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愛想がないと結婚0日目に離縁されたアラサー会計士 ~複式簿記で辺境領地を再建します~  作者: かな


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第20話:王国の債務不履行(デフォルト)と真実の天秤

ヴァイス領の静かな冬の朝を、王都から届いた一通の「警告書」が切り裂いた。その羊皮紙に押された赤い封蝋は、国王直属の最高評議会によるもの。内容は、あまりにも理不尽で一方的なものだった。

『ヴァイス領における「穀物引換券」の独自発行は、王国の貨幣鋳造権を侵害する明白な叛逆行為である。即刻その使用を停止し、全記録を破棄せよ。これに従わぬ場合、辺境伯グロカール、およびその顧問カナリス・ヴァン・ベルクを国家反逆罪として処断する』

領主館の執務室、グロックはその紙を乱暴に机に叩きつけた。

グロック:「……はっ、あいつら、俺たちが泥を啜って立て直した領地を、今度は『反逆』なんて言葉で飲み込もうってか。カナ、あいつらには俺たちの理屈なんて通じねぇ。剣で語った方が早いんじゃねぇのか」

カナリスは、激昂するグロックの傍らで、眼鏡を指で静かに直した。彼女の視線は、警告書ではなく、その横に置かれた自作の「王国全域の財務推定表」に向けられている。

カナリス:「閣下、三歩下がってください。……暴力は、今の状況では最も回収効率の低い、割に合わぬ手段です。……彼らが『叛逆』という強い言葉を使ってきたのは、それだけ追い詰められているという証左。……王都は今、手元の金貨が完全に底を突いているはずです」

カナリス:(一領地の利益を奪わねば首が回らぬほど、国家の家計が傷んでいる。情報の淀みを突けば、城壁を壊すより容易く敵を沈められる。不当な略奪を防ぐには、相手に逃げ場のない現実を突きつけるしかない)

グロック:「あ? 金がないから、俺たちの麦の券を奪いに来るってのか? まるで路地裏の追い剥ぎじゃねぇか」

カナリス:「ええ。ですが、彼らは自分が追い剥ぎであることを認めたくない。だから『法』という名の古い看板を掲げている。……行きましょう、王都へ。私が作成していた『最後の帳簿』を、あの方々の目の前で開示する時が来ました」

1週間後。王都、王宮の最深部にある「真理の間」。

そこには、金糸の刺繍を施した法衣を纏う最高評議会の役人たちと、重苦しい沈黙を纏う国王が座していた。カナリスとグロックがその場に現れた瞬間、役人の1人が嘲笑を浮かべて立ち上がった。

役人:「ヴァイス伯爵、およびカナリス・ヴァン・ベルク。貴殿らの罪は明白だ。王国の許可なく『紙』を金代わりにするなど、国家の秩序を根底から揺るがす所業。言い訳があるなら聞こう」

カナリスは、広間に響くその声を、雨を避けるような淡白さで聞き流した。彼女は背後の文官に合図し、数枚の巨大な羊皮紙の束を床に広げさせた。

カナリス:「弁明に参ったのではありません。……『王国全体の連結した貸借対照表』、すなわち国が抱える全ての資産と負債を合わせた計算書の提出に参りました」

広間に困惑が広がる。役人たちが顔を見合わせる中、カナリスは冷徹な声で言葉を紡いだ。

カナリス:「皆さんは、この王国を『伝統』という名の不変の資産だと思い込んでいる。……ですが、私の前の人生における『理』に照らせば、この国はすでに崩壊したガラクタに過ぎません。……陛下の金庫に眠っているはずの資産の3割は、実際には他国への『隠れ借金』として既に食い潰されています。さらに、先日のメルシエ家の汚職摘発で明らかになった通り、官僚たちの公金横領による資産流出は、年間収穫高の2割に達しています」

国王:「……無礼な。女の身で、王国の財政を語るか」

カナリス:「事実を語っているだけです、陛下。……この国はすでに、実質的な不渡り状態にあります。他国からの軍事借款の返済期限は1ヶ月後。しかし、王立鋳造所には金銀の備蓄など欠片も残っていない」

カナリスの指が、帳簿上の真っ赤な数字を鋭く指し示した。

カナリス:「今、この国で唯一まともに機能している『信用』は、ヴァイス領が発行している穀物引換券だけです。……もし陛下がこれを停止し、ヴァイスの経済圏を壊そうとするなら、王国内の物流は明日には停止し、1ヶ月以内に国は破綻します。……そうなれば、この美しい王宮の柱1本すら、債権者である他国に差し押さえられることになるでしょう」

広間を支配したのは、正義ではなく、逃れようのない「死」を突きつけられた者の沈黙だった。

国王:「……救う手立てがあると、言うのか?」

カナリス:「条件は二つ。一つは、ヴァイス領を完全な自律統治区として認めること。……そしてもう一つ。私を『王国の財政再建の指南役』に任命してください。私がこの淀んだ帳簿を全て『整理』します」

評議会の役人たちが一斉に激昂した。

役人:「ふざけるな! どこの馬の骨とも知れぬ女が、国の財布を握るなどと――!」

グロック:「――おい」

それまで沈黙を守っていたグロックが、1歩前に踏み出した。彼は剣を抜くことなく、ただ獲物を狩る直前の獣のような覇気を、広間全体に叩きつけた。

グロック:「……うるせぇよ、古狸ども。この女が『無理だ』と言えば、お前ら全員、来月には路頭で麦粥を啜ることになるんだ。……お前たちの守りたい『国の威信』とやらが、この紙に並んだ数字より重いって言うなら、勝手に沈んでろ。……だが、俺はこいつのペンが止まるのを、一度だって見たことがねぇんだ。陛下の首が他国へ売り飛ばされる前に、彼女の言葉に従うことをお勧めしますよ」

グロックの瞳が国王を射貫く。その不敵な笑みが、論理の暴力に物理的な重圧を添えた。

数刻後。

国王の震える手で、ヴァイス領の自律権の拡大と、カナリスへの財政再建権限の付与を記した勅書に署名がなされた。王都を追放された「可愛げのない女」は、今、その数字の筆1本で、王国を丸ごと「買い取る」立場に就いた。

宮殿の外、王都の冬風に吹かれながら、グロックがカナリスの肩を叩いた。

グロック:「……カナ。お前、ついに王様まで借金取りみたいに震え上がらせやがったな。……俺、お前の横にいるだけで冷や汗が止まらねぇよ」

カナリス:「……閣下、三歩下がってください。……私はただ、破綻しそうな組織を整理すると言っただけです。……ですが、これでようやく、自領の地盤が少しは安定に向かうでしょう」

カナリスは眼鏡を直し、夕暮れに染まる王都の街並みを見つめた。

カナリス:(自己資本比率100%の人生への道のりは、まだ遠い。次は、この沈みかけの船から不要な不純物を徹底的に排除しなければ。誰にも脅かされない自分の人生を、一銭の狂いもなく記すために)

愛想を捨てた会計士の戦いは、1領地の経営を超え、国家の理を書き換える壮大なマクロ経済戦争へと、そのステージを移していく。

しかし、その成功は、王国の官僚たちよりも遥かに巨大で冷酷な「捕食者」の目を呼び寄せていた。

大陸全土の貸付市場を支配し、王国の軍事費すら裏で操る「鋼鉄の銀行」――フーガー商会。彼らの秘密の執務室で、ヴァイス領の急成長を記した1枚の知らせが、冷徹な主権者の手によって握りつぶされようとしていた。

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