックが、重厚な足音を立てて現れた。

グロック:「カナ、どうした。……おい、その布。俺たちの獅子の顔が、なんだか間抜けに見えるな」

グロックは商人の首根っこを掴み、鋭い瞳で射抜いた。

グロック:「俺は数字はわからん。だがな、俺たちの名前を騙ってゴミを売る奴の面構えだけはよく知っている。……この紋章はな、俺の民が泥を啜りながら守り抜いてきた誇りなんだよ」

翌日、ヴァイス領主館を訪れたのは、王国の名門・ヴァロワ公爵家からの使者であった。背後には、大陸最大の資本「フーガー商会」の影がちらついている。

使者:「ヴァイス伯。および会計顧問ベルク殿。……折り入って、我が主より『市場の秩序』に関する抗議を預かって参りました。……貴領が使用している『立ち上がる獅子』の紋章。……これは、かつて王家より公爵家へ授けられた意匠であり、我が家の独占的な商標であるとの判断です。即刻使用を停止し、これまで得た利益の半分を賠償金として支払っていただきたい」

公爵家が「権威」を振りかざしたのに対し、カナリスは表情一つ変えず、昨日市場で没収した「粗悪な模倣品」の山を、使者の目の前に積み上げさせた。

カナリス:「素晴らしい。ちょうど、この獅子の紋章を掲げた『有毒な染料を用いた粗悪品』が市場に出回り、健康被害の訴えが相次いでいたところです。我が領の製品ではないと証明するのに骨が折れると思っていましたが……この紋章が『公爵家のもの』であると正式に主張されるのなら、これらの粗悪品に対する損害賠償責任と回収費用も、すべて公爵家が引き受けてくださるのですね?」

使者の顔から、血の気が引いていった。

使者:「な、何を……! 有毒だと!? 損害賠償だと!?」

カナリス:「ええ。公爵家の紋章であれば、製造物責任、つまり製品が引き起こした事故の責任は当然、公爵家にあります。今この瞬間も、肌に炎症を起こした顧客たちが、紋章の主への訴えを準備していますよ。……さあ、どうされますか? 公爵家の名において、この毒布をすべて回収し、賠償金を支払うと誓約されますか?」

使者は、震える手で自身の主からの抗議書を握りつぶした。

使者:「そ、その紋章は……我が家のものとは……見間違えだった! 我らとは無関係だ!」

情報の非対称性を逆手に取り、相手に「責任」という名の巨大な負債を突きつける。使者は逃げるように馬車へと乗り込んでいった。

夕暮れ時。グロックは呆れたように、しかし心配そうにカナリスに尋ねた。

グロック:「カナ、これで勝ちだが……あの有毒な偽物布を買っちまった客はどうするんだ? 俺たちの紋章を信じて買った連中だぞ」

カナリス:「当然、すべて無償で回収し、我が領の正規品と交換します。あるいは、購入金額を全額補償いたします」

横にいたテオが、驚愕して声を上げた。

テオ:「ベルク殿! そんなことをしたら大赤字です!」

カナリス:「テオ君、三歩下がって計算しなさい。これは損失ではなく『信用の買い戻し』という名の投資です。ここで客を見捨てればブランドは死ぬ。逆に『偽物被害まで保証してくれる』という伝説を作れば、顧客の忠誠度は一生モノになります。……ただし、交換する本物には、これからは職人が手作業で仕込む『特殊な色糸』と、私が発行する『通し番号付きの品質保証書』をセットにします」

情報の不透明さを解消し、「保証書がないものは偽物である」という理を市場に定着させる。これが、目に見えない「信用」に、物理的な金貨以上の価値を持たせるための次なる一手だった。

カナリス:(一銭の狂いもない誠実さこそが、最強の防壁になる。そして……この交換にかかった費用一式は、『不正競争による損害賠償』として、裏でフーガー商会にきっちり請求させていただきます。断れば毒布の証拠を王都にばら撒くだけですから)

不毛の地に確立された、真実の紋章。それは、偽造と搾取が横行する世界に、「品質」と「誠実」という名の新たな理を刻み込んだ、会計士カナリスの静かなる勝利の証であった。

しかし、ヴァイス領の「紙切れ一枚」が金貨以上の価値を持ち始めたことで、街道には新たな課題が生まれようとしていた。

南方の自由都市連合からこの地を目指す商使たちの馬車。その荷台には、重い金銀貨が詰まった袋が積み上げられ、彼らの顔には襲撃への張り詰めた焦燥が色濃く滲んでいた。

カナリス:(現金を物理的に運ぶこと自体が、あまりに巨大なコストだわ。今の街道には、解決すべき『重みの淀み』が存在している)

情報の連動を阻む、物理的なリスク。その淀みを解消するための、カナリスの次なる金融革命が動き出そうとしていた。

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